番外:おまけの男子会
《自化会》男子三人が泊まる部屋は、それぞれ順番にシャワーを浴び終え、三人がくつろいでいる状態にあった。
「祝さん、腕触らせてください! っていうか普通にシャワー浴びて大丈夫なんですねー!」
祝からの了承を得るより早く、澄人が祝の腕に抱きついた。表面はひんやりとしているらしい。澄人の頬にあった火照りが冷めていく。
澄人の頬擦りを苦い顔で受けつつ、祝は反対の手でペットボトルを取り出した。本体を足で挟み、キャップを開けてジンジャーエールを飲み始める。
「お前、男が好きなんかと勘違いされるで」
呆れた様子の祝の言葉に、澄人はぶんぶんと首を横へ振り乱す。
「僕は気の強そうな年上の女性が好きです!」
「いや、そこまでは聞いとらへんよ……」
「んじゃ千晶とかドンピシャじゃね? まぁ、千晶は寿途以外見えてねぇけど」
拓人から恋愛話が飛び出し、二人が目を見張った。その反応が理解出来ず拓人も、なんだよ、と二人を見返す。
「あー、枯れとる拓からそんな話されると、何かなぁ……」
「いや、枯れてねーよ。オレは、今は好きな相手が居ねぇだけだっつ一の」
「祝さんは女性嫌いで有名ですけど、拓人さんも浮いた話ないですよねー。もしかして、童貞ですか?」
澄人の言葉に祝がかたまる。いきなりのぶっちゃけた質問に言葉を失ったのもあるが――そう。澄人は拓人に彼女が居た事を知らない。
拓人は気にする様子もなく、質問に答えた。
「んなもん十四の時に捨てたわ。普通に彼女居たし」
祝がまたしてもかたまる。いや、大きく目を見開いている。そんな祝をよそに、澄人は澄人で「マジですか!?」と叫んだ。
拓人の眉根が狭まる。
「お前、さっきから何なんだよ。そんなに意外か?」
「意外ですよ!」
「はぁ? いい加減怒るぞ」
澄人にとっての拓人は、恋愛音痴で恋愛不感症の女泣かせなのだ。
対して、拓人は自分を長期恋愛休暇中だと思っている。
微妙にズレが生じている二人の会話に、祝が割って入った。
「おれ、拓は元カノの事を未だに引き摺っとるもんやと思うとった……」
拓人が心外だと言わんばかりに半眼になった。
「オレは死んだ奴の事、そんなに引き摺らねぇよ。親父と一緒にすんな。それこそ、思い出の中で生きてるってやつだろ。まぁ、『あの日に戻れたらどうするか』とか考えた事はあるけどな。戻っても、結果はきっと変わらねーし。過去をぐずぐず嘆くより、今と未来をどうするかって考える方が合理的だろ?」
「あぁ、それ、二年前のお前に聞かせてやりたいわ……」
拓人の黒歴史……荒れていた頃を知っている祝が、げんなりと呟いた。尚巳が逃げ出してからというもの、手がつけられない拓人の相手をしていたのは他でもない、祝だ。祝にとってみれば「どの口が……?」といったところだろう。
「祝さんは知ってるんですか? 拓人さんの元カノ」
「見たことはあらへん」
「っつーか朱莉の姉ちゃんだから、見た目は朱莉に似てるかもな」
これも祝は初耳なので、目を剥いている。祝は以前、朱莉が拓人を睨みつけていた事を思い出し、更に思考がこんがらがる。
黒い腕を組み、唸りだした。頭の中で色々と整理しているのだろう。少しして、腕組みが解かれた。
「……つまり、拓はイトコと付き合うとったんか?」
「そういうことだな。まぁ、オレとは全く似てなかったかんなぁ……。オレも知ったのは付き合って一年くらい経った頃だったし」
「拓人さんの周りって、人間関係複雑なんですねー」
澄人は脳内で相関図を作りかけ、早々に諦めた。
「それより澄人だって好きな相手くらい居るんじゃねーのかよ。瀬奈とか……朱莉とか……、朱莉とか朱莉だとオレはとても嬉しいんだけどな」
「すみません」
澄人はソッコーで深々と頭を下げる。
確かに、朱莉は可愛い部類の顔をしている。顔は、だ。性格は全く可愛いと思ったことがない。一度たりとも、笑いかけられた事すらない。
澄人にしてみれば、そんな相手に好意を抱いていた威の事が理解できなかったくらいだ。
「まぁあの女、秀さんの事しか見えとらへんから無理やろ。拓も諦めや」
「諦めてたまるか」
拓人とて、当人同士が良いのなら二人の関係を無理に止めるつもりはない。朱莉が好意を寄せている相手が自分の父親でさえなかったら、応援もしていただろう。そう思ってはいるが、朱莉の事を『お母さん』と呼ぶ気は毛頭ない。
だから、拓人としても朱莉には他の人物を好きになってもらいたい。成山家の平穏の為にも。
「まぁ、他所の家の事情に口挟む気ぃもないけどな」
「そういう祝こそ……」
「おれの事はほっとけや」
祝の性事情については闇が深そうなので、会員の間でも禁忌となっている。
タブーが故に、澄人の耳が大きくなった。口にするのは憚られる。だが、興味がないわけではない。むしろ興味津々である。
「お前ら、おれが女あかんからってバカにしとるやろ。ぶち殺すぞ」
「いや、バカにしちゃいねぇよ」
「そうですよー。人には事情ってものがあるんですから! で、で、祝さんはいつ童貞卒――」
「アホかッ! お前ん頭かち割って中身引きずり出すぞゴルァ!」
「そこで怒ると童貞だと思われるぞ、祝」
右腕を振り上げる祝を押さえつけながら、拓人は嘆息した。
澄人は自分の頭を守りながら、耳をピクピク動かしている。
「って事は祝さんは……」
「ほんまお前その話題から離れろや」
祝に諫められ、澄人は渋々口を噤んだ。全く納得していない様子だが、深入りするとマズイ事は理解しているらしい。どうマズイかというと、頭をかち割られて中身を引きずり出される――という意味だ。
祝が拓人と違い好戦的な事は、《自化会》の中でも有名だ。いくら現在仲良くお話ししていようと、機嫌を損ねれば何をされるか分かったものではない。
澄人の背筋を冷たい何かが伝った。
「じゃあ瀬奈は? 今回、吊り橋効果的なのは無かったのか?」
澄人の身震いを眺めながら、拓人は疑問を投げ掛ける。
すると澄人は、朱莉の時と似たような反応を示した。
「瀬奈、体細いじゃないですか。僕はもっと健康的な女の人が好きですね。少し厚みが欲しいっていうか。女性らしい、丸みのある身体っていうか。ムキムキじゃなければ、筋肉質でも良いですね。ガリガリの体は触るの怖いですもん。あと、肌も色白より血色良い方が好きです。で、さっきも言った通り気の強そうな感じで。眉毛は細すぎず、タレ目じゃない女の子が良いですね」
思いの外自分の理想について語る澄人に、拓人と祝は少々引いている。容姿だけでこんなに注文があるのか……と。
どう返事をしたものかと困っていた拓人のスマートフォンが、音楽を奏で始めた。ある意味、助け船である。
「あ、売店で買い物してぇから、少し早めにアラームセットしてたんだった」
拓人が尻ポケットに財布を突っ込みながら立ち上がると、つられて二人も立ち上がる。連れ立って買い物に行く必要もないが、拓人は何も言わず、三人揃って部屋を出た。
ドアの音を聞いたであろう泰騎が廊下へ出てきて、そこで翔と光が買い物へ出掛けた事を聞く。それを羨ましがる澄人を最後尾に、三人は売店へ向かった。
番外、次回から学祭になります。




