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世界の平和より自分の平和  作者: 三ツ葉きあ
第二章『(頭が)ヤバい奴ら』
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第十三話『結構な決闘の決行』―2


 


 翔は自分の両手を眺め、背中を振り返り、今度は反対側から背中を振り返った。前に向き、虚空を見上げ、縁側に座っている拓人を振り返る。


「拓人、俺の部屋から禁刀持って来て」

「決闘するってのに、何で武器を部屋に忘れて来るんだ?」


 脱力顔を晒す拓人と、無表情な翔の間に、深叉冴が禁刀を持って出現(あらわ)れた。得意げな顔で、かつて自分が扱っていた剣状の刀を翔へ差し出す。


「翔は相変わらずおっちょこちょいの忘れん坊さんだな! 儂が持って来てやったぞ!」


 深叉冴から禁刀を受け取り、翔は小さく息を吐いた。うんざりしたような溜め息だ。


「勝手に俺の部屋に入らないでくれる?」

「何故だあぁあッ!?」


 深叉冴は拓人を腕で示しながら、驚愕(きょうがく)の延長で叫ぶ。


「何故、拓人は良くて儂はダメなんだ!?」

「父さん、勝手に引き出しとか開けそうだし」

「驚くほど信用がないッッ!?」


 愕然(がくぜん)と地面に崩れた深叉冴の背に、拓人が無言で手を置いた。何か言葉を掛けようとしたが、何も言葉が思いつかなかったらしい。もしくは、下手な言葉を掛けると逆効果だと判断したのだろう。


 拓人は深叉冴から視線を上げ、凌に向かって口を開いた。


「あー、どうぞ。こっちの事は気にせず、始めてください」


 凌は、どうしたものか、と翔を見た。始めてくれと言われても、全く戦意が湧かない。


(っていうか、《自化会》ってこんなに緩い感じなのか?)


 正直、拍子抜けだ。


 噂では、この業界で《P・Co》と双璧を成す組織だと言われている。だが、目の前に居る人物は緊張感の欠片もない上に、行動だけ見ると小学生……いや、それ以下のようだ。


 そしてこんな、何も考えてなさそうなとぼけた奴に自分の父親が殺されたのか、と思ったところで、凌の右手に力が入った。右肩に掛かっている、テクノレザー生地の刀袋が、少し持ち上がる。


 そんな凌の胸中などお構いなしに、翔が、鞘に収まった禁刀の先を凌へ向ける。クリスマスの朝、プレゼントを見付けた子どものような顔で。


「そっちの白髪さんが相手で合ってるんだよね? 楽しみで夜寝付けなくて、寝坊しちゃったんだよね。何を使って俺を殺してくれるの?」


 深叉冴が小さな声で「うむ。夜の十時にはぐっすり寝ておったようだがな」と唸った。拓人も半眼で、まぁそうだろうな、と呟いた。


 凌は小ぶりな刀袋のファスナーを開け、中から一振りの刀を取り出した。脇差だ。別のポケットからは帯刀ベルトを取り出し、腰へ固定すると鞘を収めた。

 潤が、凌へ向かって手を出す。


「俺が持っておく」

「有り難うございます」


 頭を下げ、袋を潤へ渡すと、天后も凌から離れた。


「それじゃあね、凌。頑張ってぇー」


 笑顔でエールを送る天后に、深叉冴が疑問の目を向ける。


「おや。天后殿は主殿の(そば)に居なくてもよいのか?」

「アタシが直接力を使うと、アタシが勝った事になるじゃない? 凌ってそういうの、(すっご)く嫌がるのよねぇー。それより、貴方だって自分の息子が殺されそうになってるっていうのに、呑気なものねぇ」


 天后は縁側へ腰を掛け、タイトスカートから出ている長い脚を組んだ。

 深叉冴も縁側へ腰を下ろし、腕を組むと、唸り声を上げた。


「うぅむ。まぁ、そうだな。正直、あまり心穏やかではないところだが……。翔は、仇を討たれなければならないだけの事をやらかしてきたからな。それに、天后殿も気付いているだろうが……ウチの息子は、少々厄介な身体をしておってな」


 腕を組んだまま、深叉冴は薄茶色の頭と白い頭を眺めた。


「まぁ、複雑と言えばそうだが、これで双方の何かが晴れるなら、それでよいのではないかと思っておるよ」

「ふぅん」


 天后は希薄な返事をし、脚を組み替え、庭に生えている立派な松の木の前に立っている、自分の主へと視線を戻した。

 いつの間にやら屋内へ消えていた康成が、緑茶の入った湯呑みをいつつ、盆に乗せて現れた。各人に茶を勧めると、自分も縁側へ腰掛け、茶を啜り始めた。


 空は相変わらず雲に覆われており、昼間だというのに鈍色(にびいろ)の世界が広がっている。




 翔は深叉冴から受け取った禁刀を鞘から抜くと、鞘を無造作に、落とすように置いた。先日、翔が自分の腕を、斬るやら突き刺すやらしたわけだが――手入れだけは一応しているらしい。水晶のようにも見える刀身には、周りの景色が鮮明に映り込んでいる。


 翔は予告ホームランよろしく、五メートルほど離れている凌に禁刀の切っ先を向けた。


「いつでもいいよ」


 あまつ、バッターボックスに立ったバッターのように、禁刀を構えた。それが凌の目にはおふざけにしか見えず、結果、彼の神経を逆撫でし、余計な怒りを買ったわけだが――。そんな事は、翔の知った事ではない。凌が腰を落として刀の柄に手を添えている様子を、瞳を輝かせて見ている。


 一瞬の後。


 その輝いている瞳の一センチメートル手前で、凌の脇差の先端が止まった。


「あまりふざけてると、このまま突き刺すぞ」

「え、この前潰れたのが治ったばかりなのに……それは困――」


 翔が言い終える前に、凌の刀が翔の左肘を両断した。

 噴水のように鮮血が飛沫(しぶき)を上げ、丸石の敷かれた地面には肘から先が、ボトリと落ちる。と同時に、翔の瞳が輝きを増した。プレゼント再び。自分の血に塗れた表情は、心底嬉しそうな笑顔だった。


「あは……、凄い。見えないくらい速いや……。腕、痛いなぁ……。はは……凄い、ちょっと、楽しくなってきた」


 凌は反射的に飛び退き、翔から距離をとった。翔の様子を見た凌は、


(え、ちょ、何だこいつ、気持ち悪っ!)

挿絵(By みてみん)


 と、内心ドン引き。表情筋が引き攣っている。更に、縁側の方からは「翔様、楽しそうですねぇ」やら「うむ。嬉しそうでよいよい」やら「あいつまた……学校に伝える言い訳を考える身にもなれってんだ」等と、呑気な声が聞こえてきた。


 翔は右手に持った禁刀を下段に構え、地を蹴った。が、小石に滑って転び、顔面から着地した。結果、(あご)を強打し、皮が擦り剥けてしまった。


 凌はまたしても目の前の光景が理解出来ず、後退(あとずさ)った。


(え、え? 踏み込みさえ出来てないし!? 息遣いさえ不規則だし! まさか、オレを油断させる為の作戦――)


「顎打っちゃった……何か、皮がベラベラしてて気持ち悪い……」


 言いながら、翔は剥げかけている皮を引きちぎる。


「あー、なんか、もう、ヤダ。面倒臭い……」


 右手の甲で顎を拭うと、翔は禁刀を握った血塗れの右手を凌へ向けた。

 翔の右手に沿って、黄色やオレンジ色を帯びた、紅い炎が出現する。それは、充分な距離をとっている凌の元にも熱風を連れて来た。


「折角来て貰ったんだし、拓人と父さんが折角結界張ってくれたんだし……本気出してもいいんだよね?」


 翔が右手を振り上げたと同時に、半径十メートルを呑み込む爆炎が上がった。地鳴りを伴ったそれは、手入れの行き届いた庭の木々を消し炭にした。地面の丸石は焼け石状態だ。

 母屋などの建物全体には結界の効果が行き届いており、縁側付近も含め、火の粉すら届いてはいない。




 少しして、煙が薄れてきた。


「うーん、何か違うな……。本気って、どうやって出すんだっけ……」


 爆発の中心に居た翔は、右手を上げたり下げたりしながら、首を(ひね)っている。と、まだ残っている煙の向こうに凌の気配を感じた。うっすらとシルエットが見えるだけだが、翔にはその正確な位置と彼の動作が感じ取れる。


(あの爆発でも死んでない……。生きてるし動いてるし、武器は脇差で、えっと……)


 考えるより動いた方が早いと判断した翔は、飛び退いて刀を(かわ)した。躱したつもりだった刃が、胸元をバッサリと切り裂いている。


「あれ?」


 翔は頓狂(とんきょう)な声でもって、噴き出す鮮血を見送った。

 煙の晴れた世界で凌が持っていたのは、太刀だ。否、脇差の刀身の更に先から、透明な何か――今は、翔の血が滴っていて赤い――が伸びている。


「お前、訓練を受けていないのか?」


 凌は呆れたようにも見える厭悪(えんお)で、顔を歪めていた。


「訓練……?」


 翔は、その言葉に心当たりはあっても、行為に対しては思い当たる事がなかった。いや、心当たりはある。ただし、それは――


「俺、訓練しようとして、父さんたちを蒸発させちゃったんだよね……」


 翔を暗澹(あんたん)とした気持ちにさせ、彼の周りの空気が現在の空よりも暗く陰った。


「つまり、してないんだな」


 今の凌にとって重要なのは、父の死因ではない。(しか)るべき教育を受け、()つ、自分の持っている能力を、制御出来ているのかという事だ。潤に家庭教師の話が来た時点で、ある程度の予想はしていたのだが――翔の現状は、凌の想像の遥か上をいっている。


 凌は、脇差を握っている右手の力を強めた。今の彼にある感情は、嫌悪でも悲感でもなく、忿恚(ふんい)だ。

 刀を鞘へ戻し、腰を低く落とすと、噛み付くような眼を翔へ向けた。


「お前みたいな奴が居るから、オレみたいな奴が増えるんだ」


 低く呻くと、跳んだ。輝いた白刃が、翔の頭部を狙って閃光のように走る。


 翔は咄嗟(とっさ)にしゃがむ事で回避すると、右手を地面に突いて態勢を取り直す――前に、再び銀の(きら)めきが飛んできた。ので、転がって躱す。すると、体の下敷きになった左腕が地面に(つか)えた。出血は止まっているが、骨まで丸見えの状態だ。


「あ、痛。そうだ。腕斬れたんだった」


 呑気に呟いてみたが、また頭上を刀が掠めた。


(なんか……やたらと頭を狙われてるような気が……)


「あっ」


(ヤバい……触角、しまい忘れてた)


 と翔が意識した時にはもう遅く――触角の先端を刃が掠り、触角が半分凍り付いた。

 翔は凍り付いた触角を右手で触ってみて、初めて血の気の引いた顔を露わにした。


「え……何で、何で? 触角の役割を知ってる人は、秘密なんだって、嵐山(あらしやま)が言ってたのに……」


 困惑の色を見せる翔の頭部を目掛けて、一閃(いっせん)が迫る。凌の振る太刀筋が見えないわけではない。翔の動体視力は、かなり良い。ただし彼には瞬発力が無い。


 凌は、散々ギリギリで躱される攻撃に苛立ちながらも、翔の質問に答える為に口を開いた。


「ウチの会社の情報網は、他の組織に比べて(ひい)でている。それに……」


 凌の眼球は一瞬だけ縁側を向いたが、すぐに翔へ戻された。


「これ以上言う義理はないな。その遺伝子結合の(かなめ)を切除してから首を落とせば、お前は死ぬんだろ?」


 だったら、そうするまでだ。と小さく言い零すと、氷の伸びている刀身を翔に向かって振り下ろした。それが翔の触角を更に凍らせ、結果、彼の頭上から伸びた毛束は砕け散った。





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