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第五十六話『水面下では』―1

 

「天空や天后にも手伝ってもらって、他の昆虫も始末してきたぜ」


 拓人たちが帰ってきた。

 体育館へ向かった面々も一緒だ。人間ベースと(おぼ)しき合成生物(キメラ)を五体連れている。様子から察するに、戦意のない者たちだろう。子どもも居る。

 話し合いの結果。尚巳の事もあり、元の姿に戻れる可能性がゼロではないので、一緒に連れて行く事になった。


 その尚巳はというと、いつの間に居なくなっていたのか……。泰騎、潤、雪乃の先頭に立ってやって来た。


「先輩たちだけピクニックしてるなんて、ズルイですよー」


 と黒猫が言えば、灰色頭の所長はきょとん顔。


「えー? ちょい雨降ったけど、楽しいピクニックじゃったで?」

「遠足気分なのはお前だけだ」

「ええー?」


 副所長に指摘され、所長は口を尖らせている。

 それを見て、大きなリュックを背負っている雪乃は穏やかに微笑んでいた。

 実際、雪乃が作った植物の屋根があったので、雨の影響は皆無に等しかった校庭組だ。


 原形がよく分からない合成生物(キメラ)にされた人たちに対して、雪乃は持参していたハーブティーを紙コップに注いで配った。


「大変でしたね。きっと元に戻れますよ」


 今残っているのは、女性や子どもの合成生物(キメラ)ばかり。余程怖い目に遭ったのだろう。震えて紙コップが持てない者も居る。

 合成生物(キメラ)全体を“仲間”と例えるなら、その“仲間”を殺しまくった人物たちが目の前に居るのだから警戒もするだろう。

 そんな中、小さな合成生物(キメラ)が紙コップに口をつけた。こくんと喉を鳴らす。


「おいしい」


 はっきりとした言葉だった。

 顔はカエルだが、体は人間のもので、ネズミのような尻尾の生えた合成生物(キメラ)だ。体つきからして、男の子だろう。

 それに寄り添っている女の合成生物(キメラ)も紙コップに口をつけた。こちらも顔はカエルで胴体がネズミ。そこから人間の脚が生えている。

 母親だろうか。女の合成生物(キメラ)は喋れないようである。


「お母さん、おいしいね」


 男の子の合成生物(キメラ)が言うと、女の合成生物(キメラ)は無言で頷いた。


「キメラにされた人たちには、《P・Co(ウチ)》が手配した護送車が来る。公共の交通機関は使わず一時的に鳥取支社へ向かう手筈だ」


 潤の説明に、拓人が頷く。


「《自化会(こっち)》は壊滅状態らしいんで、助かります」


 十月中旬。陽が暮れるにつれ、少し肌寒くなってくる。

 雪乃は大きなバナナの葉を出して少し揉み、合成生物(キメラ)たちの肩に掛けていった。これで少しは温かいだろう。

 次にレジャーシートを広げると、リュックから小振りな鍋を取り出し、ペットボトルに入っている水を注ぎ始めた。


「潤さん、お願いします」


 頼まれると、潤は鍋を挟むように手を添えた。すると、ふつふつと水面が揺らぎ、湯気が出始め、沸騰した。

 潤が手を離すと、雪乃はパックに入っているハーブを投入し、蓋を被せる。少し蒸らすと、ハーブティーが完成した。


「皆さんもどうぞ。キメラの方々も、おかわりは有りますから遠慮なくおっしゃってくださいね」


 それは、合成生物(キメラ)にとって慈愛に満ちた女神のような笑顔だった。


「お姉さん、お名前は?」


 カエル顔の少年の問いに「雪乃です」と微笑みを添えて、クッキーを渡す。他の合成生物(キメラ)たちにも渡して回った。


「雪乃様、ありがとうございます」

「雪乃様」


 合成生物(キメラ)たちが跪き、貰ったクッキーの袋を掲げて深々と(こうべ)を垂れた。


「え、あの、お顔を上げてください。私、そんな……」


 おろおろと狼狽(うろた)える雪乃。顔が真っ赤だ。


「雪乃、一気に信者が増えたね」


 鳥の火神がほくそ笑む。


「雪乃さん、実際に神サマなんやろ? (たつ)坊から聞いたで。別にええやん」


 メタルアームを体の前で組んでいる祝も頷いている。


「ははは。雪乃さんが今以上に人気者になったら、頻繁に店に行けなくなるなー」


 現在、権力を振りかざしてやりたい放題企て中の金髪男も笑っている。


「そんな! 拓人さんの為でしたら、いつでも玉露でも抹茶でも淹れますから……!!」


 雪乃は真っ赤な顔のまま叫び、言い終わってから口を手で塞いだ。完全に手遅れだ。が、金髪男は変わらぬ笑顔を向けている。


「冗談だって。今回の件の報酬持って、近々行くから。そん時はよろしく」

「……お前、それほんまに言うとんか……」


 祝が半眼で嘆息した。

 拓人は「え、オレ何かマズイ事言ったか?」と首を捻っている。


「え……雪乃さんが好きな人って……」


 光が、小さく呟く。


「拓人だよ? あれ、光は知らなかった?」


 翔は、皆知ってると思ってたー、と呑気に言っている。

 光は、またしても自分の観察眼に対する自信を喪失しそうになっていた。

 雪乃の好きな人は、拓人の父親だと思っていたからだ。これに関しても、言わなくて良かった、とそっと心の中に留めておいた。


「元々、マヒル教祖サマについとった連中じゃし、崇める神がおった方が心の安寧に繋がるんかもしれんな」


 泰騎はハーブティーを飲み下して苦笑している。


「皆が人間に戻れた場合、その後どうするんですか?」


 今まで黙っていた凌が口を開いた。


「身体検査などの処置をした後、家庭がある人には帰ってもらう。必要なら就職の斡旋や職業訓練を受けてもらうようになるだろうな」


 潤の説明が終わったと同時に、一台のマイクロバスと共にダンプカーや重機がやって来た。

 《P・Co》関係の業者だろう。瓦礫の撤去なども一度に行うらしい。

 合成生物(キメラ)たちを乗せたマイクロバスを見送る頃には、空はもうすっかり暗くなっていた。


 雪乃が薔薇のアーチで校門を彩り、合成生物(キメラ)たちを見送った。それは車のヘッドライトに照らされ陰影を濃く写したが、豊かな色彩は暗がりでも彼らに強い印象を残したことだろう。

 光の隣で翔がぼそっと「光の為に頼んだんだけどなぁ」と呟いたが、誰の耳にも届かなかった。




 泰騎がホテルを予約していると言う。一行は彼について街の中をぞろぞろと進んだ。

 その泰騎の服装は……血塗れで、見れたものではない。それは祝も同じで。しかも、祝のメタル両腕(アームは剥き出しだ。

 翔は比較的目立ちにくいが、服が赤い穴だらけ。

 少し気の早いハロウィン状態となっていた。


 《天神と虎》のある山のすぐ近くのホテルだった事と日が暮れていた事が、せめてもの救いだ。

 ここは以前、尚巳が泊まった“大将ホテル”。

 《P・Co》御用達という事もあり、猫の尚巳もすんなり入る事が出来た。


 一人ずつ部屋を確保する事は出来なかった為、二~四人ずつの部屋割りとなっている。


「俺は光と同じ部屋がいい」


 翔は光に抱きついたまま、離れようとしない。そのまま、翔の要望はすんなり通った。

 他は、女性三人部屋、《自化会》男性三人部屋、《P・Co》三人プラス一匹の部屋。同じフロアで計四部屋だ。

 一旦、各々の部屋へ荷物を置いて、必要ならシャワーを浴びて二十時になったら、会議の為多目的室へ集まる運びとなった。


 

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