番外:活麗園の文化祭2
「学園祭って何気に初めてじゃわー! 皆若うてええなぁ!」
灰色の髪と瞳の青年が、フランクフルトを受け取りながら言った。
ここはラグビー部の店だ。ぶっちゃけ、品物を渡したラグビー部主将よりも灰色青年の方が若く見える。
「ボクも初めてー! あ、おにーさん、ボクのフランクフルトしっかりめに焼いといてー!」
ケチャップが付いたら後悔しそうな白いマフラーを首に巻いている青年は、紫色の髪と瞳をしている。
ラグビー部の面々が「何だろうこの二人、ハーフかな?」と思っていると、元気な明るい声が響いた。
「潤せんぱーい! あっち! あっちにクレープがありますよ! さあ、行きましょう!」
綿菓子を持った黒髪の少女が、演劇部や声楽部が涙目になりそうな声を発している。もう片方の腕では、何やら色素の薄い、とんでもない美人を引っ張っている。
その間に割り込むように、銀髪――否、白髪の青年が体を滑り込ませた。
「こんな人混みで潤先輩を引っ張んな! 周りにも迷惑が掛かるだろ!」
一見するとド派手な見た目で偏見を生みそうなものだが、至極まともな事を言っている。
どいつもこいつも整った顔面をしている集団の中。派手な服を着ているものの、一人だけ地味な顔をしている男は、派手な色のタピオカドリンクを飲んでいた。レモン果汁にバタフライピーを加えて、紫と青のグラデーションにしているであろう飲み物に沈む黒い玉。それを太めのストローで吸い上げている。更に、片手でパンフレットを三枚器用に広げ、ドリンクを持っている手の小指でスタンプラリーの教室を指でなぞっていた。
「中等部の一年から回っていけば、スタンプが順当にたまるっぽいですよ」
スタンプラリーの景品は、料理クラブが作ったクッキーらしい。先着五十名様限定だと明記されている。
生クリーム増し増しのチョコバナナクレープを受け取った黒髪少女が、じゃあ行きましょう! と色素の薄い美女に腕を絡ませ、校舎へ向かって突き進む。
白髪はそれを追い掛けた。
灰色と紫色の髪をした二人は、手を振ってそれを見送っている。
灰色青年が、
「尚ちゃんも行っといでー。ワシらテキトーにブラブラしとるから」
と言うので、派手な格好をした地味な顔の青年も校舎へ向かう。生徒や他の客は少し距離を置いてこの集団を眺めていたのだが……ふた手に分かれるや否や、話し掛ける者が現れる。
どこの高校に通っているのか、誰から入校許可証を貰ったのか、付き合っている人は居るのか。そんな質問を笑顔で受け流しながら、灰色の青年は言った。
「はっはっはっ! 付き合っとる相手が三人居る成人男性が気になる奴だけ寄っといでー。それ以外は近付かん方がええよー」
色めき立って灰色青年に群がっていた女子たちが、サァーッと引いていった。灰色青年は満足そうにフランクフルトを咀嚼する。
そんな彼を半眼で見る、紫色の瞳。
「泰ちゃんの所為でボクまで同類と思われるじゃん……」
「ええがん。倖ちゃんが女子高生に興味あるんなら、話は別じゃけど」
「それはナイ」
「じゃろ?」
灰色の青年は笑いながら、今度は唐揚げを作っているテニス部を目指した。その背中に、熱い羨望の眼差しがいくつか向けられていたとか、いなかったとか。
高等部一年、澄人と瀬奈のクラスは冥土喫茶をしている。
メニュー表から一品以上注文すれば、冥土メイクを施してもらえる仕組みだ。勿論、断る事も可能。
血色の悪い肌に隈をのせ、血糊などを垂らして、頭に白い三角の布――天冠を巻いたら完成だ。
「お前ら、こういうの好きだよなー」
金髪の青年が、苦笑してアイスティーをストローで吸い上げた。
「拓人もすればいいのにー! お祭りは楽しんだ者勝ちだよ!」
「そうそう。お化け屋敷に殴り込みした後戻ってきたら、ちゃんとメイク落としてもらえるんだしさ。あ、拓人、拓人が使わなかったミルクとガムシロ僕のコーヒーに入れといて」
同じテーブルに座っている黒髪の二人は、白装束を着た女子生徒たちに顔をいじられている。一人は目が“6”のような形になっている所為で、ドーランを塗っている女子は笑いを堪えて肩を震わせていた。
もう一人の黒髪も笑っているので、化粧を担当している女子の持つ筆も震えている。
「あれぇー? 拓人さん化粧しないんデスかぁ? あーしがやったげるー!」
友人たちと他の店を回ってきていたらしい瀬奈が、タピオカドリンクを飲みながら化粧品を一式持ってきた。手首にあるバングルが、カチャカチャと鳴っている。
アクセサリー類もさることながら、ブラウスのボタンがみっつ開いていたりスカート丈が短かったりと装いにツッコミどころは多いものの、金髪青年は特に気にする様子もなくアイスティーをテーブルに置いた。
「あー、瀬奈居たのか。お前、こういう行事には出るんだな」
「あーし、最近ちゃんと授業も出てるしー。ってか拓人さん、相変わらず腹立つくらいイイ顔してんねー。化粧してもあんま変わんないんじゃない?」
「何々? 瀬奈の新しいカレシさん? ウチら聞いてないんだけどー」
「違う違う。この人、あーしの先生でね。マジ神みたいな人ー」
友人からの質問に答えつつ、瀬奈は道具をテーブルに広げて化粧下地を手に出した。その時、周りの女子生徒たちは違和感に気付いたが、誰も何も言わなかった。
瀬奈がノリノリで化粧を施す事、約十分。
「でーきた! 見て見て! チョー自信作!」
瀬奈は自信満々で、自分のポーチから手鏡を取り出して化粧後の本人へ渡す。
周りのリアクションから、何となく自分がどうなっているのか悟っていたらしい金髪青年はラインストーンでデコられた鏡を覗いて、可とも不可とも取れない微妙な顔をした。
そう。“冥土メイク”ではまず使われない、ピンクベージュ系のアイシャドウやチークが登場した時点で察していた。
「拓人さん、あーしと顔面お揃いー! 拓人さんまつ毛の量多いから、つけまじゃなくて金髪用の眉マスカラ使ったんデスよぉ。後、髪の毛内巻きボブにするからそのまま待機おなしゃす!」
そう言って、どこからかコテとスプレーを持ってきた瀬奈。
金髪青年はというと……、もうどうにでもなれとでも思っているのだろう。今まで通り、抵抗もせずアイスティーを飲んでいる。ストローに付着した真っ赤なティントを見て、少し口元が引き攣っていたが。
瀬奈は手早く、熱いコテで髪を整え、スプレーを吹き付け、作業を終わらせた。
「わー。可愛いねー、拓人」
「ホントだぁー。カワイイよ、拓人ー」
連れの二人は揃ってスマートフォンと携帯電話を取り出し、写真を撮っている。首から上だけ。
長袖を着てはいるが、やはり女子にしては骨格がしっかりしすぎているからだ。
「あーはいはい。いーよ別に。オレカワイイ、オレカワイイ」
抑揚のない太い声が、カワイイ顔面から発せられている。喋ったらダメだねー、とか言われたが無視だ。
瀬奈はやりきった顔で荷物をまとめ、友人たちと店番の準備を始めた。
「じゃあさ、そろそろお化け屋敷へカチコミに行こうか」
眼鏡を掛けた爽やかなイケメン死人が、物騒な事を言いながら立ち上がる。眼鏡を外していた時にくすくす笑っていた女子たちが、今やドーランの上からでも分かるほど頬を紅色に染めているのだから不思議なものだ。
客の呼び込みに行っていた澄人が、店名の書かれたプレートを抱えて戻ってきた。宣伝用なだけあって、気合いの入った冥土メイクをしている。ゾンビメイクのようになっているが、そこはきっと気にしてはいけないところだろう。
プレートをバックヤードとなっている幕の奥へ置いてきた澄人と、金髪ギャル化粧男と黒髪冥土化粧男たち三人組が鉢合う。澄人の動きが止まった。
目を見開いて、金髪化粧男を凝視している。メイクに隠れて顔色は分かりにくいが、耳が真っ赤だ。
金髪化粧男は会計の為に財布を出しながら、そんな澄人に話し掛けた。
「おー、澄人。ろくに挨拶出来なくて悪ぃな。ちょい、お化け屋敷行ってくるわ」
声を聞いた澄人が絶叫。
金髪化粧男の頭の先から足の先まで見て、『OKOME』と書かれているTシャツを指差し、口をガタガタ震えさせ始めた。
そんな澄人は放置して、金髪化粧男は小銭とスタンプラリーの紙をレジ係に出している。
「んじゃ、ご馳走様」
会計を済ませた三人の姿が見えなくなってから、冥土メイクに白装束姿の瀬奈が澄人の背中に張り付いて言った。
「拓人さんカワイーっしょ。あーし、メーキャプアーティストもイケるカモぉー」
「……お前の罪は殺人罪より重い」
きょとんとしている瀬奈の顔を肩に乗せたまま、たった今性癖を狂わされた澄人はがっくりと項垂れた。




