第十八話『拓人と……』―3
そもそも格技場へ来たのは、実戦形式で手合わせをする為だ。洋介辺りが見たら「私闘はやめなよ」と言うのかもしれないが、それは後方支援派の洋介の意見であって、二人とは考えが違える。
超接近戦向きの祝と、接近から中距離戦に特化した拓人にとって、生きた人間を相手にするのが最も効率のいい訓練法だ。と、当の二人は思っている。なにしろ、アメリカでは多組織で使用されているVRの訓練システムを導入する予算など、《自化会》には到底、無い。ゲーム形式のシミュレーターですら手が出ない状態だったりする。
それというのも、会長である臣弥が、自分の実験設備ばかりに予算を注ぎ込むからなのだが。
「銃対ナイフは流石にキッツイから、おれは式神使わせて貰うで」
「んじゃ、オレは式神以外使う感じで」
拓人は右手にリボルバー式のコルトパイソン――357マグナムが原型の、拓人の自作改造銃――を持ち、腰の左にあるホルスターにはベレッタを差し込んだ。
祝が光宮を出現させたところで、拓人が一発目を発砲。これは所謂、開始の合図。ただ、きっちり祝の顔面を狙っているあたり、容赦がない。だが、バチンッと鋭い音が弾け、銃弾は床に開いた穴へと転がっていった。
それからは、落とされる事は承知の上で、銃弾が五発、立て続けに祝へと向かった。当たれば、確実に急所を撃ち抜いている位置の手前で弾は落ち、力なく床へ落ちる。
弾が床にぶつかる音と重なって、光宮がスパーク花火のような音を発しながら、青み掛かった電撃を放つ。
当たれば感電死する電流を目視で避けると、拓人は再び、落とされる運命の銃弾を発砲。急所に当たる位置で弾が落とされた事を確認し、次の行動へ。
そんな攻防を十分程繰り返した頃――。
拓人は、人差し指と中指を立てた手刀法で九字を切ると、指を内側へ隠す形で両手を組み、内縛印を結んだ。
早口で、
「ノウマクサンマンダバザラダンセンダマカロシャダソワタヤウンタラカンマン」
と不動明王の中呪を唱え、剣印に組み替え、「おんきりきり」と、続きの真言を唱える。更に印を組み替え、真言を続けた。
時間にして、約三秒。最後に、外へ指が来るように両手を組み、再び不動明王の中呪を唱えると、祝と光宮の動きが止まった。
“不動金縛りの法”。端的にいうと、対象者を動けなくさせる呪法のひとつだ。
「付き合ってくれてサンキューな」
拓人は右肩を回しながら、ピクリとも動かない祝の肩を左手でポンと叩いた。
それを合図に、祝の金縛りが解け、かくん、と何かに躓いたような動きを見せた。
「相変わらず、呪禁師さんの使う術は恐ろしいな」
長く息を吐きながら、祝は肩を回した。パキンッポキポキッと、乾いた音が格技場内に響く。
拓人はというと、自分の両手を開いたり閉じたりしながら、唸っている。
祝に疑問の眼を向けられ、あぁー、と拓人が肩を竦めた。
「親父は、印を結ばずに真言も省略して、自分の半径十メートルくらいの生き物全部止められるんだけどな……」
オレにゃ出来ねーんだわ、とはにかむ拓人に、祝は半眼になった。
「拓は親父さんの事気にしすぎやで。秀さんの能力は、人間としての規格外。反則や。まぁ、おれも実際に現場を見た事あれへんから、何とも言えんけどな」
事実、秀貴が実際に能力を使っている所を見たのは、息子の拓人ですら三年程前が最後の記憶だ。それまでは、年に数回は呪禁師としての術式の手解きなどを受けていたのだが――現在は、年に数回、顔を合わせる程度となっている。
しかも、言葉を交わすかと言うとそうでもなく、無言ですれ違う事が多い。
“拓人さんは、秀貴さんになろうとしなくていいんですよ。拓人さんは、拓人さんのままで居てください。ふふ。お母さんとのお約束です”
柔和な笑みを、絶えず自分へ向けていた母親の言葉を思い出し、拓人は顔面の中心に力が入るのを感じた。
今の拗れた父子関係を見たら、どう思うだろうか。
(……泣くな。泣きながら、オレら二人を並べて正座させて、説教コースだな……)
聞いた話では、両親は駆け落ち婚なのだそうだ。深叉冴に「彩花君の押し掛け婚と言ってもいいな」と言われるくらいには、母の意志が強かったらしい。
母の実家は、極道だったと聞く。
普段の立ち居振舞いからは全く想像出来なかったが、確かに肝は据わっていたように思う。いつも着物を着て、いつも笑っていた。少し天然っぽく、ズレた所もあったように思うが、憎めない女性だった。
(そういえば、親父が着物を着始めたのも三年くらい前な気が……)
「拓」
祝の声で現実に戻ってきた拓人は、何だよ、と祝に疑問の眼を向ける。祝は肩を竦めた。
「いや、なんも。こっちも、ええ練習出来たわ。おーきに。さすが、《SS級》のエースさんやわ」
「オレより翔のが強ーだろ」
半眼で反論する拓人に、祝は表情を歪める。
「翔は無茶苦茶なだけや。おれが褒めたっとるんやから、素直に受け取りぃ」
言うと、祝は背中越しに片手を上げて、去っていった。