表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界の平和より自分の平和  作者: 三ツ葉きあ
第一章『鳥人間と愉快な――』
26/280

第八話『訓練初日』―2


 徒歩と電車で移動し、九時半には《自化会》の本部へ着いた。

 自室に寄る拓人と別れて廊下を歩いていると、男と女の大きな怒鳴り合いが聞こえてきた。

 聞き覚えのある声だ。あまり関わりたくはない。


 翔が声の方角を()けようと、立ち止まった時――白檀の香りが鼻腔をくすぐった。


「よぉ」


 同時に、背後から声を掛けられる。


「っ!!」


 咄嗟(とっさ)に振り返る。

 すぐ後ろでは、秀貴が眉間に眉を寄せて(いぶか)しんでいた。


「……何だよ」


 驚きすぎて、翔は上手く声が出せない。


「け……」

「毛?」


 秀貴の眉間に更に皺が寄る。


「……気配、が……」


 硬直している翔の表情とは反対に、秀貴が気怠そうに首の後ろを掻いた。


「え――、あー……そんな吃驚(びっくり)する事か?」


「……俺、こんなに近くの……人間(ひと)の気配分からなかったの……初めて、で……」


 翔の頭から飛び出ている毛の固まり――触角――は、前頭葉部から伸びている。

 胎児期に、脳細胞部に癒着したこの部分に朱雀の能力が集中しているのだ。

 空間認知も、自分の周りに居る生き物の気配察知も、この触角があるからこそ野鳥並みの力を発揮しているといえる。


 どんなに気配を殺して近付かれようと、それに気付けなかったことなど、翔には無かった。


「あぁ、そんなに遮断性有るのか……」


 秀貴が、自分の手首を見ながら小さく呟いた。

 が、翔の耳へ届いたその言葉は右耳から左耳へすり抜けていった。


 翔は、じっとりと湿った自分の服に気付いた。

 気持ち悪いほど冷や汗をかいたのも初めてだ。

 珍しく、挙動と表情に表れるほど動揺していた。


「そんなにショックだったのか? ま、お前みたいに“()なくても分かる”奴にも、盲点ってのはあるんだよ。覚えとけ」


 秀貴は、翔の肩を軽く叩いた。

 その右手首には三種類の腕珠(わんじゅ)がつけられている。


「じゃあな。俺も後で格技場行くから」


 秀貴の背中を棒立ちのまま見送り、翔はあることに気が付いた。

 自分の着ている服の裾を引っ張る。


「……服、着替え……無いや……」




「で、オレんトコに来たのか」


 拓人は、部屋に備え付けられているクローゼットを開けた。

 中には、複数の半袖と長袖のTシャツが掛けられている。


 翔は俯いたまま呟いた。


「だって、部屋知ってるの拓人だけだし……サイズも同じくらいだし……」


 拓人の投げた服が、翔の頭上に着地した。

 それを掴み、翔が広げる。

 無地の黒いTシャツ――と思いきや、フロントに『OKOME』と、米粒のキャラクターがプリントされていた。


「服の好みとか言うなよ。予備だから、どれも似たようなのしかねぇんだ」

「あ……うん。ありがと。……で、ね……拓人、ちょっと訊きたいんだけど……」


 歯切れの悪い翔の物言いに、何だ? と拓人が(たず)ねる。

 尤も、翔の場合は何かをきっぱりと言い切る事の方が少ない。


「あのさ……秀貴って……何なの?」


 いきなり漠然とした質問を投げかけられ、拓人が嘆息した。

 何で今それを訊くんだ。という疑問も浮かんだが、それも拓人にとっては慣れたものだ。

 翔の投げかけてくる質問は、いつも突拍子がないからだ。


「……そうだな……」


 数秒考えてから、クローゼットを閉める。


「オレが知ってんのは『人間離れした只の人間』って事くらいかな」


 拓人の答えを聞き、翔は「え……」と声を漏らした。

 いつも眠そうに半分くらいしか開いていない眼を、大きく見開いて口を半開きにしている。


「人間、なんだ……化け物かと思った……」


 心底驚いているのであろう事が伺える翔の顔を見て、拓人が堪らず吹き出した。


「おまっマジか! ははっ! お前がそれ言うか!? ヤベェ……ソレ、今年一番のヒットだわ!」


 腹を抱えて笑う拓人を眺めながら、翔は「ホントにそう思ったんだもん」と呟きながら、“OKOME”Tシャツの袖に腕を通した。




◇◆◇




 《自化会》本部の奥にある格技場には、Eグループの面々が揃っていた。


 最後に到着したのは、拓人の部屋で着替えていた翔だ。

 が、集合時間の十時には間に合ったのでお咎めはない。


「皆揃った所で……翔、今日の訓練スケジュールは?」


 当然のように訊いてくる秀貴に、翔は開いた口を閉じられずにいた。

 開きっぱなしの口から、そのまま声を出す。


「そんなのないよ」


 当然のように答えた。続ける。


「取り敢えず俺は、皆が何が出来るのかを知りたい……かな。訓練内容はそれから考えれば良いんじゃないかな? って思うんだけど……秀貴はどう思う?」


 顔を向けたまま訊いてくる翔に、秀貴は頷いた。


「あぁ。良いんじゃねぇか? さっき格技場の周りに結界張って来たから、どんなに暴れても壊れるのは格技場だけだ。直すのは臣弥だし。思い切りやってくれ」


 秀貴の言葉に、翔の瞳が輝く。表情は変わっていないが。


「ホントに?」

「あぁ」

「じゃあ。皆、俺を全力で攻撃してきて」


 目を爛々とさせている翔の広げられている両手を振り落として、秀貴が叫ぶ。


「って、お前一昨日もそれやっただろ!」

「違うよ。一昨日は(たける)の攻撃しか受けてない。今度は全員が良い」

「…………」


 まるで子供の我儘(わがまま)のような言い振りに、秀貴が眉間を力ませた。


(こいつ……ちょっと見ない間に、会話ができるまでには成長したな。と思ったら……自己主張するようになった分、すげぇ扱い辛くなってやがる……)


 秀貴の無言を、「GO」と解釈した翔が、両手を広げた。


「じゃあ、皆一斉に……」


「待て待て、待て。今回お前が血まみれになると、光に睨まれるのは俺なんだぞ」


「え、秀貴も光さんの事恐いの?」


 翔はぱちくりと瞬きをし、秀貴を見た。

 秀貴はうんざりと顔を逸らす。


「恐いんじゃなくて、面倒なんだよ。女は怒らせると厄介だからな。特にお前の嫁は、根に持ちそうだし」


「……まだ結婚してないんだけど……」


 翔の呟きは無視し、秀貴がひとつ、手を叩いた。

 視線は前方に居る、翔以外に向けて。


「じゃあ、翔以外の奴ら。皆一斉で良いから俺に向かって攻撃してみろ」


「……それって俺と同じなんじゃ……」


 むすっとぼやく翔に、秀貴はデコピンした。


「最初から怪我目的のお前と一緒にするな。俺はちゃんと防ぐから、お前はしっかり視とけ。あと、電子機器持ってる奴はこのケースに入れとけよ」


 言いながら、秀貴はアクリルケースを前に出す。


「この中に入れずに壊れても、文句言うなよ」


 各々、ポケットからスマートフォンやタブレットを取り出して、ケースへ入れた。


 アクリルケースに蓋をし、袖から取り出した札を貼ると、秀貴は再び皆の方へ向いた。


「じゃあ、翔。俺じゃなくて、こいつらの能力値的なものを視ろよ。俺の事見たって、参考になりゃしねーから」


 翔が「うん」と頷くと、秀貴は自分の左手首に右手を持っていった。左手首にも右と同様に、三種の腕珠がつけられている。


 右手から一種だけ抜き去ると同時に、空気が弾けた。

 翔は、辺りに漂う強烈な磁力に呼吸を忘れた。

挿絵(By みてみん)


(これが『只の人間』? 拓人の嘘つき……)


 翔にはこれが電磁波の一種だと直感で理解できたが、他のメンバーは何が起きているのか分かっていない。


「痛っ! なんかピリピリする」

「きゃ! スカート(めく)れる!」

「わぁ、凄いですね! 産毛立ってるー!」


 最後の呑気な声は、自分の腕を見ている東陽だ。


「おい。お前ら、そんな事言ってる間に三回は死んでるぞ」


 これだから、ガキは嫌いなんだ。

 呟いた言葉は、翔にのみ届いた。


「俺は何もしねぇから。早くしろ。全力じゃねーと意味ねぇぞ」


 秀貴に促され、威が先日と同じようにミドリをサボテンへ変化させた。

 同時に朱莉(あかり)も、大小二体の陶器人形(ビスクドール)を動かす。

 東陽は、腰に下げていたベルトからナイフを五本抜き、宙に放った。


 言われた通り、一斉に秀貴を攻撃する。

 距離は一〇メートルほど。

 普段ならば、確実に射程内だ。


 だが、どの攻撃手段も秀貴に届く前に無効化した。


 ぼとぼとと針は落ち、かしゃんと人形は床にぶつかり、ナイフは床に刺さった。


 本当に何もしていない秀貴は、腕を組んで立っているだけだ。


 何が起きたのか理解できない面々は、呆気にとられて棒立ちしている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ