第十二話『営業コンビと水神と』―3
「んー……おれって、《自化会》じゃ書類上死んだ事になってるから。ややこしいんだよな。色々と」
凌は取り敢えず納得したのか、刀を脇へ置いて腕を組んだ。
「正直、オレだって寝食共にした奴を殺すのは、気が進まない」
「気が進まないだけで、いざとなったら殺る気満々なんだもんな。ホント、《P・Co》の人たちは組織ってモンを分かってるわ」
だからおれも、所属に至った経緯を嘘偽りなく明かしたんだけど。
尚巳は声には出さず、苦笑した。
凌は「まぁな」と呟くと、伸びをした。
「組織って、でっかくなればなる程綻びが生まれるもんだからな。まぁ、その綻びの一端が《P×P》の事務所なんだけど……――」
そこで言葉を切り、凌は右手を顎に当てた。
続ける。少しだけ話題を変えて。
「尚巳はさ、《P・Co》と《自化会》が敵対関係にあると思ってるか?」
「“敵”ってのとは、ちょっと違うかな。この業界の組織なんて、どこもかしこも隙あらばお互いを潰そうと考えてるような奴らばっかだし」
一応答えたはいいが、尚巳は自分の言葉にいまひとつ納得しきれていない。少し考えてから、再び口を開いた。
「おれからすると、組織基盤が一緒だから“身内”って感じかな。社長に言ったら嫌な顔されるだろうけどさ。ホント、社長も会長も双子かってくらい見た目が似てるし。ただ……」
また言葉を切る。
数秒じっくり考えた後に出てきた言葉が、これだった。
「仲良く出来たら嬉しいな」
子ども番組の締めくくりのような言葉に、凌は堪らず吹き出した。
「何だそれ」
尚巳は尚巳で「いやぁー、他に思いつかなかった」と、笑っている。
少しして凌が笑うのを止め、「あーあ」と大きく息を吐いた。
「ふぅん……。《自化会》もペア行動なのか?」
「おう。《P・Co》の工作員や《P×P》と同じだよ。実力が同じくらいの二人でペア組んで、仕事をするんだ。理由もきっと同じだと思う」
ひとりに問題が生じた場合でも、対応出来るように。それこそ、裏切り行為への対処が出来るか否かが、最も大きな理由だったりする。
「……まぁ、ペア間でも実力に多少の誤差があるのは、仕方がない事だよな」
趣旨の違う返事をされ、尚巳が渋い顔を作る。
「そりゃ、お前の方がおれより強いけどさ。三倍くらい」
「そこまでは言ってねーよ」
すかさず凌のツッコミが見舞われた。
「正式に依頼を申請したら、オレと尚巳で任務遂行が基本なんだよな。ちょっと、あん時は考えがそこまでいかなかったなー」
凌は凌で、自分の反省点を述べる。
人一倍真面目な凌の事だ。突発的な思い付きで依頼書を書いて提出してしまった事は、彼の気持ちに少なからず取っ掛かりを残していた。
そんな凌の気持ちを知った上で、尚巳は「そんな事気にしてるのか」と嘆息する。
「そんな事って、なぁ……」
「凌は肩の力が入りすぎなんだって。ほら。肩揉んでやろうか?」
「要らねーよ。お前は肩の力が抜けすぎなんだよ」
肩に添えられる寸前まで来ていた尚巳の手を払いのけると、凌は肩を回した。
尚巳は両手を上げると首を竦めて見せる。
「はいはい」
両手を下げ、腕時計を確認すると、立ち上がる。
「部長さんの様子も確認出来たし。明日も仕事だし。おれは帰るわ。飛行場まで距離が少しあるしな」
そう告げられた言葉に対して物寂しさを抱かなかったわけではないが、凌は快諾した。
「金曜には事務所に顔出すから。えっと、みんなによろしく」
「はいよ。んじゃ」
尚巳は、来た時よりも随分と軽くなったメッセンジャーバッグを背中に背負うと、小屋から出て山を下った。