表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界の平和より自分の平和  作者: 三ツ葉きあ
第一章『鳥人間と愉快な――』
25/280

第八話『訓練初日』―1



「翔様ぁー。朝ご飯ができましたよー!」


 一階から聞こえる声には応えず、翔は霞む目を擦りながらベッドから腰を上げた。


 寒太は狩りに出かけたらしく、姿が見えない。

 いつものことなので、気にせず階段へ向かった。




「何度言えば分かるかな……」


 寝癖のついている髪はそのままに。

 といっても、いつも寝癖のような髪型だ。

 翔は半眼で康成を睨む。


「何度言われても分かりません。戸籍上は兄弟でも、僕は深叉冴様から翔様の事を任されているんですから」


 康成は味噌汁を翔の前に置きながら、そっぽを向いた。

 翔は、湯気の立っている味噌汁の椀を手に取る。

 汁の表面に顔を出している豆腐を眺めながら、


「康成って頑固だよね……」

「翔様程じゃないです」


 康成も翔から視線を外したままだ。

 そこへ、朝の挨拶を述べながら拓人が現れた。

 長男と末っ子の様子を交互に見やる。


「何、またやってんのか? 余所(よそ)の家庭の問題に首突っ込む気はねぇけど、(かたく)なだな」


 ムスっと味噌汁をすする翔の隣に座りながら、拓人が溜息を吐いた。

 康成が拓人の前にご飯を盛った茶碗を置く。


「拓人君、どっちの事を言ったんですか?」

「ふたりとも、ですよ」


 拓人が「いただきます」と手を合わせた時、勝手口から倫が現れた。

 お多福のようなお面は、頭の後ろへ回されている。


「あ、翔に拓人君、お早うー! 今日も晴れるみたいだから、暑さ対策しっかりね!」


 ニワトリのように、朝から元気だ。

 それに加え眩しい程の笑顔を披露している。

 頬が赤い所為で、一層幼く見えた。


「見てよ。この倫の気さくさ」


 翔が康成に目を向ける。


「倫さんの適応力が羨ましい……」

「え、康成さん、何か言った?」


 倫が、大きな瞳をぱりくりと瞬かせる。

 康成はうんざりしたとも取れる表情で、息を吐いた。


「いえ、何でもないです……。ところで、光さんはどうでした?」

「あぁ、朝ごはんは要らないからもう少し寝とくって、ドアの前にメモが置いてあったよ」


 倫が持っているメモには、“昼食はサンドイッチと紅茶が良い”と小さく書かれていた。


 光は男連中とは違い、廊下で繋がった別棟にひとりで住んでいる。

 男所帯なので、自然とそうなった。

 食事は康成と倫に任せているが、洗濯や掃除などは自分で行う。


 メモを横目で見ながら、翔が呟く。


「光さん、疲れてるんだろうね」

「そりゃあ、疲れるだろうな」


 ほうれん草の入った卵焼きを飲み込み、拓人が湯呑を持った。


「そういや、翔は今日メンバーで集まるんだっけ?」

「あ、うん。えっと……頑張る」


 覇気のない気合の言葉を聞かされた拓人が、頷く。


「おぉ、がんばれ。明日学校あるし、この前みたいに『ものもらいが出来た』って言い訳できるレベルの怪我で(とど)めとけよ」

「それって、俺が怪我するって前提なわけ?」


 膨らんでいる翔の頬に、拓人が人差し指を突き刺す。

 翔の頬が、マシュマロのように沈んだ。


「一昨日、盛大に串刺しになってた奴が何言ってんだ? ウチの連中、マジでドン引きしてたんだからな?」


「康成にも盛大に叱られたから、もうその話止めて……」


「そうですよ! すぐに治るって言っても、万能じゃないんですから!」


 拓人の向かいに座りながら、康成が声を大きくした。


「大丈夫だよ……。秀貴も居るし」


 翔の言葉に、拓人が顔を(しか)める。


「親父が居るから大丈夫って、んな安心してっと痛い目見るぞ?」


 残り少なくなったご飯を一か所に集めながら、拓人が呟いた。


「あれ? そういえば秀貴さんってあまり見かけないけど、普段何してるの?」


 自分の朝食を用意し終えた倫が、拓人とは反対側の翔の隣に座ってきた。


「さあ」


 素っ気無い返事をされ、倫が首を傾げる。

 拓人が続けた。


「昔っからだけど……ここ数年は特に、ふらっと居なくなって、数日から数か月したらまたふらっと帰ってきて、またすぐどっか行くから。あんまり話しもしないんですよ」


「秀貴さんは、拓人君のこと大切に思っているんですね」

「は……?」


 康成の言葉に、拓人が口元を引き攣らせる。

 普段ほったらかしにされているのだから、当然と言えば当然な反応だろう。

 拓人が秀貴に唯一感謝する事といえば、金には困っていないという事くらいだ。


「さっきの話から、どうなったらそういう事になるんですか……」


 半眼で問う拓人に、康成は涼しい顔を向けた。


「さあ? 拓人君も、もうちょっとお父さんに興味を持ったらどうですか?」


 にっこり笑う康成に、拓人が眉根を寄せる。


「……康成さん、会長みたいな事言いますね」


「そうですか? まぁ、余所の家庭の問題に首突っ込む気はないんで、聞き流して下さい」


 康成は笑顔のまま、味噌汁を口内へ招いた。

 腑に落ちない表情で、拓人は手を合わせる。


「……ごちそうさまでした。オレも今日本部行くから、一緒に出るか?」


 翔は、黙々と鯖の骨を()けていたが、拓人へ顔を向けた。


「うん。すぐ行くの?」

「翔、準備できてんのか?」


「うん。俺が持って行くものって、ひとつだけだし。食べたら拓人の部屋行くよ」

「りょーかい。んじゃ」


 拓人が空の食器を持って立ち上がる。

 翔が鯖に向き直った。


「ところで」


 倫が呟くと、翔は倫の方へ目だけ向けた。


「深叉冴さんはどこへ行ったんだろうね? 一昨日から姿を見ないんだけど」


 鯖の身を口へ運びながら、翔が答える。


「父さんなら、嵐山や秀貴と用事があるからって消えたきりだ……よ」


 骨が残っていた。翔は顔を(しか)めて、口から小骨を取り出した。倫は「そうなんだー」と気の無い返事をしている。

 翔は鯖の骨を皿の縁にくっつけた。


「俺もよく知らないし、あんまりあの顔でフラフラしてほしくないんだけど」


「翔は今の深叉冴さん苦手だよねー」

「自分と同じ顔だよ? 嫌だよ。俺、昔の父さんが好きだもん」


「深叉冴様は凄く気に入ってるみたいですけどね」


 康成が苦笑すると、翔は重い息を吐き出した。


「それが益々嫌なんだよね……」


「でもまぁ、最終的にああなったのは光さんの好みだから、仕方のないことだよね。光さん、翔のこと大好きだもの。だから深叉冴さんをこの世に()ぶ為に、凄く頑張ってたし」


 倫は当たり前のように話したが、場の空気は置いてきぼりを食らっていた。


「え……あの……俺、色々知らないんだけど……倫って、光さんと仲良いの?」


 翔が、瞬きを忘れて倫を見る。


「え? うん。普通に話す程度だけど……あ! 別に、ヤラシイ気持ちで話したりしてないよ?! 確かに、光さんって凄い美人だから、最初は緊張したけど! 今は友達感覚って言うか!」


 ぶんぶんと首を左右に振って、肯定と否定と言い訳じみた事を同時に行う倫。

 そんな倫の様子を見て、康成が「あぁ」と小さく手を叩いた。


「そういえば、光さんはよく倫さんの事を呼び出しますし……。倫さんってご近所のおば様方ともよく話込んでますね」


「倫って、人と話すとき顔が赤くなるだけで、ウチで一番社交性あるよね……」


 翔が、残り少ない味噌汁をすすった。


 康成は、翔に笑顔を向ける。


「ね? 翔様、倫さんの適応力、羨ましいでしょう?」

「うん。羨ましいね……」


 この日初めて翔が、『翔様』と呼ばれて返事をした瞬間だった。




 翔は、合皮製の木刀袋を肩に下げて拓人の部屋の前に立った。


 三度のノックで、部屋のドアが内側から開けられた。

 部屋から出てきた拓人は、スクエア型のリュックを背負っている。

 登山や旅行をするためのものではなく、普段使いのものだ。


 拓人は翔の装いをひと通り眺めてから、声を発した。


「ホントに荷物それだけなんだな」


 疑問視され、翔が自分の身体を見下ろす。


「え……おかしいかな……でも、拓人も荷物少ないよね?」

本部(むこう)の部屋にも荷物は置いてるから、オレはこんだけで良いんだよ」

「そっか……拓人、本部にも部屋あるもんね」


 話しながら廊下を歩いていると、玄関付近に寝巻き姿の光が立っていた。

 髪は後ろでひとつに束ねられている。


「おはよ。出かけるの?」


 話しかけられ、一瞬、翔が体を強張らせる。

 どう説明したものかと思考を巡らせた。

 光も訓練の事は知っているので、言い表すのは簡単だ。


「あ、うん。例の訓練で、本部まで行って来る」

「そう」


 実に短く、素っ気無い返事を寄越された。

 翔は内心、ほんとに俺の事好きなのかな? と疑ってしまう。

 とはいえ、一応は一緒に生活している仲だ。


「あ……あの、光さん、無理しないようにね」


 翔がおずおず声を掛けると、光は腕を組んで口角を上げた。


「誰に言ってるの? アタシ、無理なことはしないの」


 少し上がり気味の目尻を更に上げて、光が返事をしてくる。

 翔は胸元を押されるような息苦しさを感じながら「ごめん」と呟き、続けた。


「……じゃあ、行って来るから」


「行ってらっしゃい。拓人君もね」

「あぁ。んじゃ」


 拓人は玄関に向いていたが、光を振り返る。

 光は怪訝そうに、拓人を見返した。

 拓人は、どう言ったものかと言葉を選んで、声を出した。


「光さん、あのさ……」

「何?」


 だが、寝不足の所為か鋭い眼光で睨まれた拓人は、言葉を留めた。

 かぶりを振って、


「いや。何でもない。身体に気を付けて」


 玄関を出るふたりの後姿を見届けると、光はひと言「ありがと」と呟いて伸びをした。

 大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。


「今日中にあとふたりくらいは話しができると良いんだけど」


 欠伸(あくび)をしながら、自室のある別棟へと足を向けた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ