表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界の平和より自分の平和  作者: 三ツ葉きあ
第一章『鳥人間と愉快な――』
47/280

第十二・五話『学校での事~Side翔~』




 金曜日だ。いつもより、三十分早く登校している。


 今日は日直の日だ。寒太に「日直じゃねーのか?」と起こされて気付いた。鳥の寒太が、何故翔の学校生活事情を本人よりも把握しているのか……。それを疑問に思うのは、野暮というものだろう。現に、翔と共に居る光は、その事について口にしてはいない。


「ところで、何で寒太君が翔の日直の事を知っているのかしら?」


 否、訊いた。ド直球で訊いた。


「寒太は俺のマネージャーだよ。時間割とか教えてくれるよ」

「あら、そうなの。でも、この前は翔、体操服を忘れていたわよね?」

「うん。用意はしてたけど、部屋から持って下りるのを忘れたんだ。ほら、あの日、寒太は狩りに出掛けてたから」

「あら、そうなの」


 翔の返答に、光は言葉を繰り返す。まぁ、アタシは先に学校へ来ていたから知らないんだけどね。と極々小さな声で呟いた。


 仲良く手を繋いで校庭を横断し、校舎へと向かう。繋いだ手を(ほど)いて、各々の靴箱へと向かう。翔は自分の靴箱の扉を引いた。雪崩が起きた。紙やら髪やら刃物やら藁人形やらが雑に落ちていく。そんな中、靴箱の中にはキャップが外された状態のチューブわさびが、ででんと綺麗な状態で乗っかっている。翔はそれを摘まみ上げると、


「俺の好物を知ってるなんて、一体誰だろう……」


 と、確実に嫌がらせでそこに存在しているチューブわさび(キャップなし)を、弁当袋へ忍ばせた。

 今度は、五寸釘の刺さった藁人形を拾い上げ、まじまじと見つめた。


「……拓人が見たら、何て言うかな……」


 五寸釘が付属された藁人形をリュックへ入れると、翔はゴミ溜めの奥から上靴を引っ張り出した。その拍子に、また封筒やらスライム状の何かやらが零れ落ちる。ゴミの上へ靴を置くと、下へ落ちた、ゴミとも呼べる物体たちをスーパーのレジ袋へ放り込み、口を縛った。それを持って光と合流する。


「見て。たくさんプレゼントを貰ったよ」

「本気で言ってるんだったら、とてつもない馬鹿か、とんでもない大物だわ」


 光は、翔の持っている袋を半眼で睨むと、肩を竦めた。


「うーん……今日は面白いものがたくさん入ってて、楽しかったよ?」

「流石だわ。翔はとんでもない大物ね」


 笑みを零すと光は、翔の空いている方の手を握り、教室へ向かった。




 どこからどう見てもイジメだろうという状況だが、以前からこんな状態だったわけではない。厳密には一昨日――水曜日――から、だ。


 これは拓人の見解が含まれるのだが、火曜日に光と手を繋いで下校しているところを目撃した男子生徒が翌日、翔の靴箱に呪いの手紙と思われる封書と、画鋲を置いていった。そこから火が着き、その火は、強風に煽られるように広がっていった。

 授業中以外は校内で常に共に居るものだから、光の事を陰から見守っているらしい連中からの嫉妬を、一身に受ける事となっているわけだ。


 当の本人はというと、

「光の事を好きな人がこんなに居るんだね。すごいと思うよ。それでね、そんなすごい光に好かれてる俺って、もっとすごいよね」


 こんな感じで、寧ろ喜んでいる始末だ。



 

「翔さんに光さん、お早うございます」


 振り向くと、爽やかな笑顔の黒髪眼鏡の青年が立っていた。私服登校が基本のこの学校だが、カッターシャツにスラックスを身に着けている。以前通っていた高校の制服らしい。


 翔と光は各々朝の挨拶を交わした。


「景君、早いのね。今日、一組は拓人君が日直でしょう?」

「僕は職員室に用事があって……でも先生方は今、ガラス片の掃除で忙しそうなんですよ。だからもう教室に行こうかと思いまして」


 肩を竦めて苦笑を漏らす景に、翔は少しだけふてくされた顔を向けた。


「景も、そろそろ敬語止めてよ。景の方が年上なんだし。拓人には敬語じゃないんだし」


 いじけているようにも見える翔のその表情が、珍しいと同時に可笑しく思え、景は「ふふ」と吹き出した。


「兄さんから話は聞いてますよ。そうですね。すぐには難しいので、徐々に対応させていただきます」


 景は爽やかな笑顔のまま、また体育の時間に、と言い残して一組の教室へ入って行った。




 二年二組。ここが、翔と光のクラスだ。まだ誰も居ない。


 翔の机の上では、立派な大菊が花瓶に挿され、鎮座している。翔はその菊を見るなり、花瓶から引き抜き、その薄桃色の菊を、更に眺めた。


「光。こんな大きな菊貰っちゃった。すごいよ。花びらが艶々だよ」


 立派な大輪の菊を貰えた事に喜びを隠せないようだ。翔にとって“菊イコール葬式”ではなく、大菊は栽培の難しい、“高価な花”だという印象が勝っているようだ。その高価な花弁を一枚引き抜くと、おもむろに口へ放り込んだ。見る見る内に、翔の顔面に皺が増えていく。


「にがい」

「でしょうね」


 光は机の中に教科書を移しながら、呆れ顔だ。


 翔は、離れた位置から菊を光の頭に被せ、眺めている。


「うーん……もう少し濃い色だったら、光に似合うのに……」

「あら。アタシは何だって似合うわよ」


 見ていなさい、と言わんばかりに、翔から大菊を奪い去ると、光は茎の部分を問答無用で切り落とした。そして、自分の三つ編みの根元へ突き刺した。


「どう?」


 斜に構えてポーズをとる。大菊が顎横へ来る事で、小さめの顔が更に小さく見える。


「いいね。光は花もピンクも似合うね」

「ふふふ。嬉しいけど、それ以上褒めるのは止めてね」


 光は、百円均一で購入されたであろう花瓶を、教室後方にある棚の上へ置いた。




 ◆◇◆◇◆




 空いている席が(いつ)つあるのだが、ホームルームが始まった。担任教師に「東、そのでかい花は何だ」と訊かれたが、光は「今年流行(はやり)の、生花髪飾りです」と答えた。私服登校で、髪色やアクセサリー類に関しても特に校則違反が存在しないこの学校では、でっかい菊を髪に挿していようが「そうか、流行(はやり)なのか」のひと言で片付けられる。


 怪訝な視線が数筋、光と翔に向けられる。そんな中、担任教師は黒板の真ん中に人名を書き出した。


「こんな時期だが、転校生だ」


 入ってこい、と、教室の入り口に向かって声を掛ける。扉がスライドし、入ってきたのは男子生徒だった。恰幅(かっぷく)がよく、重量感のある身体をした長身の。髪の毛はプリンのように、天辺が黒く、他は脱色されて黄色い。傷んだ髪をしている。眉は無く、顎には短く整えられた髭が生えていて、プロレスラーのようにも見える。


「今日からこのクラスの一員となる、山辺(やまべ)大誠(たいせい)だ。家庭の事情で、私立の帝奥(ていおう)学園高等部から編入してきた。みんな、仲良くなー」


 出身校の名前を聞き、室内がざわめいた。帝奥学園と言えば、県下でもトップクラスの問題校だからだ。中高一貫校で、医者や弁護士の子どもも通っているが、生徒の大半はヤクザの子どもという、絵に描いたような不良校だ。過激な不良漫画のモデルになるくらい、荒れている。


 最低限の情報をクラスの面々へ伝え終えた担任が「何か言いたい事はあるか?」と目を向けるが、転校生は青ざめて固まっていた。


 そして、(せき)を切ったように悲痛な叫び声を上げた。


 担任は勿論、教室中で疑問符が飛び交った。窓の外に居る鳥たちを眺めていた翔も、教室内が騒がしいので、教室を見回してから転校生へ目を向けた。大きな人だな、と思った。すると、転校生は翔を指差し、再び悲鳴のような叫び声を上げた。


「なん――ッ! 何で天馬さんが居んだ……居るんですか!?」


「何だ、知り合いか。こりゃ、天馬の隣の席へ行って貰うパターンのヤツか? 漫画とかでよくあるだろ?」


 担任の発言に、大誠は青ざめた顔をブンブンと横へ振りまくった。翔は翔で「えっと、誰だっけ」と首を傾げている。


「っていうか、何で平然と座ってるんだ!? 頭おかしいんじゃねーのか!?」

「おいおい、山辺。確かに天馬は成績もよくないし、居眠りはするし、何を考えているのか分からんが、頭がおかしいってのは言い過ぎだぞ」


 一応はフォローらしい担任の注意を聞くが、大誠はまたも頭を横へ振る。


「頭がおかしいのは、あんたらだ! っていうか、天馬さんも何とか言ってくださいよ! こいつ今、天馬さんの事馬鹿にしましたよ!」


 『こいつ』呼ばわりされた担任は、思い切り顔を顰めた。


 わなわなと震えている大誠に翔は、うーん……、と唸る。


「俺、今馬鹿にされたの? 本当の事、言われただけみたいだけど……」

「あー、そういや天馬も帝奥学園出身だったな。忘れてた」


 担任の言葉に、教室が本日何度目かのどよめきを見せた。一年の時に同じクラスだった者は「でも自己紹介で聞いた覚えがねーぞ」、「思い出した。あいつ『てーおー中学』つってたから、皆“手江大(てえおお)”中学校ってのがあるんだと思ってたんだ」等と言い合っている。


 大誠は、おいおいマジかよ、と表情筋をヒクつかせている。


「天馬さんは、帝奥中入学から僅か一ヶ月で、当時校内を収めてた三年生を制圧した、俺らの学年のレジェンドだったんだぞ……。数か月休んだけど、二年の時には高等部を仕切ってた連中も一気に締め上げた伝説を持ってんだぞ……」


「うーん……鬱陶しいから、どけて貰っただけなんだけど……。人数の割に、凄く弱かったなって事だけは覚えてるよ」


 翔の呟きが聞こえているのかいないのか、大誠はクラスメイトに向かって演説を続ける。


「ドスやガスガンやスタンガンを持った先輩たち相手に、身長一四〇センチのチビが武器も持たずに立ち向かっていった姿は、伝説以外の何ものでもねぇよ!」


「……えーっと、おやつ用の粉末わさびや、粉末ジョロキアは持ってたよ……?」


「チビが素手だぞ、素手!」

「えっと……」


 今は身長も一六九センチまで伸びた、と伝えようとしたのだが、大誠の――翔の事を少々ディスっている――独断演説っぷりが凄まじく、たじろぐ翔だ。が、ある事を思い出した。


「そうだ……今朝、俺の靴箱にわさびをプレゼントしてくれた人、誰だろ……お礼が言いたいんだけど……」


 翔の発言と、取り出されたチューブのわさびを目にして動揺した人物がひとり。翔の隣の席に座っている男子。ガタリと揺れた机から、緑色のキャップが床へ転がり落ちた。


 彼の名は確か――、


「君……えっと、杉本(すぎもと)君……だっけ。ありがとう。よく俺の好物を知ってたね」


 何故キャップが外れた状態だったのかに関してはきっぱりと無視し、翔は“杉本君”へ笑顔を向けた。ただ、残念ながら彼は杉本君ではない。杉持(すぎもち)君だ。


 大誠の演説を聞いていた杉持君は、ガタガタと震えている。そんな事には構わず、翔は自分の指に、大量のわさびを取り出して、口へ運んだ。それはまるで生クリームを舐め取る子どものようだ。が、これは生クリームではなく、まごう事なきわさびである。


 わさびは、日本における辛味の代表格だ。辛味は味覚で感じるものではなく、舌や口内で感じる痛覚の一種だ。なので、つまり翔の好物だと言える。


「スーパーで六十五円のわさびは辛くて美味しいね。お礼に、半分あげるよ」


 どうぞ、と言いながら杉持君の口にチューブを突っ込み、三分の一残っていたわさびを全て絞り出した。杉持君はその場に倒れ込み、翔は「倒れるくらい美味しかったんだね」と、笑顔である。担任は「このクラスは今日も仲が良いな!」とご満悦だ。


 室内の喧騒に紛れ、ガラッと教室の後方の扉が開く。


「おっはよーございまーっす!」


 元気な掛け声と共に入室したのは、界だ。五分の遅刻だが、点呼には余裕で間に合った。




 この一件以来、翔の靴箱に大量のプレゼントが届けられる事はなくなった。プレゼントフィーバーが二日で終了し、翔は少し残念がったとか、どうとか。

 




菊を(かんざし)代わりにしている光を描いたので、こんな所ですが貼り付けておきます。

挿絵(By みてみん)

挿し絵にする程"ドヤっ"とはしていないので、欄外掲載です(笑)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ