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世界の平和より自分の平和  作者: 三ツ葉きあ
第一章『鳥人間と愉快な――』
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第十二話『営業コンビと水神と』―4




 ひとり残った凌は、鍋の中で味の染み込んでいる熊肉の塊をおたまに取って持ち上げた。


「ひき肉にすればハンバーグが食えたんだけどなぁー……」

 誰も居ない室内で、呟く。


『あぁら。凌なら肉をミンチにするなんて簡単じゃなぁーい?』


 誰も居ない筈だった凌の真後ろで聞こえた声は、このボロ小屋には似つかわしくない色香を漂わせていた。女性のものだ。だが、肉声と言うにはあまりに透き通った声だった。


 凌の髪を首の後ろで束ねているシルバーのヘアカフスは、今は光りを放っている。不思議な色の光りで、オーロラやマジョーラのように、見る角度によって色が変わる。


 凌は後ろを振り向かず、そのまま肉を鍋の煮汁の中へ戻した。


「天后。勝手に出て来るなっていつも言ってるだろ」

『勝手に出て来れるようにしてくれてるのは凌じゃなぁい。尚巳が居た時に隠れていただけ、有り難く思って貰いたいものだわぁ』


 凌の背後に居るソレは、半透明の水色をした液体が女性の形をしている。頭があり、パーツが液体の凹凸(おうとつ)で作られている顔があり、身体がある。髪と(おぼ)しき部分も液体で構成されているのだが、綺麗な曲線を描き、女性の長髪のようだ。動く度に少量の水が跳ね、床を濡らした。


 天后。朱雀や騰蛇と同じ、十二天将の一柱。水神だ。中国では民間信仰神としても知られる女神である。


 その水神が、けたけたと笑う。

『凌ってば、肉餅(ハンバーグ)飯團(おにぎり)貰ったの? それって美味しい?』

 興味津々にクーラーボックスの蓋を開けてみている天后に、凌は頷いた。


「美味いよ。っていうか、式神って飯食うのか?」

『食べなくたって死なないってだけでぇー……、食べる事は出来るのよぉ?』


「ふぅん」


 「美味い」と言ってはみたが、そもそも味覚が同じなのかどうかも怪しい。凌はそんな事を考えていたのだが、天后は凌の反応の薄さにご立腹だ。


『ちょっとぉ。もうちょっと興味を持ってよぉ!』


 ぴちゃぴちゃと跳ねる水飛沫に、凌が顔を(しか)める。


「お前の食生活より、水浸しになってる屋内の方がオレは気になってんだよ。……人型になってくれよ……」


 米神を押さえる凌の肩に、天后が両肘――であろう部位――を乗せた。凌のTシャツがじっとりと湿っていく。


『あら。凌は人間の女アレルギーなんでしょぉ?』

「アレルギーじゃねーし。そもそもお前は人間じゃないだろ」


 凌はじと目で訴える。


『そうねぇ』


 天后は虚空を見上げて考える素振りを見せてから、凌に向き直った。


『凌の好みの美女になってあげるから、どんな見た目が良いか言ってみてぇーん』

「美女以外の選択肢はないのか……?」

『どうせなら、若くて綺麗でグラマーな方が良いじゃなぁーい!』


 腰であろう部位をくねらせて、女性特有のS字曲線を描き表している天后を半眼で捉えながら、凌は右の手首から先を左右に振った。


「いや、心底どうでもいい」


『あら。釣れないわねぇ。まぁ、そういうトコが好きで一緒に居るんだけどぉー……』


 と、天后は何か考え付いたようで――両手をペチョンと叩いた。


『潤似と恵未似、どっちが良い?』


「何か、『名案だ』みたいに言ってるけど……。潤先輩だと気まずいし、恵未が選択肢に挙がる理由が分からない」


 凌の希薄な反応に、天后は『思ったより食い付き悪いわね』と、肩を落とした。


 そして元々半透明の体をその場から消滅させ、一秒ほどで再び同じ場所に現れた。半透明ではない。レースカーテンのようなワンピースを纏った、人の姿で。


 健康的な肌に長い黒髪、細い眉に真っ赤な瞳。すっと通った鼻筋を中心に、とても整った顔はまるで――、


「潤と恵未の子どもを想定してみ――」

「今すぐ消えて別の姿に変われ。今すぐにだ」


 凌に胸倉を掴み上げられ、天后は「やだぁー凌のエッチ!」と言い残してその場から消えた。


 再び一秒ほどの間を挟み、現れたのは“美女”だった。雪のように白い肌に、ふっくら張りのある桃色の唇は綺麗な弧を描いて笑みを模っている。南極の氷のように、うっすらと青みがかった銀髪は腰ほどの長さで(なび)いていた。


「楊貴妃も真青(まっつぁお)になる程の美貌よぉー!」

「服を着ろ! 服を!」


 後ろ髪を掻き上げてポーズをとっている天后は、全裸だった。女性の象徴ともいえる胸部の膨らみは、普通の人間であれば万年肩凝りに悩まされてしまうであろう大きさである。天后が動く度にボールのように弾んでいるのだが、凌は顔を(ひそ)めて見ている。


 ただし凌の視線は、天后の身体ではなく額辺りだ。


「あたしぃー、人間の服ってよく分からないのよねぇー。下着? とかも、窮屈そうだしー」


「あぁもう。絵に描いてやるから、ちょっと待ってろ」


 A4サイズの白紙にボールペンを走らせ、凌はその紙を天后へ手渡す。が、天后は大きな瞳を開閉させ、小首を傾げた。


「凌……これは、人を描いているのかしら? 絡まった蛇とかじゃなくて?」


「どっからどー見ても、人間の女だろ」

「どっからどー見ても、うねり絡まった木の枝に、嵐に(さら)されたカーテンが引っ掛かっている絵だわ」


 天后は数年ぶりに見せた深刻な表情を解くと、肩を竦めて姿を消した。一秒後。濃い灰色のビジネススーツを身に纏って、再び姿を現した。青いブラウスに収まりきっていない胸元に関する問題は、ボタンを数個外す事で解消されている。


 そして、S字に体をくねらせてポーズをとった。膝丈のタイトスカートは動きにくいのか、両サイドに深めのスリットが入っている。


「どぉーお? 凌が営業中に着てる服とペアルックよぉー! これなら文句ないでしょ!」

「何だ。ちゃんとオレが描いた服じゃないか」


「…………」


「? なんだよ?」


 これ以上ないくらいの憐れみに満ち満ちた眼を向けられ、凌は腑に落ちない様子で疑問符を纏わせている。


 そんな使役者の両肩に手を置き、天后は深く(こうべ)を垂れた。顔を上げ、女神と呼ぶにふさわしい微笑みを向ける。現在の、自分の(あるじ)に。


「いいのよ。何かが人より劣っていようとも、貴方の秀才っぷりは、あたしが一番よく知ってるもの」

「……何でオレ、励まされてるんだ?」


 凌の疑問に対する返事は――残念ながら、なかった。




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