第十話『魔女の皮を被った……』―1
第十話から少し長くて……、5分割にしてあります。
「っつーわけで、お前に果たし状が届いてるぞ」
秀貴に差し出された封筒を受け取り、翔は「ふぅん」と呟いた。
先日開けた腕の穴は、綺麗に塞がっている。
火曜日。
朝から珍しい人物が訪ねて来たと思ったら、そんな事を言われたのだ。
光と拓人は、先に高校へ向かっている。もう授業が始まっている頃だろう。
翔は、受け取った封筒から紙を取り出し、まじまじと見つめる。差出人の名前と、日時の指定がされている。
極々、簡易的な文書だった。
「日曜日……十時から……あれ?」
「どうしたんですか?」
康成が、秀貴へお茶を出しに現れた。
「ねぇ、場所が書かれてないんだけど」
翔は、手に持った紙を回しながら自分の首も傾げている。
「あぁ、翔の都合の良い場所で良いんだとさ。この家の庭で良いんじゃねぇか? 広いし。俺は当日、別件で仕事があっから、深叉冴か拓人にでも頼んで防護用の結界張って貰えよ」
秀貴が、湯呑に手を伸ばす。
「秀貴って、仕事してたの?」
茶を口に含んでいたら、噴き出していたかもしれない。
秀貴は、まだ口を付けていない湯呑をそのまま卓上へ置いた。
「お前、《自化会》の活動資金の大半を、誰が出してると思ってんだ?」
「知らない」
翔の即答に対し、秀貴が嘆息する。
「俺だよ。研究費に施設や孤児院の維持費に武器費用……年間どんだけの金が必要だと思ってんだ? 国の支援も無しに活動を続けるには、それなりの額が必要でな。お前らが働いてる分は、お前らの報酬分にしかならないから、研究費云々は兼スポンサーの俺が出してんだよ」
「あぁ、だから秀貴さんは滅多にお家に帰らず、お仕事をされているんですね」
ちゃっかり椅子に座っていた康成が、横で茶をすすった。
「ところで、秀貴さんって年間何か国に行かれるんですか? 確か、年収云十億っていうお客さんが何十人も居るとか」
にこにこ笑顔で、ズケズケ訊く康成に嫌な顔はせず、秀貴は再度湯呑を持った。
「二十か国くらいだな。金持ち相手に。まぁ、取引先っつーんなら、軍やら組織やら……色々いるぞ」
「へぇ、流石ですね。ですって、翔様、聞いてました?」
「…………」
半眼で康成を見返す翔の眉間には皺が寄っている。
「返事くらいして下さいよ」
「…………」
むすりと口を噤んで開かない翔の様子に、秀貴が少しばかり驚きを見せた。
「何だ、お前ら喧嘩してるのか? 珍しい」
「喧嘩ではないんですけど……翔様、僕に『ため口で話せ』って頑固で……」
「何だよ。お前、ホント面倒だな」
翔に向かって呆れる秀貴に、翔は不機嫌顔のまま目を向けた。
「だって……他の“兄弟”見てたら、羨ましくなったんだもん……。秀貴はそういう経験無いの? 一人っ子でしょ?」
秀貴は、自分の周りにいる男兄弟たちを思い浮かべた。
数秒の後、首を横へ振った。
「いや、ないない。羨ましいとか、微塵もねぇわ。俺は一人で良かったな」
茶を飲み干す。
そこで、康成が立ち上がった。
「秀貴さん、お使いを頼むのは忍びないんですけど……」
言いながら、箪笥の引き出しからA4サイズの茶封筒を取り出し、秀貴へ向ける。
「嵐山さんに渡して下さい。僕からだと言えば分かると思います」
「そうか。分かった」
厚みが一センチはあろうかという封筒を受け取る。
秀貴は、相変わらずむすっとしている翔に目を向けた。
「で、場所はここで良いか? 《自化会》の施設だと、他の奴らが居るから面倒だからな」
むくれていた顔から一変。翔の表情が、ツートーン程明るくなった。
「向こうが良いなら、俺はウチの庭で良いよ。それより、面と向かって俺の事殺しに来てくれるなんて、すごく、楽しみだな」
クリスマスにサンタクロースを待つ子どものような顔をする翔に、秀貴は胸中で嘆息する。
「そうか。俺から伝えとくわ」
立ち上がると、秀貴は「お前ら、仲良くしろよ」と言い残して、去って行った。