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第五十三話『憑依』―2

 

「こんな危険な場所にいつまでも居るなんて、お前らしくねーな」


 洋介は用心深い男だ。


 霊体となった自分が視えない人物ばかりの場所ならいざ知らず。

 霊体を目視できる人物ばかり集まっている所にいつまでも留まっているのは、おかしく感じる。


「拓人の言う通り、危険な場所だよね。でも、そういう所で奇跡は起きるものだと思わない?」


 僕って案外ロマンチストなんだよ、とマヒルが屈託なく笑う。


 “奇跡”。

 確かに、洋介がこのまま逃げ切る事の出来る確率は奇跡に近いだろう。


「早く僕をこの女から引き剥がして、消し去ってしまえばいい。まぁ、この女も道連れだけどね」


 当事者は口角を上げ、三日月のような口で嗤う。


 拓人は再び、マヒルにはまだ小さい子どもがいる事を思い出していた。

 そもそも、拓人はこの場に居る人物たちを殺す事に対して、拍手で賛成はしていない。


「そんなだから、“先代(てんさい)の搾りカス”なんて言われるんだよ」

「アホか! おからも酒粕も、めちゃくちゃ有能やろがい!!」


 洋介の言葉に被さる形で、祝が怒鳴った。と共に――かなり力を加減しているのであろう――ゲンコツがマヒルの脳を揺らす。

 女を殴る事に何の抵抗もない祝だからこその一撃。


 一歩、二歩とよろめいたマヒルだが、それでも洋介はマヒルの体に居座っている。


「その“先代(てんさい)の搾りカス”っちゅーんも、元はお前が言い出したんやろが!!」


 祝の暴露。

 拓人は特に驚きを見せる様子はない。

 大体の予想はついていたのだろう。


「拓人はほんと、大人しいイイコちゃんになったよね。もっと怒るかと思ったのに」


 洋介の発言に拓人は、まぁ本当の事だしな、と首を掻く。


 その反応が余程面白くなかったのだろう。

 洋介はマヒルの口角を吊り上げ、下卑た笑いと共に言葉を吐き出した。


「じゃあ、(さいかち)家を潰すように頼んだのが僕だって知ったら、怒ってくれるかな?」


 拓人の耳が小さく動いた。


「それを秀貴さんに頼んだのも僕だよ。身内相手だから断るかと思ったんだけど……まぁ、断れないよねー。あの人、自分に来た仕事は滅多に断らないからさ。っていうか、自分の所為で両親が死んだ、僕からの頼みなら尚更断れないよね」


 小さな成人女性が肩を震わせて笑っている。


 血が上っていく拓人の頭の片隅には、朱莉がここに居なくて良かった、という思いも浮上した。

 だがそれも、暗い意識の中へ溶けるように消えていく。


 この場に居る全員が、空気が至る所で弾けるのを肌で感じていた。


 それを視覚からも認識したのは、イツキだ。

 元々複雑な形状をしていた拓人のオーラが、(いろどり)を失って暗くなっている。

 それは、普段イツキが見ている世界のようだった。


 時間が止まってしまったのかと錯覚するほど、体が重く、動かない。

 飢えた肉食獣に出会った草食動物は、もしかしたらこんな感覚なのかもしれない――と、イツキは痺れる脳でそんな事を考えていた。

 

 すると唐突に、ふっと体が軽くなった。


 不思議に思ったイツキが拓人を見やると、彼の体を包むように留まっているオーラの色が元に戻っている。


 そんな拓人はというと、目を瞑って細く長く息を吐き出し――ゆっくり目を開いた。


「だからどーしたよ。オレのターゲットは洋介(おまえ)じゃねぇ」


 僅かに怒気を孕んでいるものの、落ち着いている。

 拓人の声を聞いた洋介は、嗤うのをやめた。


「随分とつまらない人間になっちゃったね。怒って周りに当たり散らしてた頃の君の方が、僕は好きだったな」

「そりゃ悪かったな」


 怒りの感情は抑えているが、眼光は鋭い。

 それは洋介が以前、睨んだだけで人が殺せると言い表した人物のようで。

 洋介はまた、マヒルの肩を震わせて嗤った。


「あはは……っ。でも、今ので確信したよ。君は結局、あいつの息子だね。それ、今まで隠してたの?」


 静電気を思わせる、可視化された火花のような電磁波を指差して言う。

 拓人は表情を変えず、別に、と呟くように質問に対する答えを述べ始めた。


「オレは親父と違って、常時百(パー)力を制御出来る。所詮は“搾りカス”だからな。|制御出来る程度の力しかねぇ《・・・・・・・・・・・・・》んだよ。只、それでもまだ完全に使いこなすトコまで辿り着けてねぇから、人前じゃ使わなかっただけだ」

「そう。じゃあ拓人は核兵器並みの電磁パルスを放出させたりは出来ないわけだ」


 にやりと笑うマヒルに、拓人も同じように笑い返す。


「それはどうかな」


 二人の不穏なやり取りに横やりを入れる事なく聞きに回っていたユウヤだったが、遂に痺れを切らせて叫んだ。


「てめぇ! つまり、ねーちゃんに憑りついた洋介って事か!!」


 指を差され、マヒルの丸い目が半分に細められた。


「さっきからずっとそう言ってるんだけど……。君、頭良いと思ってたけど、バカなんだね」

「バ……ッ!?」


 マヒルの顔でバカと言われたのが余程ショックだったのだろう。

 ユウヤは顔を真っ赤にして声を荒らげた。


「うるせぇ! 幽霊の分際で好き勝手しやがって! 早くねーちゃんから出ていけ!!」


 がなり立てるも、ユウヤには成す(すべ)がない。

 マヒルを攻撃するなど有り得ないし、除霊など出来るはずもなかった。


 洋介も、ユウヤの弱点がマヒルである事は知っている。

 知っているからこそ、マヒルに憑りついた。


「何も出来ないなら、黙って見ててくれるかなぁ?」


 マヒルが小さな手のひらを、真っ直ぐユウヤへ向ける。

 次の瞬間、ユウヤは後方へ吹っ飛んだ。

 そのままの勢いで廊下の壁に後頭部を強打し、その場へ崩れるように(うずくま)る。



 

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