第五十四話『別れ』―1
轟音響く二階。
土埃が治まり、姿を見せたのは土で出来たドーム。
その手前には、砕けた土の塊が散乱していた。
「何で邪魔するんだい? この人は君たちの敵のはずだよね?」
ユウヤの体を使って、洋介が訊く。
洋介の捩じり攻撃からイツキを土壁で守り、ドームに閉じ込めた張本人――拓人は、間合いを保ったまま洋介に言った。
「オレらの目的は《天神と虎》の解体だ。敵意のない奴を無闇に殺すのは目的に含まれねぇ」
「ホント、イイコちゃんになったものだよね」
深い茶色の髪をした少年は、嫌悪の滲んだ顔で拓人を睨みつけた。
「でも君、キメラを殺したよね? 元々、関係ない普通の人間だった人たちなのにさ」
「この仕事は全員守れねぇ。犠牲も出る。つまり、そういう事だよ」
「ははっ。打合せでもしたのかってくらい、父子揃って同じ事言ってるや」
洋介の嘲笑は、拓人にはさして響かなかった。
今回死んだ合成生物たちは結局のところ”自業自得”なのだ。
更に身も蓋もない言い方をするならば、”運が悪かった”。
(泰騎さんに『運が足りねぇ』って言われたオレに殺されるなんて、余程だな)
拓人は胸中でこっそり自嘲した。
「完全なる正義なんて存在しねぇ。だから選ぶんだ」
ユウヤが眉根を寄せる。
怪訝な顔も無視し、拓人は自嘲の延長で言い放った。
「自分にとってマシなのはどの道か……ってな」
ユウヤはくつくつと喉を鳴らして笑っている。
「『最善』や『最良』って言わないあたりが、君らしいね」
「瞬時にそれを判断できるほど、人生経験豊富じゃねーからな」
肩を竦めておどける拓人に、ユウヤ――洋介は、そういえば、と手を叩いて話題を変えた。
「そろそろシロが仕事をしている頃だ」
洋介の式神の名が出て、今まで傍観していた凌と祝も反応を見せる。
そんな二人の様子を横目で確認し、洋介はにこりと笑った。
「ユウヤ君は首輪をしていないキメラたちを体育館に集めてるんだよね」
爆発的に増えた団員全員に、首輪が行き届いていないのだという。
洋介の話を聞いて、祝が疑問を口にする。
「ちゅーか、射殺されたカマキリのおっさんも首輪してへんかったやん」
「あれは団員じゃなくて、通りすがりのおじさんを実験材料にしただけらしいよ」
洋介はユウヤの顔で語りながら、ユウヤの異常性を再認識していた。
殺すには惜しい人材だな、とまで思っている。
「そらイカレとるな。しかも金欠やっちゅーのに遠隔操作できる起爆剤入りの首輪を大量生産しとるのも、かなりクレイジーやわ」
祝の意見に関しては、洋介も同意するしかない。
そもそも数百人の衣食住を確保する財力のある組織など、日本国内に片手の指分あるかないか。
《自化会》も、年間数億出資してくれる“秀貴銀行”がなければとっくに消滅しているはずだ。
ユウヤの金遣いは、少ししか関わりのない洋介にも認識出来る程荒い。
栄養失調気味の団員の姿も目にした。
ユウヤにとって団員は、自分の欲求を満たす為の駒でしかないように感じていた。
他の組織を牽制する意味では数が必要。
だが、生かさず殺さず――否、殺して生かさず。
今回合成生物にされた人物たちも、ゆくゆくは大量虐殺の材料にされていた可能性が高い。
(だって、君らは自分たちと同じ“特殊な力を持った人”の住みやすい世界を作ろうとしていたんだもんね)
洋介は内心、バカだよね、と嗤い、自分が抑え込んでいるユウヤに聞かせるように胸中で呟いた。
(結果的に“特殊な力を持った人”に潰されるんだから。これが、嗤わずにいられる?)
それだけユウヤに言い残して、洋介は宿主の足裏を抜けるかたちで出ていった。
そして――ユウヤが両膝を突くのと同時に、イツキを囲っていた壁が破壊された。