表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界の平和より自分の平和  作者: 三ツ葉きあ
第二章『(頭が)ヤバい奴ら』
68/280

第十八話『拓人と……』―1




 太陽がビル群の中へと消える頃――。


「いやぁー。光さんって、本当に可愛いよねー」


 洋介は、試験管の中にあるアクアマリン色の液体を眺めながら、鼻の下を伸ばしていた。対して祝は、空のビーカーを指先で突いている。


「お前は千晶一筋やなかったんか?」


 祝は、半眼で溜め息を吐き出した。


 並んだ試験管には、赤、黄、緑の液体。その横に、白い粉が数種類。乾燥した植物が数種類。要するに、何を作っているのかは分からない。ただ、異臭はすごい。

 よく分からない生き物の干物だとか、粉末だとか、薬剤だとかが棚に並び、理科でお馴染みの実験道具から、真空デシケーターや廃液回収容器、遠心分離機、排気ブースなども置かれている。


「『可愛い』って言っただけじゃないか。祝こそ、この部屋は嫌いだろ? なんで居るんだい?」


 祝は、くっさいからなぁー、と顔をしかめるも、退室する気配はない。それどころか、空いている椅子へ腰を掛けた。背凭(せもた)れに抱き着く形で収まると、椅子を数回転させた。


「何か気になる事でもあるのかい?」


 洋介が訊ねるが、祝は、んー……、と生返事を返すのみ。更に椅子を回す。


「人形使いの女の事も気になるんやけど――」


 予想外の人物が話題に上がり、洋介は手を止めた。後輩の名前を覚えようとしない祝が。しかも、女に興味を持たない――厳密には、男にも興味を示さない――祝が。と思ったが、金髪ピアスの人影が頭に浮かんで、合点がいった。


「ホラー女優みたいだったよねー。ってのはさておき、元相方が睨まれてたのが、そんなに気になるの?」


 祝は、またも、んー……、と唸り声を上げ、天井を見上げた。


「拓の、前の相方って……誰やったっけ? って思てな……」

「誰って、君だろ?」

「しゃーから、おれの前や」


 手に持っていた道具をひと通り置くと、洋介は作業台の縁に腰を預けた。少し考え、口を開く。


「覚えてないなぁー。秀貴さんの子どもだからって、それなりに目立ってたと思うけど……当時はまだ、あまり話した事もなかったし……」

「それは、拓の事やろ。おれが訊いとるんは、拓の相か――」

「だから、拓人ともろくに接点が無かったんだから、覚えてないってば。まぁ、拓人の相方やってたくらいだから、優秀な子だったんだろうけど……」


 食い気味で否定され、祝はぶすっと頬を膨らませて頬杖を突いた。そして、まただんまり。


「今更、何が気になるの? あれからもう、三年近く経つんだよ? 祝はよくやったと思うよ。あんなに荒れてた拓人が、今じゃ良いお兄さんだもの」


 洋介はフォローのつもりで言ったのだが、それが祝には気に入らなかった。仏頂面を歪めて、洋介を睨む。


「誰の真似か知らんけど。ありゃ、“良いお兄さん”ぶっとるだけや。それこそ、睨んだだけで人死なせそうな顔しよったくせに、ある日急に……」


 はたと、祝が言葉を止めた。(しか)めた顔のまま頭を抱え、唸る様子を、洋介はさして興味もなさそうに横目で見やった。

 洋介の手には、大学ノートが開いた状態で乗っている。


 そんな事は――いつもの事なので――気にせず、祝は続けた。


「なんか似とると思うたら……。あいつ。(とし)(はる)さんの子どものあの胡散臭い笑顔……、なぁんか既視感が……」

「ふふ。いつも嘘をついている僕と違って、拓人が嘘をついたらすぐに分かると思うんだけどなぁー」


 今の彼、自然体だよね? と、洋介はノートに実験結果を記しながらほくそ笑む。何とも胡散臭い笑顔だ。


「お前はそんなんやから、千晶に嫌われるんやで……」


 呆れ顔で顔を上げ、祝は嘆息した。


「ふふふ。僕のこの顔は生まれつきだよ」


 何故か得意げに鼻を鳴らす洋介に、祝は「顔やのうて、“嘘()き”っちゅートコやで」とジト目で呟いた。




 洋介は、現在の名前こそ“三浦(みうら)洋介”という日本名だが、ロシア人の父と、日本人の母の間に生まれたハーフである。両親は《自化会》に所属しており、幼少期にはロシアで育った。十歳の時、両親の死を受けて《自化会》へ正式に入会している。その時、日本国籍も取得した。


 成人した今では、大学へ通いつつ、科学の中でも化学に特化した設備が整っている《自化会》で存分に実験や研究を繰り返している生活だ。


 祝に『仕事のキレが悪い』と言われても仕方がないくらいには、自分の実験室(ここ)に入り浸っている。祝にとっては、それが面白くない。


 洋介からは「祝だって、いつもパソコンと睨めっこしてるじゃないか」と言われるが、そもそも、そのパソコン作業自体が、祝の望むところではない。




 祝自身、何故自分が洋介と組んで仕事をしているのか、そう考える事も少なくない。答えは至ってシンプルだ。


 “消去法”。


 寿途が入会した途端、千晶は寿途にべったり。洋介とのコンビを嬉々として解消し、寿途と組んだ。それと同時期に、翔が入会。癖が強すぎる翔の面倒を見る役を(にな)わされたのが、昔から彼と交流のある、拓人。


 そうなると、余り者の自分が、洋介と組むしかなくなる。色々といざこざもあったが、拓人とはそれなりに楽しく仕事をしていただけに、今の生活に納得していない。その苛々が、自分の尊敬する人を跡形もなく消し去り、拓人の手を(わずら)わせまくっている、“気に食わない奴”である翔へ向くのも、仕方がない事なのかもしれない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ