第五十五話『義兄弟』―2
「そーだ!」
急に上がった瀬奈の声に、皆の視線が集まる。
「あーしたち、さっきまで体育館から出てきたキメラたちを相手にしてたんだけどぉ、中にまだ残ってんデスよぉ」
瀬奈は凌の腕を掴んで、体育館の中へ連行した。
先に件の合成生物を相手にしていた澄人と朱莉も後に続く。
翔は東陽の気配を探りながら、拓人に目を向けた。いつもと変わらない横顔がそこにある。
それに安堵しつつ。
「ねぇ、拓人」
「どーした?」
「俺、《自化会》辞めたい」
「あぁ。良いんじゃね?」
あまりにあっけなく、あっさり、即行で返され、翔は面食らった。
心の隅では、もう少し引き留められるかと思っていたのだ。
「ちょお待て! そんなん会長が黙っとらへんやろ!」
慌てて祝が割り込んでくる。
殺人も請け負う《A級》以上の会員の退会は裏切り行為にあたる。つまり、他の会員に殺される。
といっても、翔を殺害できる会員など今の《自化会》には存在しないのだが。
「時代錯誤なルールも変えなきゃなんねーと思ってたんだ。丁度良いから、その辺も改変して……」
ぶつぶつと独り言のように呟かれる言葉に、祝は思わず拓人の肩を掴んでいた。かなり力に加減をして。
「今、何考えとるんか教えてもらおうか?」
拓人は少し考え、唸り、そうだな……、と祝の黒い瞳を見下ろす。
「まず、オレの発言は副会長の発言とする……っつー文書を親父に作ってもらった」
突拍子のない発言に、祝も翔も言葉を失う。
今の《自化会》の状態を話したら、文書作ってサインしてくれてさ。と、拓人は言う。内部の事も建物の設備についても、拓人に一任されているらしい。
拓人の発言に、祝は目をしばたたかせる。
「え……。っちゅー事は、拓が今後副会長になるっちゅー事?」
「誰がなるかよ。めんどくせぇ。オレもあと一年したら《自化会》辞めるつもりだしな」
「う……」
うせやぁぁああああああん!!
祝の叫び声が、随分と寂しくなった学校跡地にこだました。
「あんま大声出すな。あと、コレ、ここだけの話な。翔も、絶対誰かに話すなよ。光さんもな」
翔と光は揃って首を縦に振り下ろした。
「辞めるっつっても、嘱託で名前は据え置きかもしんねーし。その辺はまだハッキリしてねぇかんな」
拓人曰く、《自化会》は祝と寿途が居れば大丈夫だろう、との事だ。会長である臣弥が全く信用されていないのは、今までの設備投資の偏りがあまりに大きかった為だ。
翔は入会して日が浅いので知らなかったが、拓人にとって一番大きな問題点が人材育成に関する分野だった。
深叉冴が生きていた頃に比べて、人材も能力値も質の衰退は明らかだ。それを改善せずに活動を続ければ、破滅しかない。
「何も、人を殺すだけが仕事じゃねぇかんな。っつか、本来そっちはオマケみてぇなモンだしな」
拓人はそこまで話すと、ひとつ手を叩いた。周りを見回し、体育館から何も出てきていない事を確認する。
「東陽は屋上に居たんだっけか……。校舎の反対側へ行ってみるぞ」
祝は内通者探しにいい顔をしない。
だが、他にする事もないので、ついて行く事にした。
そもそも、何故東陽を生かしているのか。祝としては、それ自体が疑問だ。
「東陽が生きとったら、どないするんや?」
「分からない。けど、東陽は良い人間だから生かしといた方が良いと思うんだ」
根拠のない翔の言い分に、祝の米神が動く。
拓人は、ふぅん、と吐息のような興味を示した。
「翔がそうしたいんなら、良いんじゃね?」
またそんなに軽く言う……、と祝が非難の目を向ける。
「まぁ、《自化会》には康成さんが居るから、翔とも全く無関係になるって事はねぇと思うけどな」
「え……、ちょっと待って。康成さんは会員じゃないわよね?」
反応を見せたのは、意外にも光だった。
拓人と祝は翔に、まだ伝えてなかったのか、と視線で訴える。
「康成は嵐山の第二秘書だよ。お金の計算とかしてるよ」
「まぁ、今回の件で滝沢さんは秘書辞めるやろから、今後は康成さんが“秘書”やな」
祝の補足もあり、光の中にあった康成への疑いは晴れた。それと同時に、光は一瞬でも康成を疑ってしまった自分を恥じる。
家計簿にしては不審だと思っていた書類は、《自化会》関連のものだったらしい。
誰にも言わなくて良かったと、一人ひっそりと胸を撫で下ろした。




