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世界の平和より自分の平和  作者: 三ツ葉きあ
第一章『鳥人間と愉快な――』
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第十二話『営業コンビと水神と』―5


◆◇◆◇◆




 《P×P》の事務所では、凌が居ないという事以外は、変わらず日常が過ぎていた。凌が抜けた事で、営業部の仕事量が増え、バタバタする事が懸念されていたのだが――尚巳が難なくふたり分の業務を(こな)すので、所内は円滑に回っている状態だった。


 木曜日。東京の空は、ねずみ色をした厚い雲に覆われていた。空から落ちてきた水滴が、花壇のレンガを(まだら)に濃くしている。


 潤は、事務所から徒歩零分の位置にある《P・Co》本社ビルへ向かっていた。ジャケットの両肩に三粒の水滴が染みを作ったが、気に留めず、本社のエントランス受付嬢に声を掛ける。愛想のよい対応を受けた後、エレベーターに乗って十五階まで上る。


 着いた先は社長室。ノックを四回。はーい、という緊張感のない返事を受け、潤はドアノブを捻った。




「珍しいね。潤が自分から僕に話を持って来るなんて」


 黒いワイシャツに黒いジャケット――とにかく、肌の色以外は髪から目から服から靴まで黒い。そんな雅弥は入り口正面にある机に着き、両肘を突いて手を組み、微笑(わら)っている。


 潤は笑うでもなく、扉を閉めると一度軽く頭を下げた。


 雅弥の前で立ち止まり、体の前で右手を上にして手を組んだ。

「社長。ひとつ、頼みたい事があるのですが」


「へぇ。潤が僕にお願いだなんて、更に珍しいなぁ。何かな?」


 言いながら、雅弥は組んでいた手を(ほど)いた。表情は変わらず、快い微笑を湛えている。


 潤は、日曜日の事で、と短く告げると言葉を切った。


 雅弥は「あぁ。そっか、凌の事だね」と両手を軽くひとつ打つと、両手の平同士を押さえ付けた。重ねて、少し首を竦める。


「ごめんね。僕も一緒に行きたかったんだけど、仕事が立て込んでいてね」


「いえ。気になさらないで下さい。それで、凌が今回の依頼遂行を達成出来なかった場合の事なのですが、彼の処分は俺に一任して頂けないでしょうか」


 潤はひと息でそこまで言い切ると、静かに息を吸い込んだ。


「うん。いいよ」


 即答ともいえる速さで、あっさりとOKが出された。潤が続けて、頭を下げる。

「有り難うございます」


「何だかごめんね。何もかも押し付けちゃって」


 再度両手を合わせてくる雅弥に、潤が苦笑した。軽く首を横に振ってから息を吐き出す。


「いえ。ところで、今回のお話はどなたから……」

「秀貴だよ。あれ? 言ってなかったっけ」

「聞いていません」


「あー、うん。えっと、ごめん。ほら。僕にこんな事言って来る人なんて、謙冴か秀貴くらいだしさぁ……」


 視線を左右に泳がせながら、雅弥は特に意味もなく指を回している。対して潤は「まぁ、そんな気はしていましたけど」と小さく漏らした。


「秀貴、連日海外でさ。日曜日も現場には居ないみたいなんだけど、彼の息子さんと……あと、凌の依頼対象のお父さんが居るみたいだから。そこんとこ宜しくね」


「『宜しく』と言われましても……。それに今“お父さん”と言われましたが、亡くなっているんですよね? 霊体か何かですか?」


 潤の質問に、雅弥はまたしても目を泳がせながら、指を回している。


「いやぁー、僕もまだ会ってないから何とも言えないんだけど……。聞いた話によると……」


 雅弥はそこで言葉を止め、説明の内容をまとめようと思案したのだが――

「色々あったみたいで。まぁ、会ってみたら分かるよ。顔写真ならあるんだけど……」


 そう言って引き出しから出された写真が三枚。潤はそれらを見て、眉間を狭めた。


 一枚は、梅染色の髪の少年。赤い瞳をしているのだが、潤の赤よりまだ深く、濃い色をしている。その眼はどことなく眠そうだ。癖のある髪の頂点からは、ひと房の毛束が弧を描いて伸びている。


 もう一枚は、その少年と同じような顔をした黒髪の少年。目の色も、癖のある髪も同じ。ただ、表情は対照的で、明るくにこやかにカメラ目線を向け、指でピースサインまでしている。


 最後の一枚は、柿渋のような髪の色をした青年。瞳の色も髪と同じ色をしている。フィルムカメラで撮られた写真らしく、少し古い。カメラ目線でウインクをして、ピースを口元に添えていた。しかも、そのポーズがやたらと様になっているというか、自然に見える。アヒル口というよりは、犬や猫のような口元をしているな、と潤は思った。


「あ、そうそう。ピースをしてるふたりが同一人物で、凌の標的のお父さんで、《自化会》設立者のひとりで、謙冴の弟君だよ」


「…………」


 潤は三枚の写真を手に持ったまま、視線すら動かさなくなった。瞬きすら忘れてしまっているようで、写真を凝視している。


「混乱する気持ちも分かるんだけど、ホント、会ってみて、話をしたら分かる筈だから……」


 説明を自ら放棄した雅弥は、潤に向かってそう言うしか出来なかった。尤も、雅弥自身もまだ本人に会ったわけではない。秀貴から話を聞いただけなので、全てを理解しているわけではないのだから、仕方がない。


 潤はまだ写真を見詰めている。


「……謙冴さんの、弟さん……」


 うわ言のように呟かれた言葉に、雅弥は「え、あぁ、そっち?」と、これまた小さな声で呟いたのだった。

 



これにて第一章が終わります。

ここまで読んでいただき、有り難うございますm(_ _)m


あと2話分短編(幕間)を挟んで、少しばかりの休載に入ります(*´ω`*)

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