表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界の平和より自分の平和  作者: 三ツ葉きあ
第二章『(頭が)ヤバい奴ら』
72/280

第十八話『拓人と……』―5




 昼食を済ませた会員たちが、廊下で談笑している。その脇を通り過ぎ、中庭に面した通路に差し掛かった。

 かなり天気がよくなったな、と空を見上げていた拓人だが、ある人物が視界の隅に映り、視線を動かした。まだ緑色をしている紅葉の脇にあるベンチ。膝には一体の人形を乗せ、横には人形二体と赤い箱を置いている、制服姿の少女。


 嵯峨(さが)朱莉(あかり)


 向こうは拓人に気付いていないらしく、一体の人形と向き合うかたちで座り、箱の蓋を開けている。裁縫箱らしい。


 そういや、この前の会議の時は陶器の人形だった気が……。拓人がそんな事を考えながら眺めていると、朱莉が人形の修理を始めた。何を考えているのか全く読めない、無表情で。

 無表情は翔で慣れているし、《自化会(ここ)》には、感情表現の苦手な会員も少なくない。


(そういや、私服も持ってないって翔が言ってたな。自分や他人に無関心なのか……? そのわりに、人形にはこだわりがあるんだな)


 朱莉の手元を観察してみれば、裁縫はあまり得意でない事が伺える。手の動きがぎこちないし、時折、指がビクリと痙攣している。針が刺さったようだ。


 あ、痛覚はあるのか。と心中で呟き、拓人は自嘲した。無表情つっても翔や寿途とは違うよな、と。


 (しばら)く眺めていると、朱莉が人形を掲げた。直しが終わったらしい。口元を緩ませて微笑んでいる朱莉の顔を見て、拓人は瞬きを忘れた。


 なんだ、笑えるんだ。と目を見張っていると、朱莉の小さな口が開き、動いた。何か、人形に話し掛けているような――。


“あ、の……”


 拓人はつい気になってしまい、読唇(どくしん)を試みた。元々口が小さいのに加え、更に動きが小さく、読みにくかったのだが……。朱莉は確かに、こう言った。


“あのひとの やくに たてるなら”


 それ以降は、俯いた髪に隠れて見えなかった。




 中庭から離れ、拓人は自室に向かっていた。銃一式を置いてから、遅めの昼食を摂りに行くつもりなのだ。

 朱莉の事も気になるが、拓人が彼女に対して抱いた気持ちは“まぁ、人によって事情は色々あるよな”だ。


 あの人って誰だろう、だとか、会長にはあんま執着なさそうだけど、などとは思ったが、さして気にならなかった。それよりも、盗み見をしたような罪悪感が、少しだけ胸の奥に(つか)えている。それは喉奥に刺さった魚の小骨のように、拓人の脳裏に貼り付いた。自分を睨んできたあの表情が、記憶から薄れた瞬間でもあった。


 階段を上がると、馴染み深い声が聞こえてきた。また洋介と千晶が喧嘩をしているのかと思い、拓人は足を、声とは別の方向へ向けた。

 だが、耳に届いた声は千晶のものではない。更に、声は三人分。


 この後、声のする方向へ進んだ事により、拓人の昼食は潰れる事となるのだが――、この時の拓人は知る(よし)もなかった。

 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ