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世界の平和より自分の平和  作者: 三ツ葉きあ
第一章『鳥人間と愉快な――』
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第十一話『掃除屋の喫茶店』―2

 

 翔たちの通う高校から徒歩十分。レンガ造りのその喫茶店は、地元の商店街の一番奥に佇んでいた。

 『仏々(ぶつぶつ)』。それが、この喫茶店の名前だ。決して趣味が良いとは言えない……寧ろ、悪趣味だと思えるネーミングである。


 鈴の音と共に、高校生三人が入店した。


「いらっしゃい。拓ちゃんはカウンターに来てー。あ、(かけ)ちゃんはテーブルへ来てー。光ちゃんもいらっしゃい。ところで、ふたりは放課後デート?」


 店名が胸元に小さく印刷されたエプロンを身に着けた少年が、水の入ったグラスをテーブルへ置いた。


「うん。俺の可愛い光が、甘いもの食べたいって言うから来た」


 少年が、もうひとつのグラスを盛大に床へ落とした。ガラスが弾けて、床に水がぶちまける。

 奥から、慌ただしく黒髪の女性が雑巾と(ほうき)と塵取りを持って走ってきた。手際よくガラス片を掃除し始める。


 光は指定されたテーブルにつき、頭を抱えた。


「その形容詞を名前に付けるの、恥ずかしいから止めて……」

「でも嬉しいんでしょ?」

「そうだけど……そうじゃないっていうか……。あぁでも嬉しいからもう良いわ」


 自分が慣れるしか、ないらしい。事実、嬉しくて顔が緩んでいる。


「え……冗談で言ったんだけど……。かけちゃんも光ちゃんも、熱でもあるの? 大丈夫? ウチを爆発炎上させたりしないでよ?」


 少年は心底嫌そうな、嫌悪感剥き出しの顔を翔へ向けた。それに対し、翔は真顔で答える。


竜忌(たつき)。俺は熱なんて出ないよ」

「分かってるよ。それくらい様子がおかしいって事が言いたいの! ねぇ拓ちゃん、かけちゃんどうしちゃったの? 壊れたの?」


 藤原(ふじわら)竜忌。彼は、翔の母方の従兄だ。翔の母の、年の離れた兄の子である。

 純日本人だが、拓人よりも明るい、かなり癖のある金髪を持っている。更に額に立派なホクロもひとつ、鎮座していた。

 その昔。この喫茶店の名前を考えていた竜忌の父親が、竜忌が生まれて数か月経ったある日――額に出現したホクロを見て「大仏みたいだな」と思い「大仏じゃ可愛げないから、二回繰り返してみよう」と名付けたのがこの喫茶店だ。


 正直、竜忌は『大仏』の方がマシだと思っている。


 この喫茶『仏々』のオーナーは竜忌の父親なのだが、竜忌は地元の高校へ通わずに喫茶店を切り盛りしている、オーナー代理だ。

 因みに、高卒の資格は欲しいので通信制の高校に在籍している。


 拓人はカウンターの椅子に座りながら、竜忌の疑問に自分なりの見解を述べた。


「壊れたんじゃなくて、愛に目覚めたんだろ。正真正銘いつも通りの翔だよ。あと、光さんも体調が悪いわけじゃねーから」

「愛に目覚めた? かけちゃんが? 拓ちゃん、その冗談全然面白くないんだけど。かけちゃんにそんな感情があるはずないじゃん」

「事実だから仕方ねぇよ。あ、雪乃さん。玉露淹れてくれる?」


 ガラス片の掃除を終えた雪乃が「はい」と明るい声を返した。雪乃のすべらかな黒髪は一見ショートカットに見えるが、首周りの襟足のみが肩ほどの長さまで伸ばされている。


 拓人は、カウンター席に設置されているメニュー表を眺めた。


「翔はデートらしいけど、オレは請求書と明細表貰いに来たんだよ」

「あ、そうだね。そうそう。かけちゃんの分は康成さんに渡したからね」


 なにやら手を握り合って幸せそうな二人を横目で確認し、竜忌は粟立つ肌をさすった。

 雪乃は笑顔で二人の様子を眺めている。


「ふふ……ほんと、今日の翔さんと光さんは仲良しですね。見ているこっちまでほっこりします」


 拓人の座っている前に、玉露と封筒。隣に、オレンジピールのハーブティーが並んだ。

 ハーブティーの前に座りながら、竜忌が再度従弟の様子を伺う。


「雪ちゃん。おれには、破壊神が魔女を手懐けたようにしか見えないんだけど」

「世界征服出来そうだな」


 冗談めかして玉露を(すす)る拓人を、竜忌は呆れた様子で見返す。だがすぐに、表情を明るくして言った。


「拓ちゃんも、そろそろ彼女欲しくなる頃じゃなーい? ほら、目の前にこんな可愛いコが居るよー」


 言いながら自分を指差す竜忌を、半眼で眺める。拓人は嘆息した。


「たっちゃん。それ、ツッコミどころしかねぇよ。文脈からして、指を差すなら雪乃さんの方だろ」

「えっ、わ、わ、わわわたしはそんな!」


 狼狽(うろた)える雪乃を遮り、竜忌が身を乗り出す。


「何言ってんのー? 拓ちゃんの為なら性転換だってするよ!?」

「いらねーよ。お前、オレより背ぇ高いし。しかも金髪だし。全く好みじゃねーし。気持ちだけ貰っとくわ」

「うえーん! また振られた! これで九十八回目だよぉー!」


 カウンターに突っ伏す竜忌に目もくれず、拓人は封筒を手に取る。


「へぇ。もうすぐ百回か。お前も懲りねーな」


 請求書と明細表の入った封筒を開けながら、拓人が呟く。


「ビジネスパートナーとしてなら、たっちゃんは良い相方なんだけどなー……」


 竜忌が、表情を爛々と輝かせて顔を上げる。だが、拓人は紙面から顔を上げない。


「まぁ、オレらが並んで歩くと、日本だと目立つし……一緒に仕事するなら雪乃さんが良いな。手際は良いし、気は利くし」


 ブツブツと独り呟く拓人を、竜忌が(つつ)く。


「ねぇ。拓ちゃんは独立したいの?」

「例えばの話だよ。そもそも二人とも、会の契約業者だから独占は出来ないしな」

「ふぅん。おれには、拓ちゃんが今の仕事を好きでやってるとも思えないんだけど」


 竜忌は頬杖を突きながら、ハーブティーを飲み込んだ。


「好きじゃねーけど、嫌いでもねーって感じ。仕事って、そんなもんだろ」


 拓人が書類を封筒へ入れ直した時――店の入り口が開き、扉に括り付けられている小ぶりな鐘が鳴った。

 

 入ってきたのは金髪がふたつ――。Uターンしようと身体を後ろへ向けた人物の襟元を掴み、癖のある金髪が笑顔を拓人へ向けた。


「あれ? 拓人君。久し振りだね」


 和装の襟元を思い切り引っ張り、店内へ招き入れる。


「ほら、秀貴君。逃げない、逃げない」

竜真(たつま)さん、逃げないから放してくれ」


 秀貴は渋りながら襟元を正した。


 竜真は、竜忌の父親だ。つまり、翔の伯父になる。秀貴をカウンター席に座らせると、竜真は窓際の席に座っている男女に目をやった。


「あれ? あれって、翔君と……噂の美人のお嫁さん? 初めて見たよ。本当に綺麗な()だねー」


 秀貴もその視線を追う。

 確かに、知っている二人だ。弧を描いている触角が飛び出た癖毛と、少し上がり気味の目を持つ金髪碧眼美少女。

 秀貴が目を疑ったのは、二人が手を握り合って談話していることだ。いつもは、(ひかる)に睨まれた(かける)状態だというのに。

 そして自分は昔、同じような光景を見た事がある。


 竜真も同じことを考えていたようで――。


「あの二人を見てると、つぐみと深叉冴君が還ってきたみたいだなぁ」


 目を細める竜真に頷きで同意し、秀貴はふたりから眼を逸らせた。


「雪乃、玉露」


 秀貴が短く言うと、カウンター奥に居る雪乃の明るい声が響く。

 秀貴の隣に座っている竜忌が、吹き出した。


(ヒデ)さん、拓ちゃんと味の好みが同じで笑えるー。玉露頼むの、秀さんと拓ちゃんくらいだよ。まぁ、メニューには無いんだから当然だけどー」


 けたけたと声を上げる竜忌だが、拓人も秀貴も渋い顔をしている。

 竜真が、秀貴の肩越しに息子の姿を確認した。


「竜忌ぃー。相変わらずカッコイイほくろだね! 押しても良いかな?」

「駄目だよ父さんー。これ以上大きくなったらどうするのー?」


 自分を挟んでじゃれ合う親子に、秀貴の顔が更に険しくなった。

 それに気付いた竜真が、秀貴の背中を軽く叩く。


「秀貴君。竜忌と席替わる?」


 返事代わりに無言で睨まれ、竜真が肩を竦めた。


「ごめん。君は相変わらずだね」

「父さんと秀さん、今回は韓国? 中国? 日帰りでしょ?」


 竜忌が、秀貴の前に身を乗り出してきた。その横では、拓人が雪乃と話している。

 竜真は、カウンターの上に置いてある袋入りの手拭きをふたつ取ると、ひとつを秀貴に渡しながら肩を竦めた。


「いくら可愛い息子でも、アジアって事以外は秘密だよー。でも、明日からはフィンランドとエストニアとロシアに行ってくるよ」


 それを聞いた竜忌の目が、半分の大きさに細められた。


「相変わらず、頭おかしくなりそうなスケジュールだね」

「航空券の手配とか滞在ホテルの手配とかは大変だけど、必要経費は全部秀貴君持ちだから。僕は色んな国に旅行できて楽しいよー」


 竜真は旅の疲れを感じさせずに、笑顔で息子に報告する。




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