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世界の平和より自分の平和  作者: 三ツ葉きあ
第二章『(頭が)ヤバい奴ら』
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第十七話『赤い女子大生と現役小学生』―5


 ◆◇◆◇◆




 拓人は《自化会》内にある図書室に居た。本棚に背を預け、“成長期の筋力トレーニング”を捲る。文字を目で追いながら、脳内に浮かぶのは朱莉のあの恨みがましい眼だ。


 彼女とは、本当に接点がない。《自化会》の会員である、というのが唯一の共通点だ。

 朱莉の顔というのも、よくある顔で。顔付きは、決して醜くない。言うなれば“クラスで一番カワイイ子”といった顔だ。


(髪型も、大きな目も、細い身体も……似てる……っちゃー、似てるんだけどな……。でも朱莉(あいつ)とは、マジで面識ない……)


 考えても、あんな顔をされる覚えが全くない。だが、あんな親の仇のような顔をされてしまっては、気にせずにはいられない。

 はぁ。と息を吐いたと同時に、声を掛けられた。


「悩み事かしら?」


 拓人の目の前には、透けるような長い金髪。空のように青い眼。欧州人譲りの白い肌。


「光さん、仕事か?」

「ええ。洋介さんに頼まれて来たんだけど……少し早く着いたから、図書室(ここ)へ来たの。許可は取ってあるわよ」


 拓人は視線を、光の腕の中へ向けた。悪魔召喚に関する本が収まっている。疑問に満ちた眼を感じ取り、光が一冊、拓人へ向けた。


「《自化会(ここ)》の情報量が知りたくて。……安心したわ。肝心な事までは書かれていない資料ばかりで」

「へぇ。それ、本物かと思ってたけど、違うんだな」


 意外そうに言う拓人に光は、呆れた、と半眼になる。


「悪魔召喚なんて、初心者がするべきじゃないでしょう? この世界に存在する、妖精や精霊を使役するのとは、勝手が違うんだもの」


 光は本を腕の中へ収め、違う本を拓人へ見せた。“合成獣生成法(キメラ・ジェネレーションメソッド)”。表紙には、日本で言うところの(ぬえ)のような生き物が、精密画で描かれている。


「コレは、結構核心をついてるわ。でも、あと一歩って感じね。今はアタシの伯父が専門で研究をしているのだけれど……アタシは、あまり好きじゃないわ」

「合成獣、か。まぁ、翔の出生も似たようなモンだけどな」


 拓人の呟きに対する応えはない。代わりに、爽やかな少年の声がした。


「光さんと拓人さん。こんにちは。逢引(あいびき)か何かですか? 安心してください。僕、翔さんに喋ったりしませんから」


 ニコニコと近付いてくる爽やかイケメン少年に、光が眉根を寄せた。“誰?”と顔に書いてある。拓人は「翔と同じグループの、後輩」と短く説明した。

 光に対して一方通行の知人であることを思い出し、東陽は頭を掻いた。


「すみません。後藤東陽です」

「あぁ、翔が言ってたわ。よく話し掛けてくる後輩が居るって。よろしく。ひとつ訂正させて貰うなら、アタシたちがしているのは逢引ではなく、雑談よ」


 澄んだ青い瞳を向けられ、東陽が、冗談ですよ、と肩を竦めて見せた。


「それにしても、近くで見ると本当に綺麗な方ですね。髪の毛も瞳も、恒星みたいに光ってる」


 褒められるのは気分が悪い事ではないが、ジロジロと見られるのは気分が悪い。光は睨むように目を細めた。東陽は再び肩を竦めて、謝罪する。だが、そのまま言葉を続けた。


「ところで光さんのお母さんは、ドイツのどの辺りのご出身なんですか?」

「東ドイツよ。ついでに、アタシもそこの出身」


 地名を聞き、東陽は“マズイ事を訊いてしまった”という顔を見せた。たったの半日で建てられた壁によって、つい十七年前まで――二十八年間も――西と東に分断されていた国だ。

 答えがどちらであっても、“マズイ”のだ。


「すみません」

「気にしないで。アタシは気にしていないわ」

「ところで東陽、午後から格技場の予約入れてただろ? 行かなくていいのか?」


 拓人の質問に、東陽が今度は頬を掻いた。


「格技場、使えそうにないんで。図書室へ来れば翔さんが居るかと思ったんですが……、でも代わりに、綺麗な光さんが間近で見られて、良かったです」


 拓人が、翔はまだ本部へ来ない旨を伝えると、東陽は残念そうに眉を下げて、去って行った。


 図書室には他に人が居ない。光は持っている本を本棚へ戻し、未だ“人体”のコーナーで本を漁っている拓人に向かって別れの挨拶を告げると、仕事へと赴いた。


 拓人は手元の本に付箋を貼っていく。付箋の挟まった本を数冊コピー機へ掛け、それが終わると付箋を取り除いて、本を全て本棚へ戻した。コピー用紙の束を持って、図書室を後にする。




 図書室の中は、空調の音と僅かな空気の流れのみ、人の目には見えないながらに僅かな存在を主張していた。

 



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