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世界の平和より自分の平和  作者: 三ツ葉きあ
第一章『鳥人間と愉快な――』
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第十一話『掃除屋の喫茶店』―4




 翔はというと――今は光から手を離し、オレンジジュースをストローで混ぜている。というのも、氷が溶けてジュースと水が二層になっていたからだ。


 光は翔の向かいで、ミルクティーを飲んでいる。テーブルの脇には、数分前までレアチーズケーキが載っていた皿と、フォークが追いやられていた。因みに、この喫茶『仏々』で出されている飲食物の殆どは、雪乃が作ったものだ。


 雪乃は《自化会》の運営管理する、孤児院出身だ。成人するまでは竜真が未成年後見人となっていた。現在二十歳の雪乃は自立し、近所に部屋を借りて住んでいる。

 掃除屋の仕事は、竜真に引き取られる前から《自化会》の施設内で訓練を受けていた。彼女ならば独立して飲食店を開くことも容易に出来るだろうが、恩返しも兼ねて『仏々』で働いている。

 ともあれ、性格は控えめで派手さは無いが、気前が良くて顔立ちの整っている雪乃を目当てに来る客も一定数居る。


 雪乃は翔と光の座っているテーブル席へ、皿を下げにやってきた。


「ふふ。今日の翔さん、とっても楽しそう。良いですね、放課後デート。憧れます」

「雪乃は好きな人、居ないの?」


 女性に対して不躾ともいえる翔の質問に、雪乃は耳まで真っ赤にして狼狽えた。


「わ、わわわ、私は、そんな……っ! す、すっ好きだなんて、おこがましい……! わ、私はっ、お、お、おした……いッし、て……いる、だけで……」

挿絵(By みてみん)

 どんどん声が小さくなっていく。尻すぼみに発せられた言葉は、しまいには聞こえなくなった。


 雪乃の小学生のような反応を見て、光は「きっとあの人よね」と、相手の予想まで辿り着いた。だが、はっきりしない返事は翔を混乱させるだけで。結局、雪乃の言葉を理解出来なかった翔は「押した石?」と呟いただけだった。

 



「周りは『決闘、決闘』って言っているけど、翔は準備とかしなくてもいいの?」


 光は指先でテーブルの表面に小さな円を幾重も描きながら、訊いた。


 翔は首を横へ数回振り、何で? と訊き返す。

 その様子に光は、そう言われるだろうと思った、と、吐息を漏らした。


「……翔がいいのなら、アタシは何も言わないわ。ただ、当日アタシは席を外すから」

「あれ? 見に来ないの?」

「嫌よ。何でアタシが――」


 咳払いをひとつ。続ける。


「じゃなくて、翔が怪我をするところ、見たくないもの。そりゃ、翔が負けるだなんて、一ミリも、ミジンコ程も思っていないわよ? でも貴方、怪我をするでしょう? 絶対、断言しても、賭けても良いわ。そんなの、見てられないわよ」


 光は何を見るわけでもなく、目線を斜めへ下ろした。美貌を鬱々と俯け、嘆息。ここが学校であったなら、男子生徒からの視線が集まっていたのだろうが、光の前には翔しか居ない。しかもその翔はというと、いつもの何を考えているのか読み取れない無表情で、唸り声を上げている始末だ。


「じゃあ、見なくていいかな」


 やっと言葉を発したかと思えば、これだ。


 光は内心、怪我をしないように頑張るって事は考えないのよね、と重々しい息を吐いた。可愛らしく“お願い”でもしてみれば、考えを改めて貰えるだろうかという考えが頭を過る。だが、光はそんな考えを抱いた自分を冷笑した。


(翔がそんなに簡単な性格なら、誰も苦労なんてしないわよ)


 思考回路は至ってシンプル。自分に正直。難しい事を考えるのが苦手で、物覚えも悪い。但し、何が基準なのかは定かではないが、頑固一徹。そこが厄介なところで。何に対しても興味が無さそうで、何かに興味を持ったかと思えばそれ程でもなく、かと思えば、ふとした事をきっかけにのめり込む。そして、いつの間にか飽きている。毎日をのんびりと生きる。それが、光の知る翔だ。


 実に面倒臭い。そこが、面白い。


 大多数の――それこそ、同級生などは翔に対して竜忌のような態度をとる。自分とは違う異質の存在として捉え、避ける。定時制の自由な校風なだけあって、ひと癖もふた癖もある人物は周りに多いが、それでも翔は浮いている。


 何を考えているのか分からない? そこが面白いんじゃない。


 光は、翔の事をそう思っている。だから、親元を離れて一緒に住んでいるのだ。未成年の、年頃の女子が。

 光も大概、頑固者だ。


「俺、殺されてもいいなって、思ってたんだよね」


 翔の言葉に、光は目を開いたまま固まった。まただ。この人物は、突然、とんでもない事を言い出す。


「殺しちゃったから、殺されてもいいなって。でもね。俺、もっと光と居たいし。後悔したって……俺が殺されたって、殺した人は帰って来ないんだし。だったら、生きなきゃ損だよね」


 光は、独り言のようにつらつらと発せられた翔の言葉を黙って聞いていた。取り敢えず、前向きな思考を持ってくれていて良かった。と胸を撫で下ろす。


「んー……っていうか、俺って死ねないんだよね。相手の人、どうやって俺を殺す気なんだろう?」


 まぁいっか、と、翔は撹拌(かくはん)されたオレンジジュースを吸い上げた。


 窓の外にある植木に、スズメが止まった。目の前の翔は、スズメを眺めている。かと思うと、首を縦に振った。次は横に振り、ストローの刺さったオレンジジュースを指差している。


「あー、そうそう。うん。美味しいんだよ」


 と、窓ガラスを挟んでスズメと会話をしているようだ。


「ふふ、そうだね。お米も美味しいよね」


 楽しそうに笑っている翔を見て、少しばかりスズメに嫉妬心を抱いた光だった。しかし、笑っている翔を見る事が出来た喜びの方が、嫉妬心を上回った。というわけで、スズメは命拾いをしたわけだ。


 誰もが口を揃えて「美人だ」と賛美する金髪碧眼美少女は、大半の人が近付きたがらない同級生の男子と共に過ごす放課後を、とても幸せな時間だと――表情筋を全開放して思った。




◆◇◆◇◆





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