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エピローグ:成山拓人の場合

 


 《自化会》本部は解体が行われ、更地となっていた。

 地下は無傷だったのでそのまま残し、細やかな改装は後から施す運びとなった。


 諸々の提案を出した拓人だが、現場の指揮は康成に任せてある。

 只、今回掛かる費用に関しては所謂“秀貴銀行”ではなく、拓人が個人的に用意している。とはいえ、元を辿れば秀貴から拓人に送られていた金なのだが……。その資金は今後、自分が自立する為には不要だとし、拓人が使い切る意向を固めた。


「オーナーさん、学校はええんか?」


 長袖の黒ジャージ姿で、手袋をはめている祝が茶化す。


「オーナーじゃねーし。学校は朝行って、早退してきた」


 学校に居た時間は一時間にも満たない。それでも、彼が通っている山相学園では出席扱いとなるようだ。勿論、出ていない授業は欠課となるのだろうが。


「建て替え費用はオレが出すけど、その間の住居に関する費用は《自化会》持ちだかんな。康成さんは二つ返事でOKくれたけど、会長はかなり渋ってたな」

「目に浮かぶようやわ……」


 祝がげんなりする。

 会長である臣弥は、自分が使う研究室が縮小された事をまだ根に持っているらしい。元々、金にはがめつい方だ。今まで散々“秀貴銀行”の金――つまり、会員の為の資金を私用で使ってきている。それでも尚、会員たちの不平不満がパンクしなかったのが不思議なくらいだ。

 実際、《自化会》内部の体制に関する改善を声に出していたのは少人数だった。祝たち上部の人間は「言っても無駄だ」と諦めていたし、一般会員や孤児たちは「保護されている立場だから」と受け入れていた節がある。


「つっても、今回使う金も結局は、親父がオレの為に“避けといた”金だからな。オレの金だと思われると、それもフクザツなとこだな」


 今回の修繕や改装も、秀貴がほうぼうの銀行へ預けていた金をかき集めて行っている事だ。感謝されるとむず痒くなる。


「ま、ひとつの区切りっつーか。親父にゃ(わり)ぃけど、使い切ってスッキリした」


 多少贅沢な生活をしても一生困らないだけの金を、たった数日で手放した拓人。

 祝は呆れと感心と羨ましさが混在する気持ちで、肩を竦める。


「拓がええなら、それでええか。ほんなら、おれはガキ共の世話しに戻るわ」

「おう。遊びで本気出して泣かせんなよ」

「そら約束出来んなぁ」


 からから笑う祝の背中を見送っていると、入れ違いで二人、《自化会》の敷地へ入ってきた。

 現在は結界も張っていないので誰が来ようと不思議ではないが、建設関係の装いではなく、スーツ姿。一人は黒い鞄の他に、紙袋をふたつ提げている。

 見知った白髪頭と、長身の――


「まさか……」

「拓人ー!」


 拓人の呟きは、自分の名前を呼ぶ声に持って行かれた。

 特徴のない黒髪、太めの眉、三白眼、紺色のスーツに、派手なネクタイ。 最後に顔を合わせた時からすると随分と背が高くなったが、顔は変わっていないのですぐに気付いた。


「尚巳、戻れたん――」

「拓人ー! 戻れた! 目線高ぁー! ってか拓人、そんなに小さかったのか!」


 思いもよらぬ言葉を掛けられ、拓人が眉を吊り上げる。


「ちッッ!? ()っさくねーし! 標準だっつーの! てめーがでけぇんだよ!!」


 会って早々小馬鹿にされた所為で、数年ぶりに再開した情緒など吹き飛んでしまった。

 しかも、記憶にある限り初めて「小さい」と言われ、心に小さなダメージを受けている。


「あと、前にも思ったけど何だよその服。米? お前、顔は良いんだから普通の服着ろよー」


 私服が個性の塊みたいな尚巳に言われて、拓人も口を噤む。

 臣弥への嫌がらせの為に買った『OKOME』と書かれたTシャツ。米がモチーフのキャラクターも印刷されている。基本的に《自化会》本部内でしか着ていなかったものだが、勿体ないので私生活でも着るようになったのだ。

 拓人は米神を押さえて溜め息を吐いた。


「何なんだよ……そんなにオレに謝らせたくねぇのかよ……」


 そうだとしか思えないタイミングで、尚巳は散々余計な事を言う。


「あ、バレた? おれ、別に拓人の事チビだとは思ってないよー」


 両手を上げて降参のポーズをとる尚巳を、拓人が少しだけ視線を上げて見る。いつも学校で隣に居る人物と同じくらいの身長だ。


「いや、えっと……悪かった。三年近く前の事だし、今更だろうけど……ごめん」

「ははっ。二回も謝られた」


 尚巳は軽く笑って、随分と寂しくなった土地を一瞥してからまた笑った。


「おれも楽しくやってるし。結果オーライって事で。ソレについては、おわり!」


 ぱんっ。

 手を叩いて話を結ぶと、尚巳は地面に置いていた営業鞄を持ち上げた。


「仕事で近くまで来たから寄ったんだ」


 今まで黙って傍観していた凌が、はにかむ。


「尚巳、二日前に戻ったんだけど、素っ裸で机の上に乗っかってたんだぜ?」


 凌が歯を見せて、悪戯っぽく笑った。

 その様子を想像した拓人は、盛大に吹き出した。どんな姿を思い描いたのやら。あまりに笑われるので、尚巳の表情からは笑みが消えている。


「悪い悪い。素っ裸は分かんだけど、机の上ってのが……ははは。何だ? エサでも食ってたのか?」

「エサって言うなよ。食べてたけど!」


 食ってたんじゃねーか! とまた笑われる。

 何となく(しゃく)(さわ)るが、人外になるという貴重な体験が出来たのもまた事実。

 尚巳は怒るのをやめた。


「何かほんと、拓人と凌って似てるよなー」

「へ?」


 金髪と白髪の声が重なる。

 笑いのツボとか、話のネタのチョイスとか、と似ている点を挙げていく尚巳。


「似てる奴トライアングルが出来上がってる……」


 ぽつりと言ったのは、凌だ。

 凌は、尚巳と拓人が似ていると思っていたし、泰騎もそんな事を言っていた。その事を伝えれば、今度は拓人の顔から表情が消えた。


「つまりオレってば無個性っつー事か?」


 二人ともに似ているという事は、つまりそういう事だろう――と極論に達した拓人が唸る。


「いや、拓人は個性のかたまりだろ」


 これは、凌と尚巳の声が被ったものだ。

 能力面を見れば、拓人は群を抜いている。しかし、拓人は「そーかな……」と納得していない。

 見た目でいえば凌の方が目立つし、ファッションでいえば尚巳の方が奇抜だ。


「ところで拓人はどーすんだ? 翔は《自化会》辞めるんだろ?」


 凌の心の片隅には、拓人が《自化会》を辞めて《P・Co》へ入社すれば良いという希望が、まだほんの僅かに残っていた。


「本部が出来て体制が整ったら、《自化会》は辞めるとして」


 凌の眼が期待で光る。尚巳は苦笑してそれを見ていた。


「バイトしてぇなーって」

「はぁあ!?」


 凌の叫び声に、拓人が瞬きを繰り返す。こんなに驚かれるとは思っていなかった。


「あー……いや、凌も尚巳も、営業やってんだろ? オレ、人に言える仕事やった事ねーからさ。(すね)に傷があるのはしゃーないとして、一年くらい一般的な仕事をしてみてぇなって。オレもう十八歳だし、夜中開いてる店とか……」

「ホストか!」


 凌と尚巳が同時に叫んだ。

 それも、拓人の渋面を見ればハズレだという事は一目瞭然である。


「年齢的には問題ねーけど、オレは高校生だっつーの。ラーメン屋とか、居酒屋とかあんだろ……」


 言われて二人は鏡のように、ポンと手を叩いて納得を表す。


「康成さんは正式に秘書になったし、翔と光さんはくっついたし、オレは翔んトコから出て、近場でアパート探すわ」


 拓人の実家は住所こそ横浜だが、周りに何もない田舎だ。学校へも継続して通う。最寄り駅はあるものの、便利が悪い。

 それに、家の近くとなるといよいよ働き口もないだろう。いざとなれば、倫が管理をしている天馬家のアパートもあるが……それでは天馬家を出る意味がない気がする。


「そっか。その事、秀貴さんは何て?」

「『良いんじゃねーか?』つってた。取り敢えず、自力で一年過ごしてみて、親のコネを使うのはそれから……」

「コネ?」


 珍しい単語に、凌と尚巳が疑問符を浮かべる。

 拓人は「いや、何でもねぇ」と、至極適当に誤魔化した。幸い、それについての言及もなかった。


「それより、二人ともわざわざ寄ってくれてサンキューな。仕事あんだろ?」

「済ませてきたから、あとは事務所へ帰るだけなんだ」


 そう答えた凌は、そわそわと落ち着きがない。それを見かねた尚巳が代弁する。


「一緒に昼飯食べに行かないか?」

「お、良いなー。すぐそこの焼肉屋とか――」

「は、“(はこ)”はちょっと……」


 苦い記憶が蘇り、凌が首を横に振る。


「はははっ。悪い。わざと言った」


 焼肉屋“匣”で何があったのか、拓人自身、詳細は知らないが大雑把には寿途から聞いている。とはいえ、寿途も繭に籠っていたので、凌が千晶殺害の犯人扱いをされた事くらいしか知らないのだが。

 じゃあ何を食べるか?

 ラーメン、バーガー、カレー、いっそファミレス……。

 あれはどうだ、これはどうだと話しながら、《自化会》の副会長代理と、《P・Co》次期社長候補と、どちらの組織にも所属していた男の三人組は飲食店が多く立ち並ぶ大通りへと消えた。



 

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