第十八話『拓人と……』―4
祝が去った格技場で、拓人はゆっくり、長く息を吐き出し、辺りを見回した。穴だらけの天井、壁、床。爪楊枝程の大きさの棘も、至るところに刺さっている。
じゃり。と音を立て、靴が滑る。床に散乱している、土が原因だ。自分たちが来るまでは、そこに存在しなかった土を靴の裏で鳴らしながら、拓人が口を開く。
「天空」
ひと言発すると、床から土が舞い上がり、拓人を中心に渦を描いた。土は拓人の前に徐々に集まり、銃弾の形を成した。銃弾は、ポケットに入っていない拓人の手の平にコロコロと収まる。
それと同時に出現したのは、大きな骸骨だ。理科室で見掛ける、骨格標本のようなものが、上半身だけ出現した。“がしゃどくろ”という、巨大な骸骨の姿をした妖怪が居るが――一見すると見分けがつかない風貌をしている。
十二天将・土神の天空。拓人の式神だ。
野太い、地を震わせるような低い声で、天空はぐるぐると頭蓋骨を回しながら言った。
『ぃやだわぁー。何これ。また朱雀の坊やが何かやらかしたのぉ?』
「いや。大半は、あいつの後輩だ。細かい穴はオレだけどな」
天空は頭蓋骨を傾け、手の指を顎へ当てて、あらまぁー、とトーンを少し上げて声を発した。
『朱雀の坊やに後輩ちゃんが出来たのぉ? やだぁー! 気になるぅー!』
「まぁ、その内会えるだろ。それよりさ。この穴、埋めるだけ埋めてくれね? 雨漏りとかしそうだかんな」
『んふふ。お易い御用よ。ちちんぷいぷーい!』
天空は、相変わらずの低音で謎の呪文を唱えた。恐らく魔法少女か何かの真似事だろうが、バリトン・ボイスの骸骨が唱えると、恐ろしく不気味だ。
ふざけた呪文はさておき、格技場内に空きまくっていた穴には粘土質の土が敷き詰められ、土壁が形成されている。ご丁寧に、サボテンの棘は押し出され、床に散らばっている状態だ。
「サンキューな。近い内に工事が入るとは思うんだけど、会長の事だからなぁー……」
はぁ、と息を吐き、拓人はホルスターに差していたマグナムを取り出す。手の中にある、天空の土製銃弾――見た目は金属製のものと相違ない――をマグナムのシリンダーへ装填した。
『拓人、なんか疲れてんじゃない?』
空洞の黒い目をハの字にして、天空が拓人の顔を覗き込んだ。骨の指が頬に触れ、拓人は苦笑を漏らす。
「大丈夫だよ。それより、嬉しい方がでかいかな」
天空は、嬉しい? と首を捻った。
「《自化会》はさ、こんな物騒な仕事してる組織なのに、今はまともな訓練を受けた奴って、ほんのひと握りしか居ねぇんだ。だから、仕事中の死亡率が高い。人材も育たない」
天空は顎に手を当て、そうよねぇ、と頷いている。
「だから、きっかけが何であれ、会員の意識が向上して各々の技術が高まれば、もっといい組織になると思うんだ。勿論、死亡による減員も防げるだろうし……生存率が上がれば、統率もとりやすくなる」
だろ? と笑みを浮かべる拓人に天空は、意外だわ、と声を上げた。
『あたし、拓人ってこの組織の事嫌ってるのかと思ってた』
「組織自体はあんま好きじゃねーよ。現状、使える奴は使うけど、使い捨て状態だからな。身内を捨て駒扱いする組織には、ぶっちゃけ居たくねーし、居させたくねーよ」
天空は低音で、ふふふ、と肩を震わせて笑っている。
『拓人ったら、すっかりイイコちゃんになっちゃってぇー。それでこそ、あたしの見込んだご主人様だわ』
つん、と拓人の額を指先で突くと、天空は、また呼んでね、と言い残して、床に残っていた土と共に消えた。
ひとり残った拓人は、床に転がっている棘を回収して回る。そのついでに、四隅に貼った札も集めた。
ふと、昼食を終えたら本部へ来ると言っていた、翔の事を思い出した。壁時計を見やると、十一時半付近で針が止まっている。
拓人はズボンの尻ポケットからスマートフォンを取り出し、現在が十四時半だ、という事を確認した。




