番外:活麗園の文化祭1
合成生物の襲撃から一週間。
生徒四人が犠牲となり、怪我人も多数出た事件ではあったが、学園は平和を取り戻していた。
朱莉のクラスは、この数日間でクラスメイトが二人も居なくなった事になる。お通夜のような学園祭になるかとも思われたが、案外、皆メンタルが強い。
あいつらの分まで楽しもうぜ! という学級長のポジティブまっしぐらな呼びかけにクラス全体が歓声で応えていた。
一名を除いて。
嵯峨朱莉が属しているこのクラスは展示をしている。亡くなった二人の遺品となってしまった展示物は、花に囲まれていた。
テーマは海の生き物だというのに。誰かがそんなツッコミを入れたが、笑い飛ばされた。とてつもなく明るいクラスだ。
活麗園は二十年程前まで、活麗高等学校という名称だった。小中高一貫校となったのは、ここ十五年程の事だ。
高等学校時代は目を瞑りたくなるような不良校だったのだが……“風紀委員”が現れてから、治安の良い学校になったのだという。それも、当時から教師として勤務していた者や、現在教師として働いている卒業生の間で囁かれる噂話。現在では風聞にすぎない。それでも、当時その“風紀委員”たちと机を並べていた者たちは、口を揃えてこう言う。
『あいつらに逆らうべからず』と。
勿論、その“風紀委員”はもう学園には居ない。卒業したら、殆ど学校へは来なくなった。
そう……『殆ど』。
「今年も賑やかですねぇ。子どもたちの元気な声を聞いていると、こちらまで元気になれますよぉ」
つぶあんを口の端に付けているこの男も、高等学校時代のOBだ。というか、学校を小中高一貫の学園に統合した人物たちの内の一人である。
黒いジャケットの胸元には、学園祭中のみ使用出来る入校許可証がぶら下がっている。
この理事長室でのんびりとあんパンを食べているわけだが――理事長はというと、彼が在校中に学年主任を務めていた人物だ。学祭のパンフレットを広げて見せている。
「桃山君の好きそうな――」
「次、その名前で呼んだら理事長を辞任していただきますよぉ? 一体何度言わせるんですか。私は“嵐山”です」
各生徒会が作ったパンフレットを三部広げて眺めながら、黒髪黒スーツの男は笑顔を崩さず隣へ視線を向けた。
「トシの養護クラスをまず見に行くとして……、トシはどこが見たいですか?」
「小中高の順番で回る。お父さんへのオススメは、料理クラブが作ったパン」
黒髪癖毛の少年の白い指が、カラフルなパンフレットを指差す。
それに満足そうに頷きながら、それは楽しみです、と黒い男はパンフレットを折り畳んだ。それを手に持ったまま立ち上がる。
自分が食べていたあんパンの空き袋は、テーブルの上にある湯呑に並べて。
東陽の居たクラスはお通夜状態だった。
幸いというべきか……このクラスも展示だったので、欠員が出ても学祭自体には支障がない。
この学園の生徒は度々“居なくなる”。東陽のクラスメイトの大半は、それを経験している。しかしながら、今回は担任からはっきり訃報を告げられた。
東陽は顔も人当たりも良く、友人が多かった。特に女子からの人気が高く、訃報を告げられて五日経った今でも皆の表情は暗い。
東陽が事前に提出していた展示物の周りにも、花がたくさん飾られていた。そして、ここでも一人、声を上げる。
「東陽君だって、天国から見守ってくれているはずだから。いつまでも落ち込んでいないで、盛り上がりましょう!」
こういう時、女子の方が立ち直りが早いものだ。少々芝居がかった口調ではあったが。
一人が立ち上がると、展示の受付などに残っていた生徒たちが次々と声を上げた。
そこへ、来客が二名。
「賑やかなクラスだね」
「少しうるさいけれど……元気があって良いわよね」
ピタ、と声が止む。
男子が、瞬きを忘れたように来客の一人を凝視している。とんでもない美少女がやって来たのだ。
輝くような金髪と澄んだ青い瞳を持つその少女に、男子のみならず女子も釘付けとなっていた。
その隣に居る男は、生徒たちの視界に入っていない。アウトオブ眼中だった男からスタンプラリーの紙を出され、係の女子が慌ててスタンプを押した。
このクラスのテーマは『山の生き物』。山に住む生物を実物大で作って展示している。小さいものでは昆虫、大きいものでは熊が居る。作品の多くは紙粘土で作られているようだ。
生き物の鳴き声も流れているので、生徒たちが黙っていても賑やかだ。教室内も全体的に造花の葉で覆われているので本当に森に迷い込んだような錯覚を起こさせる。
赤色のカントリーワンピースを着ている少女は、このクラスの展示に絶妙に溶け込んでいる。東陽のクラスメイト達が感嘆の息を吐いていると、鳥のさえずりを思わせる声が割って入った。
「ねぇ光、見てよ。東陽の作ったコレ」
連れの男が、花に囲まれている展示物を指差す。
それを見た途端、少女の青い瞳から大粒の涙が一滴、零れ落ちた。
「何で光が泣くの?」
「『何で』って……そんなの……」
「うん。ごめん。理由を訊かれても困るよね。俺はこういう時泣けないからさ。ありがと。俺、嬉しいな」
生徒たちはわけが分からないまま、何故か写真を撮ってくれと頼まれ、東陽の展示を中心に二人を写真に収めた。スマホを返すと、二人は仲睦まじく話しながら教室から出ていった。
「今の人、すっげー美人だったけど後藤とどういう関係なんだろうな」
「まさか彼女……」
「いや、どう見ても隣に居た人が彼氏でしょ」
女子の呆れたツッコミを、男子は笑い飛ばした。
「いやいや。あのちんちくりんはイトコとかだろー」
「っていうか泣いてたよね? そんなに感動したのかな。東陽君が作った鳥」
「まぁ、感動して泣くくらいかは分かんねーけど、上手いよなー」
生徒たちは口々に、花に囲まれた百舌鳥について感想を述べている。
誰かが、でも何でアホ毛があるんだろ? と疑問を口にしたが、チャームポイントだろうとか、個性を出したかったんだろうとか言いながら、また持ち場へ散った。




