第十七話『赤い女子大生と現役小学生』―4
焼肉屋“匣”。
見ての通り、年配の女性が切り盛りする焼き肉屋だ。一般人はこの店を見てこう思う。
“なぜ、潰れないのか”と。
それは、特殊業務があるからだ。商店街の布団屋が、貸布団のサービスをしているように。洋服屋が、服のお直しをするように。
この店――焼肉屋“匣”の特殊業務内容は、“武器庫”だ。契約した組織から、武器などの保管を請け負っている。
カウンター裏にある階段から下りた先の地下に、大型の金庫のような個室がある。仕組みとしては、銀行の貸し金庫と同じだ。各組織は手数料を払って、その“武器庫”を借りる。本部が襲撃を受けるなどした際に、大いに役立ってくれる。
ただ、稀に先程のチンピラのような“金庫破り”――もとい、“武器庫破り”が現れる。そこで活躍するのが、武器庫番を務める女店主の、やすえだ。元々はフリーランスのスパイだったらしいのだが、引退後は現在の仕事を生業としている。
食事を終え「ごちそうさまでした」と手を合わせた雅弥は、予告通りカウンター奥へと消えた。
数分後に現れた彼は、“5・56MM”やら“200 CARTRIDGES”やらと書かれたスチール製のケースを抱えていた。それを、千晶に向かって差し出す。
「ここでお会い出来たのも何かの縁です。使ってください」
千晶はからかうような、少々皮肉めいた笑いを浮かべて、それを受け取った。
「ふふふ。なぁーんかワザとらしいけど……まぁいいわ。二百発も貰っちゃって、助かるわぁー」
「秀貴が言ってたんだ。『千晶が喜んで機関銃をぶっ放す』ってね。《天神と虎》は現在確認できているだけで人数が三百程。もしかしたら、現在進行形で増えているかもしれないから。武器は多い方がいいでしょう?」
「その“増員の可能性”も、《P・Co》で何か情報を掴んでるのかしら?」
デザートのオレンジシャーベットを口へ運びながら、千晶が問う。その問いに対して、雅弥は肩を竦めて、嘆息した。
「可能性はあるけど、確定じゃない。だから、僕からは何も言えないな」
千晶は、あっそ、と更に素っ気無く返すと、スチール製のケースを握って立ち上がった。それじゃ、と簡単に挨拶を済ませ、レジへと向かう。
少し遅れて寿途も立ち上がり、雅弥たちに向かって「しつれい、します」と頭を下げた。
寿途が、レジで会計をしている千晶に追いつくかどうかというところで、銃声が響いた。連射音。タタタタタタンッという軽い音から推測するに、軽機関銃らしい。
銃声が聞こえたと同時に凌が自分たちのテーブル周辺のみに氷の壁を張ったのだが、そこへ銃弾が届くことはなかった。
銃弾は店内にすら入る事はなく、暖簾の向こうで塞き止められているらしい。というのも、店の入り口が何かに覆われおり、着弾点を目視する事が出来ない状態にあるからだ。
やすえはレジから出した釣銭を千晶に渡すと、今度は寿途へ飴玉をひと掴み分渡した。
「寿君、すまないね。助かったよ。銃弾を浴びせられたとあっちゃあ、店内改装しなくちゃならないからね」
「おやすいご用。焼肉、おいしい」
無表情で親指を立てる寿途の右拳に、やすえがフィスト・バンプで応える。寿途は微かに両口角を上げると、店の入口へ手を翳した。すると、店先を覆っていた何かが、逃げるように去って行った。
扉の向こうでは、カラカラ……カン、コン、コン……と、銃弾が地面へ落ちる音がした。
「じゃねー。ごちそーさま!」
千晶は店内に居る全員に向かって手を振り、寿途はもう一度頭を下げて、出て行った。
店を出ると、銃弾が疎らにアスファルトの上に転がっていて、男が二人、何かが絡み付いて身動きの出来ない状態で転がっていた。
男はオールバックの金髪が一人と、丸刈りが一人。つい今しがた見たような、記憶に新しい顔だ。千晶の記憶にはその程度の印象しか残っていない、武器庫破りの二人組。長く長く伸びた雑草に巻き付かれ、憐れな簀巻き状態となっている。
寿途が手を二人へ向けると雑草は縮み、通常の長さに戻ってアスファルト脇にちょこんと収まった。
気絶しているらしい大人の男二人を見下ろしてから、寿途は千晶を見上げた。
「千晶、どうする?」
「寿君なら、分かるでしょ?」
にこりと笑う千晶に、寿途は無言を返した。
千晶と寿途が出て行って数分後。店の入り口が全開し、何か大きなものが放り込まれた。
首を掻っ切られた人間が二人。金髪と丸刈りの男。金髪の方は上半身を脱がされた状態だ。謙冴が爪先で背を向けさせると、血に塗れた広い背中に、少々歪な切り文字が記されていた。
“処理、お願いしまーす”と。
その様子を見た凌が、半眼で「何か、身近に居る誰かを連想させます……」と言葉を漏らしている。
「さっきの銃声で野次馬が来ても困るし。表に放置するよりは賢い選択だと思うなぁ」
言いながら笑っている雅弥の横では、謙冴が電話に向かって、焼肉屋“匣”へ処理班を頼む、と告げている。
洗い物を済ませたやすえは、タオルで手を拭きながら笑った。
「いやぁー、処理までしてもらって悪いねぇー」
「お易いご用ですよ」
雅弥は、へらりと笑うと立ち上がり、やすえに向かって手を振りながら歩き出そうと足を出した。右足は左足に引っ掛かり、つんのめって、咄嗟に右足を引いたがバランスを崩し――ズベシャッっと、盛大にスっ転んだ。
謙冴は携帯電話をスーツのポケットにしまいながら溜め息を吐き、凌は「社長、大丈夫ですか!?」と雅弥に肩を貸し、やすえは綺麗に並んだ歯を見せて笑った。
「ホント、アンタら兄弟はそっくりだよ」




