第十六話『自然と化学の共存を促進する会』―1
“一般財団法人 自然と化学の共存を促進する会”――設立者は、嵐山臣弥、天馬深叉冴、成山秀貴の三人。会長である臣弥は科学者で、特に化学に力を入れている。“財団”の部分は、秀貴の稼ぎで以て補っている状態にあり、深叉冴に至っては現在死人だ。
表向きは、ボランティア活動や災害復興支援活動を行う団体。裏では、主に個人からの依頼を請け負う、非合法組織。会員数は数百人居るが、その内、非合法活動を行うのは三十人ほど。しかも、その殆どが未成年。
《自化会》の非合法活動を行う人員は《A級》《S級》《SS級》に分類され、各々の実力によって級分けされている。
六人いる《SS級》の内の一人、安宮祝は、《自化会》本部謙住居である建物内に居た。寝不足で重い瞼を擦りながら廊下を歩いていると、見知ったオールバックではない銀髪が、目に入った。いや、銀髪というには少々透明感が足りない。例えるなら、老人の白髪に近いかもしれない。ただ、背筋は真っ直ぐに伸びている。若そうだ。背格好から察するに、自分と同年代の青年だろう。
「滝沢さん、そいつ、誰や」
話し掛けると、滝沢は白髪の青年と共に祝を振り返った。
「祝か。彼は――そうだな、ひと言で表すと《P・Co》からの助人……だな」
少しばかりの戸惑いを見せつつ、滝沢は白髪の青年を示す。対し青年は、よく訓練されたショップ店員のように爽やかな笑顔を、祝へと向けてきた。
「初めまして。《SS級》所属の安宮祝さん、ですね。《P×P》所属の、芹沢凌と申します。《天神と虎》の件で《自化会》に助力するよう上から言われて来ました。以後、お見知りおきいただけると幸いです」
祝は眉間に皺を二本作り、ほぉー? と勘繰るような視線を凌へ向けた。
「そらそら。大企業のエリート工作員様にお越しいただいて、心強いですわぁ。ところで、お宅んトコのおガキ様が、ウチの後輩を首チョンパしてくれた件については、どう考えとるんかなぁ?」
わざとらしく、嫌味を多分に含んで、祝はつり上がり気味の黒い眼から放たれる視線を凌へ突き刺した。意地の悪い笑みを作る口元には、黒いピアスが明かりに反射し、同じように黒いピアスだらけの耳が、鈍く光っている。
凌は笑顔を瞬時に真顔に変化させ、腰を綺麗に九十度に曲げ、そのままの姿勢を維持しつつ、声を発した。
「この度の事につきましては、弁解の余地もございません。私どもの指導と監督が行き届――」
「もうええわ。その仰々しい営業トークもウザったらしいし。なんや、謝罪会見聞いとる気ぃになる。っちゅーか、何で《P・Co》のエリートさんが《自化会》の手助けなんかしてくれるん?」
滲み出る嫌悪感と、決して好意的ではない祝の言葉を全身で感じながら、凌は顔を上げた。今度は真顔から営業スマイルへと切り替える。
「恥ずかしながら、少々仕事でしくじりまして。こちらへの一時的な配属は、その厳罰内容です」
祝は険しい顔で、ふぅん、と呟いた。
「なんやその言い分も気に食わんけど、まぁええわ。俺らの後輩、めっちゃ怒っとったから、後ろから撃たれんように気ぃつけや」
祝は滝沢に向かって、そいじゃ、と挨拶を投げ、その場を後にした。
祝は廊下を歩きながら、大きな溜め息を吐いた。眉間の皺は解けるわけでもなく、まだ額下に存在していた。
「あぁーもう、ほんま、けったくそ悪い……」
「何をそんなに苛々しているんだい?」
T字になっている角に差し掛かったところで、声を掛けられた。柔和な笑みを浮かべた、オールバックの銀髪。白いワイシャツに、スラックス姿の洋介が立っている。
祝は再度大きく息を吐き出すと、首を竦めた。
「《P・Co》さんからお客……いや、滝沢さんは『助人』っちゅーとったわ――が来とってな。それがまぁ、いやぁー、クソ真面目そうな奴やって……って、んな事よりお前、めっちゃ臭いで」
洋介から発せられている異臭に、元々渋面だった祝が、更に顔を顰める。洋介は、ははは、と笑い声を発した。両手を八の字に広げて肩を竦めると、何かに何かを注ぐジェスチャーをし始めた。
「実験室に閉じ籠って、気が付いたら五時間経ってたんだ」
ははは、と笑いを繰り返す洋介に、祝は嘆息した。
「臭いわけやな。頼むから、細菌兵器とか撒き散らさんでくれや」
「大丈夫だよ。僕の専門はウイルスじゃなくて、薬物だから。あ、それでね。一時的に皮膚を黒くする薬を作ってみたんだけど、祝、試しに飲んで――」
「嫌や」
即答すると、祝は二十センチほど上にある洋介の、翡翠のような眼を睨んだ。
「他人に頼む前に、自分で試せや」
「えぇー? だって僕が実験体になって、もし何かあったら、その記録は誰がするのさ」
目尻の下がっている眼を細め、洋介は、だからさ……、と言葉を続けようとしたのだが、祝は無視を決め込んで洋介から遠退いた。