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世界の平和より自分の平和  作者: 三ツ葉きあ
第一章『鳥人間と愉快な――』
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第十話『魔女の皮を被った……』―3

 

 結局この日、翔は昼から登校した。だが、五限目に体育がある事を忘れていて、体操服がない。


「体操服忘れて見学なんて、ホントすっとこどっこいだよね!」


 八重歯を覗かせて、体操服姿の友人が笑っている。


「もしかして『おっちょこちょい』って言いたかったのかな」

「そうそれ!」


 笑う度に、硬めの黒髪が揺れている。


「急いで来たから、リュックの中身が昨日のままだったんだよね」


 翔たちの通っている高等学校は、定時制だ。

 翔たちは昼間の生徒である。

 制服の指定がないこの学校では皆が私服で過ごすのだが、体育の時だけは指定の体操服に着替えて授業を受けるようになっている。


 翔は運動場の隅にある木陰で、体操座りをして授業の様子を眺めていた。


 体育の授業は、同学年のふたクラス合同で行われる。


「今日はテニスと野球の選択授業だってさ」


 黒髪の友人も、翔と並んで木陰からクラスメイトの様子を眺めている。


(かい)は何するの?」


 翔が問うと、界はまた八重歯を見せた。


「野球がしたいな!」

「界はチーム競技が好きだね……」


 野球のルールもよく分からない翔は、溜め息を吐くと足元に目を向けた。


 陰で少し湿っている落ち葉の下から、丸々と太ったミミズが覗いている。伸び縮みを繰り返して、うごうごと落ち葉を震わせていた。


(……学校だから、食べちゃ駄目、食べちゃ駄目……)


 大好物(ミミズ)を捕まえて口へ運びたい衝動を抑えていると、ひとり、馴染みの気配がこちらへ近付いてきた。


「こんな所で見学してたの」


 光だ。腰ほどまである長い金髪を、今は首元でひとつに束ねている。

 界も光の存在に気付き、満面の笑みを彼女へ向けた。


「あっ光ちゃんー! 光ちゃんも見学するの?」

「そうね。身体を動かす気分にもなれないし……見学するわ。そういえば界君。拓人君と景君はテニスを選んでたわよ」


 光の言葉に、界が飛び跳ねるように立ち上がった。


「えっ。じゃあ、おれもテニスしよーっと!」

「いってらっしゃい」

「うん! じゃあねー」


 手を振りながら去っていく友人に、控えめに手を振り返しながら翔は依然体操座りを崩さない。


「秀貴さんが来た理由は、アタシが聞いても良いことなのかしら?」


 隣へ座ってきた光の質問に、翔が顔を向けて頷く。


「果たし状が届いたんだ」


 光は、興味があるのかないのか「ふぅん」と呟いた。

 翔が続ける。


「俺と同じ年なんだって」

「そうなの」

「強いのかな」

「アタシが知るわけないでしょ」

「それもそうだね」


 会話がそこで途切れる。


 重い沈黙が流れた。




 遠くから、同級生たちの笑い声や怒鳴り声が風に乗ってやってくる。金属バットがボールを捕らえた音も聞こえてきた。

 沈黙を破ったのは、翔だ。

 話し掛けるわけではなく、独り言のように声を出す。


「一瞬で消せちゃうんだから……恐いよね……」


 自分の手の平を眺めながらぽつりと呟かれた言葉に誘われ、光の目が翔の視線を追う。何の変哲もない、只の手だ。男性特有のゴツゴツした手――ではなく、太くはないが柔らかそうな見た目をしている。


 光は――本人に言った事はないが――そんな翔の手が好きだった。

 だが、今はそんな事が論点なわけでない事も承知している。


「言っとくけど、翔より性質の悪い能力者なんて巨万(ごまん)といるわ」


 光は自分の膝を抱えると、自嘲気味に微笑んだ。


「人を一瞬で消せる…………そう、『恐い』翔に恐がられてるアタシって……、もっと恐いわね」


 翔は光から目が離せなかった。小さく発せられた声もやたらと耳に残ったのだが、光が初めて自分に笑いかけたような気がした。


 否、笑ったのではなく――泣きそうな顔でもある。


 自分を見たまま動かなくなった翔の様子を不思議に思った光は、翔の顔面に向かって手を振った。


 翔の身体が跳ねる。


 光は小さく溜め息を吐くと、すらりと長い脚を抱え直した。


「何よ」


 怪訝そうに訊く光は、翔のよく見知った表情をしている。怒ったような、だが品があって凛としている。そんな顔だ。


 翔は、頭の中が真っ白なまま声を出していた。


「光さんって、可愛い人?」


 言葉の意味は、翔にも分からない。ただ、口からその言葉が出てきた。


 翔の表情は変わらない。

 光は、瞬きの速さで立ち上がった。


「ちょっと、テニスしてくるわ」


 ひと言。顔を合わせることなく言うと、走り去ってしまった。


 金色に輝く髪が跳ねる後ろ姿を無言で見送り、翔は後ろの植木の根元に視線を落とした。

 先程のミミズが、まだもぞもぞと動いている。


「学校だから、食べちゃ駄目……食べちゃ駄目……ダメ……」


 自分に言い聞かせる為に、繰り返す。だが、残念なことに翔は意志が弱い。

 幼少期に散々甘やかされて育った事が最たる原因だろうが。


 案の定だ。


 丸々と太った肉厚のミミズを摘み上げ、土を払い落とす。

 周りに人の気配がない事を入念に確認してから、まだ動いているミミズをそのまま口へ招き入れた。


 翔の表情が幸福に包まれた。溶け落ちそうな両の頬を手で支えている。そんな表情。


「はぁぁ……。この、噛んだ時の味がたまらない……おやつはやっぱりミミズだね」


 誰かに聞かれていたらとんでもない内容だが、散々確認したので周りには誰も居ない。


 朱雀の遺伝子が三分の一を占める翔は、味覚がかなり鳥に近い。

 幼少期から、本能的に虫や、ミミズのように小さな生き物を食べてきた。

 だが、鳥を食べないかというと、そうでもない。鳥である寒太も小鳥を食べるように、翔も鳥や卵も食べる。

 野菜も果物も食べるし、嫌いではない。

 小学校へ通っていなかった翔は中学校へ入学する前に矯正させられたが、あまり意味を成していないのが現状だ。


 ヒトは自分と違うのだと理解しているし、気心の知れない、人目につく所では食べないように努力もしている。

 意志は弱いが、自制心が全く無いわけでもない。


「美味しいものって、止められないよね」


 子どもの言い訳のように呟くと、立ち上がる。

 土でざらざらする口内を洗う為に、翔は水飲み場へ向かった。


 

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