第一話『足音』―3
世の中には、生きてこの世に存在するものの他に、幽霊、妖怪、妖精、悪魔――そして、神。
様々なものが存在する。
それは目に視えたり視えなかったり、感じたり感じなかったり、人によっても差がある。
この少年二人は“視える”人間だ。
そして、訳あって翔の遺伝子の三分の一は、“聖獣”、“神様”と呼ばれるもので成っている。
十二天将・朱雀。十二天将とは、占術の象徴なのだが“神獣”とも呼ばれる神の事だ。
朱雀は、赤い鳥の姿をしている火神である。
拓人もそうなのだが『術者』と呼ばれる者は、この“神様”と呼ばれる式神――彼らのいる業界では妖精も式神に分類される――や、俗に“妖怪”や“悪魔”と呼ばれるものたちの力を借り、使役する。
『式神』、『使い魔』、『召喚獣』などと、組織、国などによって呼び方は変わるが、東洋では『式神』と呼ぶ事が大半だ。
しかし、翔の場合は『使役する者』とは違う。
翔の体内には、受精卵になる前から人為的に朱雀の遺伝子が組み込まれている。
なので、力を借りずとも、自らの意思で、自由に、手足の如くその力を使う事が出来る。
普通ならば。
計算上では、そうなのだ。
しかしながら、翔は絶望的に不器用だった。
宝の持ち腐れというか、なんというか。
残念ながら力を上手く使いこなせないまま、十七年生きている。
先にも述べたとおり、朱雀は鳥の火神――火鳥だ。
火を熾したり、空を飛んだり出来る。
ただ余談ではあるが、背中から翼を出して飛ぶとなると目立つので、翔自身が飛ぶ機会はあまりない。
そして、朱雀は別名『不死鳥』。
死んでも蘇る。と、されている。
翔自身、大怪我を負っても死んだ事はない。
死に掛けた事はあるが――傷の治りも早い。
現に、先程穴の開いた腕の血は、もう止まっている。
再生能力も高いので、潰れた左目も数日後には元に戻っているだろう。
そんな翔と組んで仕事をしている拓人はというと、彼は“呪禁師”を生業としている一族の末裔だ。
端的にいうと、まじないで人を呪い殺すことなどが出来る。
だが近年、哀しいかな“呪殺”は廃れてきた。
というのは、拓人の言い分なのだが。
拓人は主にハンドガン型の銃器を扱う事が多くなった。
翔の頭と左目にも包帯を巻き終えた拓人が「よし、できた」と、翔の肩を叩いた。
ありがと、と翔が短く礼を述べる。
拓人は、他人の血が染み込んだ上着――少し大きめのTシャツ――を脱ぎ、地面に置いた。
辺りに散らばっているミンチを一瞥する。
「もうすぐ竜ちゃん来るんじゃね? お前、また怒られるな」
「俺だって……好きでこんなに散らかしてるわけじゃないよ……」
翔は無表情の中に渋みを滲ませ、呟いた。
『竜ちゃん』とは、“掃除屋”をしている人物の名だ。翔の母方の従兄であり、拓人とは幼馴染になる。夜は死体処理や環境処理を、昼は喫茶店を営んでいる。
毎度ミンチ製造機と化す翔は、『竜っちゃん』こと竜忌から嫌われていた。
綺麗に、額に穴をひとつだけ開けた死体が数体。
木っ端微塵になっている肉片と骨と血液と臓物と、それに紛れている髪の毛などを眺めていた二人。
彼らが有る筈のないものに気付いた。
拓人が翔に訊ねる。
「これ、何人分か分かるか?」
翔は辺りを見回しながら、答えた。
「……俺が見ただけだと、十五人。俺が消しちゃったのが五人で、散らばってるのが十人」
「オレが殺ったのが十人だから、依頼人数ちょうどだよな?」
「うん」
自分たちの他に、有る筈のない生気。
自分たちには死んだ者も視えるが、ここには居ない。
翔が気配のする方へ目を向けた。
「……どーする? 依頼されてる人以外、殺しちゃ駄目なんでしょ? 生かして帰す?」
「害が無ければ問題ねーだろ。ただ、オレが張った結界の中に入って来てるっつー事は、一般人じゃないな」
声を潜める事もせず話し合う。
程なくして、掃除屋の竜忌と、助手の雪乃が到着した。
同時に、先程まであった二つの気配が消えた。
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“一般財団法人 《自然と化学の共存を促進する会》”という、長ったらしい名前の組織がある。
通称 《自化会》。
この組織は、表向きは『ボランティア団体』である。
地域の美化活動や孤児院の援助、養護施設も管理している。
裏では殺人行為に違法科学――中でも、化学が専門――を請け負う。
その他に、人外に関する厄介事も解決するという、『特殊能力を使って、困った人を助けよう!』という活動を行っている。
『幽霊が出た』、『怪奇現象が起きる』などがこの例に含まれる。
創設者は三人。
内、一人は既に他界。
本部の建物は地下二階から地上三階までの、それなりに大きな建物だ。
病室、娯楽室、会員の住む部屋が内設されている。
規模は少し小さいが、西日本と中国にも支部がある。
主に表向きに提示されている活動を行っているのが《C級》と《D級》。
一番低いランクの会員である。
次が《B級》。殺人業は行わず、人外に関する依頼を中心に動く。
そしてここから上級扱いとなる、《A級》。殺人業も請け負う。
但し、依頼人数は五人までに限る。
《S級》になると、依頼人数が最大十人に増える。
最上級である《SS級》。
《特S級》とも呼ばれるこのランクの人員。
目安として三十人を三十分以内に、確実に始末できる人物で構成されている。
現在は六名在籍中だ。
《自化会》での活動は、会から決められた、二人一組で行うのが基本だ。
単独で任務に就くのは、特例の場合のみである。
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