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番外:ホテル女子会

 


 《天神と虎》の件が落ち着き、駅前にある“大将ホテル”へ到着してから二十分余り経った頃だ。


「お土産が買いたい」


 朱莉がぽつりと言った。

 金髪の人形を抱いた少女は、学校指定のジャージ姿。シャワーを浴び、着替えとして持参していたものに替わっている。


「もしかして、副会長に買うの? あの人、世界中飛び回ってんっしょ? 博多のお土産貰って喜ぶのぉ?」


 こちらも持参していた服に着替えていた。ルームウエアのワンピースを身に纏っている瀬奈は、ホテルに備えられていたタオルを首に掛けて、ベッドのんびり上で胡坐(あぐら)を組んでいる。


「贈り物は買った場所ではなく、贈る人の気持ちが大切だと思います。きっと秀貴さんも喜びますよ」


 女子組最年長の雪乃は、にっこりと柔和な笑みを朱莉へ向けた。

 雪乃は日中と同じ服を着ている。二人と違って髪が濡れていない。しかし、汚れも見当たらない。

 タオルで髪をパンパン叩きながら、瀬奈が雪乃へ顔を近付ける。昼は化粧を施していた顔も、今は本来の姿だ。アーモンド形の大きな目が眼前に迫り、雪乃が少し後退する。


「雪乃さんはお風呂入らなくてもキレーだしイイニオイするとか、ズルすぎません?」

「お風呂は好きなんですけどね……」


 雪乃は困り顔だ。

 植物を司る六合の後継となった雪乃は、体に付着した汚れを皮膚から吸収して、栄養に変換することが出来る。極端な言い方をすれば、土の上に寝転んでいるだけで食事を摂らなくても生きていける体だ。

 だが、先に雪乃が言ったように、普段の彼女は風呂にも入るし食事も摂る。それは単純に“好きだから”だ。温かいお湯に身体を沈めるのも、美味しいものを食べるのも。

 そして、美味しいものを飲んだり食べたりしている人の顔を見るのも好きだ。


「そうです、朱莉さん。秀貴さんは常に非常食を持ち歩いているので、コンパクトで日持ちのするものが喜ばれると思いますよ」

「……そうなんですか?」


 朱莉が興味を示した。

 雪乃は頷き、続ける。


「力を使うとカロリー消費がすごいんでしょうね」

「そーいえば、拓人さんも移動中になんか食べてた気ぃするー。ってかアレ、雪乃さんが持ってきたクッキーでしたよね?」


 拓人の名前が出た途端、雪乃の体がほんの一瞬動きを止めた。


「沢山作ってきていましたから。あと、翔さんにも渡しました。翔さん、食いしん坊ですからね」


 雪乃の“拓人にだけ渡したわけじゃない”という、ささやかなアピール。


 鳥の食事量は一日につき体重の一割といわれている。それに準じると、体重が三十キロの翔は三キロの食事を摂取しなければならない。実際に翔がそんなに食べる事はないが、間食が多いのは確かだ。


 朱莉と瀬奈は二人揃って「話題の人物をすり替えたな」と心の中で呟いた。

 それはさておき。瀬奈が少し身を乗り出す。


「ってゆーかぁ、朱莉が副会長で雪乃さんが拓人さんを好きって、チョーおかしくない? 父子を好きってだけで特殊なのに、年齢的に逆じゃん? まぁ、雪乃さんと副会長でも年の差ありすぎだケドー」

「愛に年齢は関係ない。千晶さんも、いつも言ってた」


 即行でぴしゃりと言って退けたのは、朱莉だ。

 雪乃は変な汗をかきながら黙って俯いている。顔が真っ赤だ。おおかた、誰にも言っていない筈なのに何故皆知っているのか、とでも思っているのだろう。


 朱莉も瀬奈も、そんな雪乃を可愛いと思った。可能ならば応援のひとつでもしたい。だが、悲しいかな……。相手はあの、絶賛恋愛不感症中の拓人だ。過去に真っ当な恋愛をしていたのだと言っても、今となっては誰も信じない。

 真っ向から「好きだ」と言おうとも「はははっサンキューな!」と返されるのは目に見えている。そこから何か発展すれば良いのだが、拓人は感謝を伝えるだけで終了してしまうだろう。

 というか、真正面から告白をしているのに全く相手にされていない人物が、雪乃の近くに居るのだ。加えて、雪乃は自分の体質も気にしている。元々、積極的な性格もしていない。


「カミサマになると色々大変なんですねー」


 瀬奈は肩を落とした。


「折角ジョシが集まったから、コイバナフィーバーしよーと思ったのに。パパ活とカミサマじゃ土俵がチガウってゆーかぁ……」

「パパ活って言うな」


 朱莉に睨まれても、瀬奈はノーダメージだ。

 雪乃は眉を下げて静かに笑うのみ。


「そんな事より、お土産」

「はいはい。雪乃さんも行きましょーよー」

「はい」


 女子三人は各々財布を手に、一階にある売店へと向かった。




 お土産コーナーは小ぢんまりとしている。その狭小スペースを最大限に使い、飲食物や置物が飾られていた。

 冷蔵コーナーには、明太子やラーメン。テーブルには箱のお菓子が平積みされている。キーホルダーやストラップもぶら下がっていて、その下にはご当地ジュースや酒類に調味料が並んでいた。ジュースや酒類は、端に置かれたガラス張りの冷蔵庫にも入っている。


「あーっコレおいしそー! 苺! あまおうのやつ!」

「バターサンドですか。美味しそうですね」


 瀬奈と雪乃が甘味を見ている横で、朱莉は煎餅を両手に持って悩んでいる。博多の伝統芸能“博多仁和加(はかたにわか)”。それに使われるお面をモチーフにした“仁〇加煎餅(にわかせんべい)”。それと、明太子風味の煎餅、“めんべい”。

 あまりに真剣に選んでいるので、瀬奈も雪乃も黙って朱莉の事を観察していた。朱莉は無言でふたつの箱を交互に眺め、裏の賞味期限や原料を確認し、また表に向けて眺め――を繰り返している。


 そろそろ瀬奈が叫び出しそうだ、というところで、翔と光が連れ立ってホテルから出ていくのが見えた。


「翔さんと光さん、どこへ行かれるんでしょう?」

「えー? デートじゃないんでスカー? あーあ。あーしもデートしたーい」

「でも、あまりゆっくりもしていられませんよ。お土産を買ったら一度お部屋へ戻って……」

「雪乃さん、これ、どっちがいいと思いますか?」


 ついに朱莉が助けを呼んだ。

 何だかんだで、雪乃は秀貴との付き合いが長い。飲食物を提供することも多いので、彼の好みはよく知っている。


「めんべい、でしょうね」


 即答だった。

 あんなに悩んでいたのに一瞬で決まり、朱莉は少しばかり拍子抜けしている。


「朱莉、副会長の事知らなさすぎなんじゃない?」


 瀬奈が余計な事を言ったので、場の空気が一気に悪くなった。

 雪乃は朱莉を宥めるように「秀貴さん、あまり自分のお話はしませんし……」とフォローしている。そんな雪乃の甲斐もあって、朱莉は無事に会計を済ませた。


「雪乃さーん、このお酒美味しそーですよ!」


 瀬奈が日本酒の瓶を掲げて見せている。

 雪乃はまたしても困り顔だ。


「瀬奈さんは未成年ですよね? 駄目ですよ」

「雪乃さん、案外キビシーデスよね」

「というか、レジも通りませんよ」


 だから雪乃さんを呼んだのにぃー。と瀬奈は口を尖らせつつ、瓶を元あった場所へ戻した。

 雪乃がご当地アイスクリームを眺めていると、後ろから複数の声が近付いてきた。


「雪乃さん、何か美味そうなものあった?」

「ひゃあ!?」


 またしても拓人に背後をとられ、変な声が出た。


「はははっ悪い。今のはわざと気配消してみた。雪乃さん、やっぱ可愛いな」


 無自覚でタラシてくるのだから、罪深い男だ。この場に居る、雪乃以外の全員が拓人に白い目を向けている。拓人の後ろに居る、祝と澄人も例外ではない。

 拓人はそれに気付いているのかいないのか……おそらく、周りのリアクションには気付いているがそんな顔をされる理由には気付いていない、といったところだろう。


「あ、めんべいある。これ美味いよな」


 拓人はめんべいの箱をみっつ手に取り、買い物カゴへ入れた。それを見ていた朱莉が、何ともいえない顔をしている。

 そしてもう一人、黒髪の義腕男は瓶を掲げて良い笑顔。


「拓ー、酒ある。部屋で呑――」

「オレもお前も未成年だっつーの」

「えぇー? 十八過ぎたら飲んでええんちゃうん?」

「ダメに決まってんだろ」


 さっきまでの笑顔はどこへやら。祝は渋々、瓶を元あった場所へ戻した。

 澄人は「普段から呑んでるな、この人」と思ったが、相手は上級会員なので苦笑するしかない。

 拓人のカゴには、土産の箱がどんどん入る。ここへ来て、まだたったの数十秒だというのに。何なら、カゴはふたつ持ちだ。


「拓、買いすぎちゃう?」

「あー、ほら、養護施設棟あんななったし、子どもたちと本部組に配る用にな」


 会計を済ませた拓人の両手には大きな紙袋がみっつ。それを一度部屋へ置いてくるのだと言うので、朱莉もついて行った。

 残りのメンバーは多目的室へ移動し、《P×P》のメンバーが来るのを待つ事にした。


「なんか、修学旅行みたいで楽しいですね」


 澄人は祝と雪乃に向かって言ったのだが、二人ともきょとんとしている。この二人は、修学旅行未経験者だ。澄人は話題を振る相手を間違えたな、と後悔した。

 澄人が少しばかり気まずくなっていると、話し声が聞こえ、程なくして多目的室の扉が開いた。《P×P》のメンバーだ。

 灰色頭の最年長者は、いつの間に買ったのか――ご当地ワインの瓶を持って現れた。中身が既に半分まで減っている。凌は良い匂いを漂わせている袋を両手に持っていて、潤の持っているレジ袋には紙コップや紙皿や割り箸などが入っている。


 泰騎が、自分が持ってきたワインの横に、ビールやチューハイなどの缶も並べ始めた。

 それに反応したのは祝と瀬奈だ。


「泰騎さん、わかってるぅ! あーしはスクリュードライバー!」

「おれは黒ビール」


 缶に手を伸ばす二人の間に、泰騎が体を滑り込ませた。二人の動きが止まる。

 信じられないものを見るような目を向けられた泰騎は、ぱちくりと瞬きをして二人を見返す。


「何言うとん? 未成年は呑んだらおえんよー。お酒は二十歳になってから! じゃで!」


 この中で一番非常識そうな人物に真っ当な事を言われ、祝と瀬奈は石化してしまった。それと同時に、自分はそんなに常識から逸脱した行為をしていたのか、と思い改める。

 傷害や殺人の方が明らかに……。と誰もが思ったが、口には出せなかった。


 そこへ、荷物を部屋へ置きに行っていた、拓人と朱莉が到着した。

 石化している二人を見て、従兄妹は同時に、おおよそ似ていない顔を見合わせる。

 それも、その場の空気を両断するような賑やかな声に掻き消され――何事もなかったかのように、事後報告会議、もとい、慰労会(おつかれさまかい)が始まる事となった。




 

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