第十二話『営業コンビと水神と』―2
「凌ってさ、おれの知り合いによく似てるんだ。あ、見た目は全然似てないんだけどさ。性格っていうか雰囲気っていうか……上手く言えないんだけど。あ、喋り方も、ちょっと似てるかな」
「何だそれ」
「初めて会った頃は凌の事、ちょっと……いや、かなり恐かったんだけどさ。営業中と普段の差が激しいっていうか。でも一緒に居ると、同年代っぽいトコ結構見つけれてさ。んー……、おれが《P・Co》に来て今までやってこられたのって、凌のお陰だなぁ……って。相方がお前で良かったわ。じゃなかったら、おれは多分、今頃ここに居ないんじゃないかな」
綺麗に並んだ歯を見せて笑う尚巳に、凌は首を竦めた。
「お前の素直さって、たまに恥ずかしくなる……」
尚巳はきょとんとした顔で、言い返す。
「おれから素直さ取ったら、何も残らないよ」
「視力四ある奴が何言ってんだ……」
半眼で呻く凌だが、表情は明るい。
「オレも、気兼ねしなくていい奴が相方で良かった。遠慮なく、ど突つけるし」
「お前、ホント容赦ないもんな」
「お互い様だろ」
凌は裏拳を、尚巳の脇腹へ食らわす。尚巳が呻いた。
体を折って蹲る尚巳を余所に、凌が手を叩く。
「そうだ。来週の水曜の昼、お客さんに飯に誘われてんだ。断りきれなくてな。尚巳暇だろ? 折角の休みに後輩連れ出すのも悪いし、お前ついて来いよ」
「おれにとっても『折角の休み』なんだけど。まぁ、良いよ。お前の化けの皮が剥がれそうになったら、ちゃんとフォローしてやんよ」
「あぁ。頼む」
微かに、学校のチャイムのような音が、風に流されて届いてきた。
尚巳が腕時計を見る。
「十二時かー。工場の昼の合図って、チャイムなんだな」
尚巳の感想に対し、凌が年相応の笑顔を尚巳へ向ける。
「学校に居るみたいだろ」
「学校かぁー……。中学中退したしなぁー……懐かしいな」
「オレも中学一年くらいしか行ってないから、懐かしい感じする」
尚巳が、ペットボトルの底を凌へ向けた。
「そういやさ、部活、入ってたのか?」
「アーチェリー」
その答えを聞き、尚巳が「へ」と間抜けな声を漏らした。凌の横に置かれている脇差に視線を落とす。
「刀使ってるから、剣道部かと思って聞いたんだけど……」
凌は少しだけ顔を赤くし、口を尖らせた。
「別に、良いだろ。潤先輩が使ってるの見たら『格好いいな』って思ったんだよ。初期費用は高いけど、手入れさえちゃんとしとけば銃とかと違って弾代要らないし、維持費が安い。あと、剣道と剣術っていうのは全く違って……――って、そんな事はどうでもいいか」
凌は鞘に収まった状態の脇差を手に取ると、膝の上に乗せて鞘を撫でた。《P・Co》への入社を決め、訓練を始めた時に雅弥が贈ってくれたものだ。
初めてこれを手に取った時は、こんなに小さな刀なのに随分と重いな。と感じたものだ。だが今となっては、少し軽く感じる。あの頃より、自分の身長も十センチは伸びた。
訓練時代は――文字通り――死ぬほど痛めつけられて、髪の毛が総白髪になるくらいには苦労した。そんな事を思い出し、凌は苦笑した。
尚巳はきょとんとして凌を眺めている。
「ところでお前、スパイ業はどうなったんだ?」
「スパイぎょ……あぁ、うん。それな」
尚巳の相方である凌も、尚巳が《P・Co》に居る経緯は知っている。知った上で、寝返るかもしれない尚巳と行動を共にしている。
「つってもなぁ。おれ、《P・Co》に残る気だし。《自化会》には恩もあるけど……、戻る理由もないし……」
尚巳は言葉を切ると、目を左右に動かしてから後ろ頭を掻いた。それを見ていた凌が、表情を険しくする。
凌の表情の変化に気付き、尚巳はたじたじと右手を凌へ向けた。
「あー、いや、戻る気はないんだけど、心残りがないわけじゃないっていうか……気になる事はあるっていうか……」
「はっきりしないな。そんな態度だと、裏切り者としてこの場で斬り捨てるぞ」
言いながら凌が脇差の柄に手をやるものだから、尚巳は「薄情だな」と呻いた。まぁ、こんな奴だからおれの相方に選ばれたんだろうけど。とも、胸中で付け加えて。




