第二十話『家庭教師』―3
時間は十八時五十分。場所は《自化会》本部、格技場。
「なんか、継ぎ接ぎなんだけど……」
壁や床は所々土で埋められ、パッチワークのようになっている。
つまり、まだ、威のミドリが穴を開けまくり、拓人の天空が応急処置をした時のまま放置されているわけだ。
結界要因の拓人が、「会長、修理の事忘れてんじゃねーか?」とぼやいている。
「ねぇ、こんな状態で俺、全力出して大丈夫なの?」
「結界の強度的には問題ねーよ。それよりお前、そんな都合よく全力が出せるモンなのか?」
ボーッとしているように見える翔の無表情が、ハッと強張った。
拓人は半眼で翔のリアクションを見届けると、軽い溜め息を吐き出した。
「んな事ったろーと思ったよ……」
「どうしよう……俺、父さんたちを消しちゃった時の事もよく覚えてないんだよね……」
「お前、本当にいい加減に生きてんなー」
背後から、心底呆れた、といった凌の声がした。
二人の背後――格技場の入り口に立っているのは、不機嫌そうな凌と、ぼんやり場内を見回している潤と、満面の笑みを称えた深叉冴だ。
今日の凌はスーツではなく、Tシャツとジャージのズボンという、至ってシンプル且つラフな装いをしている。
深叉冴は潤の肩辺りで浮遊中。
そんな実父を無視し、翔は凌の髪をまじまじと見詰めた。
「凌、髪切った? 似合ってるね」
「てめぇ……どの口が……」
翔は“美容室に行ったんだね”という意味で発した言葉だったが、凌にとってみれば「オレの髪を切った張本人が何言ってやがるんだ」ってなものだろう。
翔の事を嫌悪感丸出しで睨み付けている凌を、潤が横目で見やる。するとその視線に気付いた凌は、首を竦めて潤の様子を伺った。
「だって潤先輩……」
「え……、俺は何も……」
何が『だって』なのか……。潤は理解に苦しんだ。すると深叉冴が、潤の横で笑う。
「睨まれたと思ったのではないか?」
深叉冴の言葉で合点がいった潤は、申し訳なさそうに凌を見返した。
「悪い。睨んだつもりは全く……」
「すみません! 先輩が謝らないでください! オレの早とちりですから!」
目まぐるしく表情を変える凌を見る翔の目は、皿のようになっている。その視線が凌の苛立ちを加速させたわけだが、凌は深呼吸をひとつ挟んで、拓人に向かって言った。
「またしても見苦しいところを見せてしまって……。拓人さん、結界宜しくお願いします」
「拓人でいーよ。敬語もナシで。下準備はしてあるから、いつでも発動出来んぜ」
“結界を張る”という習慣のない凌には、“下準備”も“発動”も馴染みがなくて興味の的だったりする。知らず知らず、拓人に熱い視線を送っていた。
「あー……そんな期待の眼差しで見られても……。結界張るのなんて、札をあと一枚貼っ付けるだけだし」
拓人は苦笑し、“残りの一枚”を凌へ見せた。長細い紙に、墨で文字と図形が書かれている。
「これで四方を囲えば、結界が張れる」
つまり、残り三枚はもう設置済み。それが、拓人の言う下準備だ。
「建物はこんな感じですけど……、潤さん含め、強度はありますから。存分にやってください」
話を振られ、潤が頷いた。時間は十九時丁度。
「じゃあ、扉を閉めたら発動させてくれ」
潤は翔以外のメンバーを格技場から出し、扉を閉めた。
程なくして、格技場全体が、薄い膜のようなもので覆われた。シャボン玉のようにも見えるが、それがベッタリと建物に貼り付いている感じだ。因みに、大半の人間には認知できない。
翔は格技場の真ん中に立ち、潤に向かって肩を竦めた。
「潤、全力ってどうやって出せばいい?」
漠然としているが、ある意味確信をついた質問だ。
「翔が意識して出せる、百パーセントの力でいい。この前の爆発が全力なら、それと同じ規模の力を出せばいいだけだ」
勿論、山を半分消し去った時の力が出せるなら出せばいい。と潤は言う。
翔は少し考え、右手を潤へ向けた。
「潤を的にしていいんだよね?」
「ああ。向こう際から、いつでも、翔のいいタイミングで放ってくれ」
言われて翔は奥の壁際まで下がり、入り口付近に居る潤へ向かって両手を上げた。
だが、火炎どころかライターレベルの火すら発生しない。
更に数秒経過。
翔は両腕を潤へ向けたまま、首を捻った。
そこでやっと、ガスバーナーのような火が現れた。
「…………」
無言の潤。表情を伺うも、怒っているのか呆れているのかも分からない。
翔は首を反対に捻った。
「えっと……ごめん。『やらなきゃ』って思うと、上手く出来なくて……ッ!?」
翔の言い訳じみた台詞を両断するかのように、数十メートル先から潤が“跳んで”来た。翔に向かって、分かりやすい――どんなおバカでも肌で感じ取る事の出来る――“殺気”を放って。
翔は瞬時に身体の前面へ莫大な炎の壁を作り、それを潤へ向かって放出した。
防御と攻撃を兼ねた、爆発。おそらく、これが翔の全力。
そんな翔の全力の爆発を自分の身体で受け止めると、潤は残った熱風に髪を靡かせた。服には塵ひとつ付いていない。
自分の放った火炎に少々驚いている翔に向かって、ひと言。
「……週二日で二ヶ月じゃ無理そうだな……」




