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第五十五話『義兄弟』―1

 


『んじゃ、オレ逝きます。お騒がせしました』


 一礼し、浩司はまだベソベソしている威を連れて、消えた。


 拓人が少しばかり物悲しさに浸っていると、翔ののんびりとした声が聞こえた。


「ところで、東陽見なかった?」


 翔は左右に頭を動かして見回すが、新たな人影はない。

 他のメンバーも首を横へ振る。


 そう、死んだのかな……。呟き、翔は瓦礫の山となった校舎をぼんやりと眺めている。

 そんな翔が、ふと人の気配を感じ取った。

 カタン、ガラ……ゴロッ。建材の動く音がする。

 一同が音のする方へ注目していると、コンクリートの塊が唐突に浮いた。

 それは、東陽が以前、翔に見せた念動力の動きに似ている。


「ちょっと待て。東陽が下に居る(・・・・)なら、上の瓦礫は見えねぇはず……」


 ユウヤもそうだったが、東陽も自分の目で見えるものしか動かす対象に出来ないはずだ。

 拓人が指摘した通り、崩れた校舎の下から出てきたのは東陽ではなく――ネズミだった。

 ハムスターほどの大きさだが、尻尾は爬虫類のように太く、鱗がある。

 一同は呆気に取られて、ネズミの放った投石に対する反応が一瞬遅れた。


 光は翔の後ろに隠れていて無事。

 拓人は土壁、凌は氷壁を自分の前に形成して無傷。

 朱莉は護符に守られて無傷。

 瀬奈と澄人は――、


「こいつもキメラだよ」


 前脚の関節から刃物を出している黒猫に守られて、無事だった。

 黒猫の足元には、体を両断されたネズミの死体が転がっている。


「黒猫……」


 拓人と凌が同時に呟き、拓人が叫ぶ。


「お前、尚巳か!」


 黒猫は刃を体内にしまうと「なぁ」と鳴いた。


「今更猫のマネすんな。そういや、さっきは確認しそびれたんだけど…………」


 凌が尚巳の前脚の下に両手を入れて抱き上げ、体をまじまじと観察する。


「お。ちゃんとオスだ」

「どこ見てんだよ! 放せよ!」


 身を(よじ)り、尚巳は凌の手の中から抜け出した。

 トン、と着地したのは拓人の足元。


「拓人、あの……おれ……」


 黒い瞳が、琥珀色の瞳を見上げる。

 琥珀色が黄金色に煌めいたかと思うと……、拓人がしゃがみ込んで頭を抱えた。防災訓練中に机の下に潜っている人のような格好をしている。


「え、え? 拓人?」

「ああー! 何なんだよ!」


 急に怒鳴られ、尚巳だけでなく周りも揃ってビクッと体を強張らせる。


「尚巳が生きてるって分かってから、ずっっっと、何て謝ろうか考えてたってのに! 何なんだよ! 合成されたのは知ってたけど! マジで猫なのかよ! 言葉吹っ飛んだじゃねーか!」


 尚巳はオロオロと首を動かし、気が動転したのか、その場でぐるりと一回転して、また拓人の前に座った。


「えーっと……ごめん」

「お前が(あやま)んじゃねーよ! オレが謝るっつってんだろ!」


 そんなご無体な。と思うも、何か言えば怒鳴られるだけだろうと、尚巳は口を噤んで拓人を見上げた。

 甘そうな色をした金髪がゆっくりと動き、少し赤くなった目が尚巳の大きな瞳に映り込む。


「……ごめん」


 自然と、尚巳は言葉を重ねていた。先のように怒鳴られはしない。

 代わりに、視線を逸らされた。


「お前が謝んなつっただろ」

「だから『ごめん』なんだよ。おれが謝んないと気が済まないからさ」


 拓人の視線が戻った。

 尚巳が言葉を続ける。


「あの頃のおれ、『好き』とか『家族』ってよく分かってなくてさ。酷い事言って、ほんと、ごめん。それでも、拓人の事は大切に思ってたんだ。そんな奴に殺意向けられて、ビビッて、逃げて……情けないっていうか……、えぇっと……」

『口を挟んで悪いんだけどぉ』


 地面から天空が生えた。尚巳に向かってウインクを飛ばしている。

 尚巳が、何だこいつ、と思う間もなく、天空は続けた。


『貴方が尚巳君ね。初めまして。拓人の式神をしている、天空よ』


 丁寧に会釈をされたので、尚巳も頭を下げる。


『貴方の事は拓人から聞いてるわ。うふふ。思ってたより可愛いのね。あたしと出会った頃は荒れまくってた拓人だけど、貴方の事をお手本にして見事厚生し――』


 背後から放たれるどす黒い何かを察知し、ペラペラとよく喋っていた天空の口が急停止した。


「余計な事喋ってみろ……。その体、チリカスに分解すんぞ」


 きゃあ怖いわぁ! と声を上げつつ、天空は消えた。

 ひとつ溜め息を落とし、拓人が頭を掻きながら立ち上がる。目と鼻頭が赤っぽくなっているが、誰も何も言いはしない。


「尚巳は……、人間の姿に戻れたらオレん所に来い。茶ぁくらい出すから……」

「楽しみにしとくわ」


 本当に戻れるのか分かったものではないが、尚巳はヒゲと耳をぴくぴく動かして返事をすると、凌の肩に跳び乗った。


「凌も悪かったなー。おれが居ない間、大変だっただろ」


 通常業務に加えて翔の相手や《自化会》への協力と、休む間もなかった凌。それでも、どんな姿であれ尚巳が生きていた事に安堵したのも確かだ。


「ま、生きてて良かった」

「ところで、さっきからずっと気になってたんだけど……」


 尚巳が前脚を上げた。その先には、体じゅうに穴のあいた翔の姿がある。


「ああ。つぶてが体の中で止まってて良かったな」


 凌は暗に、光に怪我が無くて良かったな、と言っている。

 拓人は拓人で、


「あの程度なら十分くらいで治るだろ」


 と、翔には目もくれず、瓦礫に変化が無いか観察中だ。

 翔は、心配してほしいわけじゃないけどヒドくない? と頬を膨らませた。

 




 

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