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エピローグ:天馬翔の場合

 


 蚊の羽音のような唸り声が、天馬家に細く響いていた。


「ねぇちょっと。廊下まで聞こえてるよ。鬱陶しいんだけど」


 扉を開けて応接室へと入ってきた翔は、心底うんざりした様子で(まぶた)を半分落とした。

 振り向いたのは、翔と同じ赤い眼。同じ髪型の黒髪に、黒い着物を着た、同じ顔の人物――否、悪魔。

 彼はテーブルの上に雑誌と紙を散らかしている。手には、ボールペン。

 翔の父親、深叉冴だ。普段は消えているので、彼には部屋が用意されていない。だから、深叉冴は何かするとなると、応接室を使っているのだ。


「翔と光君の挙式に呼ぶ人をどうするかと――」

「は? 結婚式なんてしないよ。しても身内だけで良いんじゃないの?」


 雷撃に打たれたような衝撃が深叉冴を襲う。

 背後が暗くなり、黄金に輝く雷が轟音と共に落ちる(さま)が見える気にさえなる。

 そんな事は無視し、翔は人物名の書かれた紙を手に取った。それを卓上へ戻し、一冊の雑誌に手を伸ばす。


「光は多分、ハウスウエディングとかが良いんじゃないかな。っていうか、まだそこまで話してないし。だって、一年以上先の事だよ?」


 深叉冴が熱心に読んでいたらしい結婚情報誌をパラパラと捲りながら、嘆息する。


「しかしな、翔。式場の予約は一年前から押さえておかぬと、人気の場所は良い日が埋まってしまうらしいぞ」


 それも、この雑誌の受け売りなのだろう。


「良い日って六曜の“大安”の事? バカらし。あんなの、今は発祥の中国でも使いやしないよ。だって、吉凶は迷信だもの」


 日本でも一度消えたというのに。太陽暦になってから復活した、旧暦時代に使われていた“曜日”のようなものだ。吉凶などあろう筈がない。


「いや、だがな……世の中には浸透しているからだな……」

「うるさいな。大安だ仏滅だとかって気にする奴らが、讃美歌歌って神に愛を誓うだなんて、お笑い以外のなにものでもないよ」

「そこも日本の良いところだと思うがのう」


 生まれた瞬間に神道となるのに、国民の大半は仏教徒。年の初めには神へ挨拶へ行き、神を崇める祭りをし、ハロウィンで騒ぎ、クリスマスでも騒ぐ。楽しそうな事は取り敢えず取り込んでいくのが、この国だ。


 当人である翔は冷めたものだが、深叉冴は神前式のみだったので、洋風の挙式に興味津々である。

 お決まりのライスシャワーに代わってフラワーシャワーであったり、ブーケトスに代わってブーケプルズ、新郎用のブロッコリートス。シャンパングラスが光っていたり、昔からあるゴンドラなども載っている。


 翔の視線の先は、新郎新婦が乗って登場するゴンドラ――ではなく、先刻まで深叉冴が書いていた、ゲスト一覧の紙。それをしげしげと眺め、指先で(つつ)く。


「拓人と界と景と祝と寿途……嵐山はどうでもいいけど、呼ばなきゃならないんでしょ? あ、潤と凌も呼びたいな」

「何じゃ。結局乗り気ではないか」

「うるさいな。俺は形式ばった事は嫌いだからやりたくはないんだよ。でも、光のドレス姿は見たい」

「うむうむ。そうだの。ウエディングドレスは女子(おなご)の憧れらしいからな。お色直しも二回くらいすれば良かろう!」


 はっはっはっ! と高笑いをする父親を半眼で眺めつつ、翔は式場案内のページに差し掛かったところで雑誌を閉じた。


「ところでさ。寿途の名前で思い出したんだけど、千晶はどうなるの? 本当なら成仏しなきゃならないよね?」


 深叉冴は笑うのを()めて腕を組んだ。心なしかドヤ顔になっている。


「今の千晶君は浮遊霊状態だからな。今はそれでも構わぬだろうが、その内冥府から使者が来るのではないか?」

「それ、連れて逝かれちゃうって事だよね」

「まぁ、千晶君もサバサバした性格だから……案外、儂らに何も告げず成仏しておるかもしれぬがな!」


 千晶なら有り得る。翔は心の中で頷いた。その場合、寿途から報告くらいはあるだろう。彼女が寿途に何も告げずに成仏するとは考え難い。


「千晶も寿途も納得してるなら、俺はそれでいいよ」


 それに尽きる。当人が納得してるのなら、それ以上何か言うのは野暮というものだ。


「ところで父さんは、一生光の使い魔として居るの?」


 たまたま思い出した……というわけではなく、翔は常々疑問に思っていた。


「何じゃ。儂にもまた成仏しろと? いくら儂の事が嫌いだからといって、そんな――」

「違うよ。それに、俺は父さんの事を嫌ってなんかないよ。ただ、その見た目が気に入らないだけ」


 深叉冴は、今まで散々言われてきた返事に肩を竦める。


「と言っても、これは光君が用意した擬似人体だからのう……」

「それも知ってる。ねぇ。何で俺は父さんにも母さんにも似てないの? おかしくない? 俺には二人の遺伝子もちゃんとあるのにさ」


 噛み付くように言葉を重ねる翔に、深叉冴は少しばかりたじろいだ。


「つまり、翔は儂らに似てないから自分の顔が嫌いだと……そう言うのか?」

「ずっとそう言ってるじゃん」


 唖然とする深叉冴のリアクションは無視し、翔は不貞腐れている。

 ヒヨコのように口を尖らせ、


「そりゃあさ、この髪の毛は二人に似てるなって思うよ? 色は父さん、癖毛は母さんだよね。でもさ、それだけじゃん。顔のパーツが全部どっちにも似てないなんて、そんなのある? 俺の鼻なんてぺったんこだよ?」


 自分の容姿に関する不満をぶちまけていく。

 確かに、翔の顔は深叉冴にもつぐみにも似ていない。深叉冴は茶色の大きな目をしていたし、つぐみは金色のつり目だった。深叉冴の口は猫のようだったし、つぐみの口は大きかった。二人とも鼻に特徴はなかったが、低すぎず高すぎずといった感じだ。

 臣弥曰く「翔君は朱雀の容姿を大きく受け継いでいるんじゃないんですかぁ?」との事だ。その理屈だと、翔の鼻は鳥のものより高いといえる。

 だが、翔の不満はそこにもある。


「俺がもし、朱雀似だったとするよ? やっぱりおかしいよ。だって、朱雀って、漫画やアニメじゃ絶対カッコイイ見た目してるもん。美形だもん」

「そう言われてもな……。漫画やアニメは結局フィクションだしのう。人間の理想形というか……」


 翔の理不尽ともいえる愚痴をまともに聞いていると、深叉冴の顔も渋くなる。深叉冴は翔の顔を可愛いと思っているだけに、どうフォローしようかと頭を抱えた。

 翔は普段細かい事を気にしない性格をしているが、案外、他人にとってはどうでもいい様な細かい事をぐちぐちと気にする傾向にある。


 要するに、面倒くさい性格をしているのだ。これも、深叉冴やつぐみとは似ていない点である。

 逆に、これだけ違うという事は、翔の中に確実に朱雀の血が流れている証拠でもある。


 つまり、翔は――


「人間じゃないんだから、もっとこう……」

「それなんだが……翔」


 深叉冴にはひとつ、危惧していることがある。

 言葉を捻りだそうとしていた翔は思考を止め、深叉冴の言葉に耳を傾けた。


「翔は、人間(ひと)と同じ時間は過ごせぬやもしれぬぞ」


 半身が神。壊れた細胞もすぐに治る体。臣弥の見立てでは、“成長”はしても“老化”はしない。


「うん。知ってる。俺も、雪乃も……多分、潤もね。仕方ないよ。人間じゃないんだもん。ヒトは生きても百年くらい。俺たちはどれくらいだろうね。まぁ、なるようにしかならないんだけどさ」


 神といっても予知能力などない。先の事は分からない。考えても仕方が無いなら考えない。

 今同じ時間を過ごしている友人たちが天寿を全うしたとしても、おそらく翔は今の姿のまま生きているのだろう。百年もしない内に、光も居なくなる。

 だが、そんな先の事を考えたところでどうするのか。

 翔はそう割り切っている。が、翔を“この形状”でこの世に生み出した深叉冴は、思うところがあるらしい。いつもなら笑い飛ばす彼が、静かなものだ。

 騒がれると鬱陶しく思うが、静かなのも気持ちが悪い。そんな父の様子に、翔は短く息を吐いた。


「俺は、父さんと母さんの子どもで良かったなって思ってるから。二人は後悔しないでよね。会うことがあったら母さんにも伝えといてよ」


 翔がそう言って応接室の出入り口へ足を向けたと同時に、その扉が開いた。

 光が、こんな所に居たの? と小首を傾げている。どうやら、色んな部屋を探し回っていたらしい。


「倫さんが、『ご飯が出てたから伝えてきて』って。深叉冴さんも行きましょ」


 そういえば、台所から微かに、食欲をそそる良い匂いが漂ってきている。

 深叉冴は空腹を感じることがないが、翔の腹の虫は元気に鳴いた。


「今日の夕飯は何であろうな?」

「鶏肉がいいな」


  そんな事を話しながら、二人は揃って応接室を出た。




 

 

完結までに約6年も掛かってしまいましたが、付いてきてくださった読者様、誠にありがとうございます!

少しでも楽しんでいただけたなら幸いに思います!

挿絵(By みてみん)

まだ、あとがきの後に番外の小話や短編集などもございますので……気が向いたら覗いてやってくださいませ。


 

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