プロローグ:天馬翔の場合
生まれたての赤ん坊は、視力が弱くて色も認識出来ない。
それは、人間の子どもにいわれる事。
彼が最初に見た色は、金色だった。その次に赤色。
賑やかな声も聞こえた。高い声と、もう少し低い声。
始めはふたつだった声が、どんどん増えていって、少ししたら何の色も見えなくなった。
そして、再び眠りについた。
次に目を開けた時、そこにもやはり金色があった。
賑やかな声も一緒にあった。
声は、やはりふたつだった。
どれくらい経ったか、軽かったはずの体が重くなった。
煩わしさは感じたが、金色と賑やかな声が近く、鮮明に感じられて悪い気はしなかった。
金色はふわふわとしていた。
たまに、急に赤色が目の前に迫った。
すると声は次第に増え、少しすると金色も声もなくなる。
いつも、その繰り返し。
更にどれくらい経ったか、金色の見える頻度が少なくなってきた。
同時に、高い声も聞こえなくなる。
代わりに、低い声がたくさん聞こえるようになった。
金色が見たいのに、見られない。
高い声が聞きたいのに、聞けない。
気付くと、周りは赤と灰色になっていた。
◇◆◇◆
「なんだろ……何か、夢、みてた気がする」
ベッドの上。布団の中。
深い赤をした瞳が、ぼんやりと天井を見上げる。
『どんな夢だ?』
目の前で声がした。
現れたのは、頭から一本毛が伸びている、百舌鳥。
「……忘れた」
言いながら、もそりと上体を起こすと、百舌鳥が頭にとまった。
百舌鳥は言う。
『今日は仕事だろ』
「そうだね。遅刻すると拓人が怒るから、早く行かなきゃ。拓人は怒ると怖いんだ……」
『何言ってんだ。あいつ、今は腑抜けたみてーにイイコちゃんじゃねーかよ』
百舌鳥は吐き捨てるように言うと、羽を広げて飛んだ。
『早く飯食って行こうぜ、翔』
「うん。お腹すいたね、寒太」
一人と一羽は、今日の夕飯は何だろう、鶏肉がいいな、と話しながら揃って階段を下りた。