番外:活麗園の文化祭4
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一行が“仏々”で、たまたま来ていた翔と光も加えてわいわい楽しくティータイムとしゃれこんでいる時――。
「三階の視聴覚室で、メイド喫茶やってまーす」
店名の書かれたプレートを持ったメイドさんが、校内を練り歩いていた。言わずもがな、メイド服を着ている拓人だ。
景と界はメイクを落として来ると言って、一足先に冥土喫茶へ戻った。泰騎は写真を撮るだけ撮って満足したのか、あっさり帰って行った。なので、拓人は一人で歩いている。
メイド服を貸す代わりに、宣伝をしてきてくれと頼まれたのだ。着たくもないメイド服に身を包み、やりたくもない宣伝をしている。
(学祭なんて懐かしいなー。オレが通ってたトコとも違うし。山相は全校生徒合わせても二百人居ねーもんな)
下半身を抜けていく風を不快に思いながら、今の自分に出来る精一杯の笑顔でもって、託された文言を声に出す。
アメフト部が三階の視聴覚室でメイド喫茶をやっている。お客さん来て! という内容。
そもそも自分が望んで借りた衣装ではないのだが、頼まれたからにはやるしかない。小中学生に、何度スカートをめくられようとも。
時折手を振ってくれる生徒や客も居るので、少し気持ちが救われてもいる。
こういうのは恥ずかしがった方が負けなのだ。何に敗北するのかは拓人にも分からないが、とにかく負けなのだ。
こうして決まった衣装を着て呼び込みをしていると、ふとバイトの事が頭を過った。
(やっぱ、居酒屋とか良いかもな。高校生可の募集あるし、オレはもう十八歳だし――)
「拓人お兄ちゃん」
「へ?」
抑揚のない声に呼び止められ、拓人は視線を下へ移した。
そこには、肌が陶器のように白く、髪と目は墨のように黒い少年――寿途が居た。車椅子ではなく、ちゃんと自分の足で立っている。
そして、その保護者も当然のように連れ添っていた。
「トシはすごいですねぇ。私一人だったら気付かなかったと思います……」
今、父親の次に会いたくない人物が、表情を消して立っている。
化粧の乗った拓人の顔は、「うっわ、会長じゃねーか」と、今までの笑顔が嘘のように苦々しく歪んだ。
「あ、寿途は良いんだぜ? スタンプラリーのクッキー貰ったか?」
「ううん。終わってた」
しょんぼり肩を落とす寿途に、拓人がエプロンのポケットからクッキーの袋を取り出して言った。
「オレのやるよ。ちょっと割れてるかもしんねーねど」
「ありがとう。拓人お兄ちゃん」
相変わらず抑揚のない声だが、表情は少し明るくなった。
「ところで、何でそんな可愛らしい格好をしているんですか?」
かくかくしかじか……。と拓人は事のいきさつを臣弥に話す。全て理解した臣弥は、大きく首を縦に振った。
「そうですか。拓人君に女装癖が……」
「オレの話のどこを切り取ったらそーなるんだよ……」
話していても仕方がないとばかりに、拓人が踵を返す。短いスカートがピラッと翻ったが、どこで手に入れたのか、下には短パンを穿いていた。
「そういえば、昔ヒデも学祭で呼び込みをしていましたねぇ。理事長室にある卒業アルバムに載っていますが……見に行きますか?」
臣弥の声に止められて振り向く。半眼で。
「何が悲しくて父親の女装を見なきゃなんねーんだよ。オレは仕事に戻る」
そう言って、拓人はプレートを掲げて客の呼び込みに戻った。
「……女装だなんて私、言ってませんけどねぇ」
臣弥の笑いを含んだ呟きは、隣に居た寿途にしか届かなかった。
「さて、トシ。他に行きたい所はありますか? 食べたいものでも良いですよ」
寿途は少し考えていたが、程なくして薄い唇が綺麗な弧を描いた。
「まず、けいおんぶのライブ見て……食べたいのは、子羊のロティ。ノルマンディー風」
「トシ、私が金欠なの知っていますよね?」
「うん。冗談。焼肉行きたい」
本当に分かっているのか否か。寿途の要求に、臣弥は唸る。
この少年、小さな体に似合わずよく食べるのだ。しかし、子どもの希望を一蹴するなど臣弥には出来なかった。
学園の理事長を丸め込むのは容易だが、子どもは手強い。
寿途を見やれば、普段はブラックホールを思わせる、吸い込まれそうな瞳をしているのに、わずかに期待の色を含んでいた。それを見てしまっては断れない。
臣弥は随分と乏しくなった財布の中身を頭に浮かべながら、小さな手を引いて「わかりました」と微笑んだ。
寿途が内心「焼肉も冗談だったんだけど……まぁ、いいや」と微笑を作っていた事は――本人しか知らない。
改めまして、こちらで『より平』は最後の更新となります。
今までありがとうございました!
短編集も更新していきますので、気が向いたら覗いてやってくださいね!
(短編集の初回は鈴音の話になります)