第十八話『拓人と……』―5
昼食を済ませた会員たちが、廊下で談笑している。その脇を通り過ぎ、中庭に面した通路に差し掛かった。
かなり天気がよくなったな、と空を見上げていた拓人だが、ある人物が視界の隅に映り、視線を動かした。まだ緑色をしている紅葉の脇にあるベンチ。膝には一体の人形を乗せ、横には人形二体と赤い箱を置いている、制服姿の少女。
嵯峨朱莉。
向こうは拓人に気付いていないらしく、一体の人形と向き合うかたちで座り、箱の蓋を開けている。裁縫箱らしい。
そういや、この前の会議の時は陶器の人形だった気が……。拓人がそんな事を考えながら眺めていると、朱莉が人形の修理を始めた。何を考えているのか全く読めない、無表情で。
無表情は翔で慣れているし、《自化会》には、感情表現の苦手な会員も少なくない。
(そういや、私服も持ってないって翔が言ってたな。自分や他人に無関心なのか……? そのわりに、人形には拘りがあるんだな)
朱莉の手元を観察してみれば、裁縫はあまり得意でない事が伺える。手の動きがぎこちないし、時折、指がビクリと痙攣している。針が刺さったようだ。
あ、痛覚はあるのか。と心中で呟き、拓人は自嘲した。無表情つっても翔や寿途とは違うよな、と。
暫く眺めていると、朱莉が人形を掲げた。直しが終わったらしい。口元を緩ませて微笑んでいる朱莉の顔を見て、拓人は瞬きを忘れた。
なんだ、笑えるんだ。と目を見張っていると、朱莉の小さな口が開き、動いた。何か、人形に話し掛けているような――。
“あ、の……”
拓人はつい気になってしまい、読唇を試みた。元々口が小さいのに加え、更に動きが小さく、読みにくかったのだが……。朱莉は確かに、こう言った。
“あのひとの やくに たてるなら”
それ以降は、俯いた髪に隠れて見えなかった。
中庭から離れ、拓人は自室に向かっていた。銃一式を置いてから、遅めの昼食を摂りに行くつもりなのだ。
朱莉の事も気になるが、拓人が彼女に対して抱いた気持ちは“まぁ、人によって事情は色々あるよな”だ。
あの人って誰だろう、だとか、会長にはあんま執着なさそうだけど、などとは思ったが、さして気にならなかった。それよりも、盗み見をしたような罪悪感が、少しだけ胸の奥に痞えている。それは喉奥に刺さった魚の小骨のように、拓人の脳裏に貼り付いた。自分を睨んできたあの表情が、記憶から薄れた瞬間でもあった。
階段を上がると、馴染み深い声が聞こえてきた。また洋介と千晶が喧嘩をしているのかと思い、拓人は足を、声とは別の方向へ向けた。
だが、耳に届いた声は千晶のものではない。更に、声は三人分。
この後、声のする方向へ進んだ事により、拓人の昼食は潰れる事となるのだが――、この時の拓人は知る由もなかった。




