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世界の平和より自分の平和  作者: 三ツ葉きあ
第一章『鳥人間と愉快な――』
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第九話『昔馴染みと依頼』―3


◇◆◇




 《(ピス)×(ピス)》の事務所は《P・Co》の特務員のみが所属していて、《P・Co》内での位置付けは“ファッション部門”という扱いになっている。

 専門の店舗は有しておらず、セレクトショップに商品を委託販売して貰う――という形式を取っている。

 例外はあるが、通常は土曜、日曜と水曜日が定休日だ。




 週始めの月曜日。《P×P》に所属する社員は、九時に出勤し、会議室で朝礼を行ってから各々の部署へと散っていく。

 だが、今日は違った。


 朝礼中、いつもは居ない人物が、小ぶりな段ボールを抱えて現れたのだ。

 彼は「朝礼が終わったら一人二個ずつ、好きなのを取っていってね」とおにぎりの入った段ボールを中央のテーブルへ置いてから、肩を回した。

 そして、上位者――俗に言う“幹部”六人にはこう言った。


「大事な話があるから、所長室に集まって」




 “所長室”というのは、《P×P》の幹部が集まる部屋の事だ。


 主に、各々の部署で仕事を済ませたメンバーが、報告書を書くのに集まる。

 日によって違うが、所長の泰騎と副所長の潤、あとは部署での仕事を終えた倖魅が個人的な仕事をしている。

 暇になると恵未が現れ、客とのアポイントが無ければ凌や尚巳がやってくる。

 そんな場所である。


 《P×Co》の社長である雅弥は、先程の段ボールとは別に手土産を持って所長室へ現れた。

 いつものように、頭からつま先まで黒尽くめのスーツ姿だ。


「はい、一昨日言ってた、明太子と通りもんだよ。この事務所って、炊飯器あったよね? 僕の一押し(まい)の“もりのくまさん”も持ってきたから、近い内に皆で食べてね」

「有り難うございます!」

 尚巳が頭を下げて紙袋を二つ受け取ると、雅弥も「喜んで貰えて嬉しいよ」と笑った。


 堪えることなく、大口を開けてあくびを終えた泰騎が、涙目で首元を掻いている。


「そんで、大事な話って何?」


 泰騎が訊くと、雅弥は一度目を泳がせた。


「すっごく、言いにくい事なんだけど……。隠し事とか嫌だから、ここの皆には聞いて貰いたくてね」


 黙って言葉を聞く一同に、雅弥は目を向ける。


「ある人物の家庭教師に、潤を二週間貸してって、指名されてね」


 あからさまに嫌そうな顔をした人物が三人。


 泰騎は険しい顔を一瞬雅弥へ向けた後、叫んだ。


「二週間!? 潤がおらん間、誰が事業報告書やらの諸々の書類をまとめるん? 他部門との電話のやり取りとかも、ワシはせんよ!」


「潤ちゃん居ないなんて困る! 誰が泰ちゃんの見張りするの!? 泰ちゃんって、見張ってないと夕方からキャバクラとかゲイバー行っちゃうんだよ?! 言っとくけど、僕はこれ以上、手が回らないからね!」


「やだー! 潤先輩が居ないなら、私も会社休むー!」


 泰騎、倖魅、恵未は各々叫びまくっている。


 当の本人――潤は、いつもと変わらぬ表情で口を開いた。


「社長が『やれ』と言うなら、俺はやります」

「あ、うん。潤は絶対そう言ってくれると思ったんだ……けど……」


 雅弥の抱えている不安要素は、別にある。


 雅弥は、深く息を吐いてから凌へ顔を向けた。


「凌、ちょっと……気を落ち着かせて、聴いて欲しいんだけど」


 周りの喧騒を余所にきょとんと突っ立っていた凌の元へ歩き、両肩に手を置いた。雅弥はトーンを落として声を出す。


「その家庭教師をする相手が、君のお父さんを殺した人物なんだ……」


 瞬間、比喩ではなく文字通り、その場の空気が凍りついた。


「あぁっ! だから落ち着いてって言ったのに!」


 凌の肩から両手を離して叫ぶ雅弥に、「いや、流石にこれは落ち着けないでしょ」と、倖魅の冷静なツッコミが見舞われた。


 周りが凍りついたのは、凌の使役する式神である、(てん)(こう)――とても美しい女性の姿をした式神――の能力の一部だ。

 無意識に感情と連動して、作動したらしい。


「潤先輩が冬眠しかかってるから、取り敢えず天后しまって静まれよ」


 尚巳に肩を叩かれ、凌が「あ」と声を漏らした。


「すみません……つい……」


 眉を下げて詫びる凌に、潤は首を横に振った。


「……無理もない。気にするな」


 潤は言うが、くっついて彼の体を温めている恵未は鋭い目つきで凌を睨んだ。


「潤先輩を凍死させたら、私があんたを殺すから」


 控えめに「いや、冬眠はしても凍死はせんから」と言葉を突いたのは泰騎だ。


 恵未の言葉を聞いた凌は「そうか」と顔を上げた。


「オレがそいつをすぐにでも殺せば、潤先輩が家庭教師をする必要もなくなるってわけですね?」

「え……」


 凌の提案に、雅弥は瞬きを繰り返した。


「あの……ちょっと待って、凌……」

「そもそも、オレがこの組織に入った当初の目的は、そいつを殺す事でしたし。ですよね、社長?」


 抜群の営業スマイルを向けられ、雅弥は表情を引き攣らせた。


(あぁ……怒ってる……)


「ちょっと凌ちゃん、依頼がないのに人を殺しちゃダメだよ」


 倖魅が、雅弥との間に割って入る。


 凌は依然営業スマイルを維持して、一枚の書類を取り出した。

 閃光の如き速さで紙にペンを滑らせ、書き終えた紙を倖魅へ突き出した。


「オレが依頼主で、オレに依頼するんで」

「あ、それなら良いよー。頑張ってね」


 あっさり書類を受け取り、OKを出す倖魅。それに対し、雅弥が血相を変えて叫ぶ。


「良くないよ! 待って! ごめん! 凌のお父さんを殺した相手を黙ってた事も謝るから、ちょっと待って!! 色々理由があって……」


 体にしがみついてくる雅弥を一瞥し、凌は嘆息した。

 怒りが吹き飛ぶほどの呆れを感じさせられた。

 自分より一回り以上年上のこの男に、苦笑が零れる。

 一度息を吐き、凌は雅弥に向かって口元を緩めた。


「父の仇を黙っていた事に関しては、もういいです。只、知ってしまった以上はオレにも意地がありますから。けじめだけはつけておかないと。今後の業務に支障が出ます」


 凌の言葉を聞き、雅弥は凌の体から離れた。


「うん。ごめんね。決して、凌の実力を蔑視(べっし)しているわけじゃないんだ。でもね、相手は凄く危険なんだよ。無意識に自分の父親を跡形もなく消しちゃうような子なんだ」

「『子』……? 子供なんですか?」


 凌が怪訝そうに眉を眉間に寄せた。


「凌と同い年の子だよ。当時は中学二年……いや、一年生だったかな……。ちょっと、反抗期だったみたいで」


 凌の顔が、更に(しか)められる。


「『ちょっと反抗期』って、そんな理由でオレの家庭は崩壊したんですか……」


 以前の自分なら激怒していたであろう理由だが、怒りよりも呆れの方が勝っている自分に、凌は内心舌打ちした。


(怒りの風化……っていうより、オレの死に対する認識が、その程度になったのか……それとも……)




 《()Co()》に世話になり始めた頃は、こんなんじゃなかった。

 人を助けて。

 人を殺して。

 人が死んで。

 それでも笑ってる。

 そんな様子を見ては、違和感ばかりを感じていた。

 会社の在り方に反発したこともあった。

 だが、今、自分は此処に居る。

 血反吐を吐いて、死にかけても。

 この、矛盾だらけの世界に居ることを、自分で選んだ。

 それが、事実であり過去であり現在だ。




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