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世界の平和より自分の平和  作者: 三ツ葉きあ
第二章『(頭が)ヤバい奴ら』
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第十八話『拓人と……』―2




 祝は洋介の実験室(ラボ)から出て、廊下を歩いていた。外はもう暗く、多くの会員は食堂で夕飯を食べている時間だ。

 昼間に聞いた、情けない声が聞こえてきて、祝は足を止めた。


 朱莉ちゃん、まだ怒ってるんだよぉ。やら、まぁたお前はやらかしたのか。などと、からかう複数の声も聞こえる。


(あいつ、まだグチグチ言うとんのか)


 扉の隙間から漏れる笑い声を聞きながら、祝は半眼になった。ふと人の気配を感じて振り返ると、人形を抱いた、制服姿の朱莉が、無言で立っていた。

 入る気がないのなら、そこをどけろ。と言わんばかりのオーラを(まと)って。


 行く手を塞いでいた自分が悪いので、謝罪の言葉が頭を過ったのだが……、祝の口を割って出たのは、全く違う言葉だった。


「昼間の態度が気になってしゃーないんやけど、拓になんか恨みでもあるんか?」


 朱莉は、感情の読めない顔で祝を見返した。恨み……、と呟くと、人形を抱いていない方の手で、祝を指差した。


「貴方は、翔さんが嫌いでしょう? 同じです。私は、あの人が嫌いなだけ。そこ、退()いてもらえますか」


 そう言うと、祝が避けるよりも早く、朱莉は祝の横をすり抜けて食堂へ入っていった。


(おんな)じ……なぁー……」


 ひとりごちる。自分に関しては心当たりがありまくるので、何も言えない。

 祝は後ろ頭を掻き毟ると、当初の目的である地下の射撃場へ向かう為に、その場を後にした。


 廊下を歩き、突き当りにある階段を下りていく。そこには、電気がついているというのに、地上よりも暗く感じる廊下が伸びている。廊下に面してロッカー類が並んでいる様子を眺めながら進むと、奥に鉄製の扉が現れた。

 この向こうが、“地下射撃場”だ。使用するには専用の届けが必要だが、祝の目的は射撃訓練ではない。


 消音ヘッドホンも着けずに、マンターゲットに穴を開けている人物の後ろへ立つと、祝は壁に体重を預けて腕を組んだ。

 皆が夕食を摂っている時間、この場所は人が居なくなる。その間に、拓人はよくここへ来る。


 目の前十数メートル先では、人型の的に次々と穴が開いていく――わけではなく、銃弾が撃たれる度に、額と心臓部に空いている穴が、少しずつ広がっている。


 拓人がコルトパイソンの引き金を引いているのは、右手。拓人の利き手は、左手だ。

 六発撃ち終えた拓人が、祝を振り返った。


「どうしたんだ?」

「いやぁー。いつ見ても見事なモンやと思うてな」


 祝から称賛の声を掛けられ、拓人が僅かに眉根を寄せた。


「んだよ。気持ち(わり)ぃ……」

「ほんまの事を言うただけやん」


 それが気持ち悪ぃんだよ、とボヤキながら、シリンダーへ弾を補充している。だが、もう撃つ気はないらしく、体を反転させた。

 んで? と、拓人は祝と同様に、腕を組む。


「拓は真面目やなぁ。そんな訓練せぇへんでも、拓は充分強い思うで」

「いや、さっきから何なんだよ……」


 祝は、人をやたらと褒めるタイプの人間ではない。どちらかというと、(けな)して(わら)う事の方が多い。

 拓人の疑問の視線に、祝は、ほんまの事やし、と繰り返す。

 はぁ。と短く息を吐くと、拓人は肩を竦めた。


「オレは天才じゃねーからさ。生き残るにゃ、努力するしかねーだろ。つっても、止まってる的をいくら撃ってもなぁー……。あ、祝、的になれよ」

「ええで」


 てっきり、嫌だ、という返事が即行で来るものだと思っていた拓人は、きょとんと目を瞬かせた。


「誰も、大人しく的になるとは言うとらへん。訓練やったら実戦が一番やろ。但し怪我しても、お互い恨みっこなしやで」


 初めからそのつもりだったらしく、祝の手にはフォールディングナイフが握られている。腰のベルトには、まだ数本のナイフが見える。

 祝の提案に同意した拓人は、射撃場の外にあるパソコンから、格技場の使用届けを送信した。




 当然といえば当然だが、格技場はまだ修復されておらず、壁が割れ、床が所々裂けている。穴とヒビにまみれた内部を見回し、拓人と祝はどちらともなく、派手にやったなー、と呟いた。


「まぁ、あの大群が暴れたんやったら、こうなるわな」


 壁に刺さっている棘を一本抜きながら、祝が溜め息を吐き出す。

 拓人は格技場内の四隅に札を貼りながら、確かに、と肩を竦めた。


「しっかしあいつ……穴はしゃーないにしても、棘くらい掃除せぇや」


 ブツブツ文句を言う祝に対し、拓人は長く息を吐いた。


「本来なら、責任者が監督しておくべきなんだ。それが、下級組だけで自主練だなんて、どうかしてる」


 つまり、秀貴が悪いのだ。と暗に言い、拓人は渋面を作った。無責任にも程があるだろ、と。秀貴が多忙な事は、拓人も勿論知っている。何しろ、実の息子である自分ですら、年に数回、数分程度しか会わないのだ。自ら接触を避けている所為も否めないが――。


 でも、そんなのは言い訳にならない。面倒を見きれないなら、講師なんて引き受けるなよ。というのが、拓人の意見だった。


「拓は秀さんの事になると厳しいよなぁー。まぁ、無理もあらへんけど。そろそろ許したったらどうなん?」

「許す?」


 一瞬にして変わった空気に、祝が内心、ヤベ、と口元を引き攣らせた。通常の空気が透明だとしたら、今の拓人の周りは、黒と紫と深い緑が混ざり合ったような色をしている。


「オレが、許すとか、許さないとかじゃねーんだよ。オレは、そんなベクトルの話をしちゃいない」


 とても“良いお兄さん”とは言えない目付きで睨まれ、祝は両手を上げて前言を撤回した。


「悪い。もう三年近く経った。って、洋介に言われてなぁ。時間薬っちゅーもんもあるし。って思たんやけど……まぁ、ええんちゃう? 別に。事実は事実やし。おれは、口出せる立場でもないしな」


 拓人はかぶりを振って、大きく深呼吸をした。空気はいつもの、無色透明。重さも何も感じない。


「祝が、翔の事を許すかどうかっつーのと、同じだろ」


 祝は、「そやな。やから、悪かったって」と謝罪を重ね、拓人から距離を取った。




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