第十七話『赤い女子大生と現役小学生』―1
ミドリジュニアの群れが格技場から脱走する、少し前――。
「お嬢!」
「あら、英喜。だぁれ、それ」
声を掛けたのは滝沢で、振り向いたのは千晶だった。一拍遅れて、ゆっくりと寿途も振り返った。
『それ』と指を差されたのは凌で、ビジネススマイルを顔面に貼り付けた状態をキープしている。頭を下げ、「初めまして。荒井千晶さんと、嵐山寿途さんですね。ボクは――」と、祝に会った時と同じ挨拶を進めた。
滝沢の名は“英喜”という。“ひで”が秀貴と被るので、皆からは専ら、姓で呼ばれているわけだ。だが千晶は《自化会》に入る前から滝沢と知り合いなので、彼女だけは滝沢の事を『英喜』と呼んでいる。
凌がここに居る経緯を聞き、千晶は、そうなの、と納得して見せた。それに難色を示したのは、未だ凌の事を信用していない、滝沢だ。
「天ちゃんとそれなりに渡り合えるなら、あたしからは言う事ないわ」
苦々しい表情を浮かべている滝沢に対してそう言い捨てると、千晶は寿途の癖毛を撫でた。
「それより、あたしはこれから寿君とデートなの」
「それは失礼しました。行ってらっしゃいませ」
深々と頭を下げて見送る滝沢に、千晶は背中を向けて手を振った。反対の手で寿途の頭を撫で回しながら、真っ赤なシルエットは正面玄関の方向へ消えた。
千晶は現役大学生で、現在二十歳。対して寿途は、現役小学生で、現在十一歳。年の差が九つもあるわけだが、千晶は寿途の事を恋愛対象として見ている。“強くて小さくて可愛い異性”なら、千晶の許容範囲だ。年の差は気にしない。条件さえ満たしていれば、年上でも構わない。ただ、この条件を満たす年上というものに、千晶は出会った事がない。
寿途の真意は誰にも――本人にも――分からないが、彼は基本的に、構ってくれる人になら懐く。
少々歳の離れた姉弟にしても、見た目が全く似ていない二人だ。稀に、千晶が誘拐犯と間違われる事もある。
この日も、そうだった。
「こんにちは。ボク、お姉さんとお出かけかい? 良いねー」
見回り中の巡査に声を掛けられた。直球に職務質問をされる事はまず無いが、こんな感じで話し掛けられる。そしていつも、千晶は胸を張って答えるのだ。
「お巡りさん。姉弟じゃなくて、カップルって呼んでくれないかしら」
と。そして毎度のように疑いの目を向けられる。疑問の眼だろうが奇異の眼だろうが、千晶にとっては気に留める程のものではない。寧ろ、注目されるのは快感ですらある。でなければ、わざわざ髪も目も真っ赤にした姿で街中を闊歩する筈がない。
千晶も、それなりにベテランの犯罪者だ。彼女自身の生い立ちも関係して、相当な派手好きである。なので――余談ではあるが――武器は派手に連射出来る機関銃を愛用していたりする。
寿途は「千晶、ごはん、行こう」と、千晶の手を引いた。
「じゃあねー。お巡りさん、ばいばぁーい」
千晶は、腑に落ちない表情をしている巡査に向かって手を振った。




