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第五十二話『正義と矛盾』―6

 



 少しして、マヒルやイツキと入れ違う形で入って来た人物がいる。


「おーい。誰か居るかー?」


 一か所しかない出入口から聞こえた男の声に、ミコトの体と心臓が跳ね上がる。

 その足音はだんだん近付いてきて……、


「あ、やっぱ人が居た。えっと、四天王の人だよな?」


 現れたのは、白髪頭の青年。左目が前髪で隠れているが、とても整った顔をしている。カッコイイと評判のユウヤすら普通に思える程だ。

 大きなリュックを背負っていて、何食わぬ顔で地下牢のある場所まで入って来た。


 な、な、な、何よアンタ! と怯えているミコトだが、しっかりとコーセーを抱いて守っている。そのミコトと白髪青年の間に、黒猫が割って入った。


「よーっす、凌。久し振りだな」

「あ、お前尚巳か。深叉冴さんが黒猫になってるらしいっつってたけど、マジじゃんか」


 当たり前のように会話を始める一人と一匹に、ミコトは目を白黒させた。


「え、え……? どういう事? えっと……ナオミ君、(きみ)……」


 狼狽えるミコトに、尚巳が黒い眼を向ける。


「あ、心配しないで。ミコトさんとコーセー君はちゃんと逃がして――」

「ヤダー!! あたし、ナオミ君とお風呂とか入っちゃったじゃんー!!」


 首から上を真っ赤にして、脳天から蒸気まで噴出させながら、ミコトが叫んだ。


「え……?」


 凌と尚巳の声が重なった。

 ミコトは恥ずかしさのあまり、ずっときゃあきゃあ叫んでいる。


 尚巳はたじたじと前脚を片方上げた。


「ミコトさん、喋れるの……、っていうか、人間の意識があるの黙ってたのはホント謝るから……えっと、取り敢えず落ち着いてくれるかな?」


 騒ぎを聞きつけて、誰かが来ても厄介だ。

 ミコトは涙でアイラインをぐしゃぐしゃに滲ませたまま、叫ぶのをやめた。

 うぅ……死にたい。とは言っているが。


「君にはコーセー君を守る仕事があるんだから、死んじゃダメだろ」


 尚巳に指摘され、そーなんだけどぉ、とミコトは鼻声で答える。ミコトが、少し驚いているコーセーの頭を撫でている間に、尚巳は凌に訊ねた。


「何だ? そのリュック」

「洋介が逃げようとして用意してたモンだよ。あーっと、洋介は死んだんだけど、ちょっと面倒な事になってて――」

「洋介君、死んじゃったの!?」


 ミコトのあまりの驚きように尚巳は、この二人って仲良かったっけ? と思った。だが、今はそれよりも凌の言葉が気になり、続きを促すために視線を送る。


「洋介は《自化会》を裏切ってるからな。オレは《P・Co》の人間だけど、色々あって洋介殺害の依頼を受けてて……」

「んじゃ、お前の任務は終わりじゃんか」


 呑気な事を言う尚巳に、凌は天空にした説明と同じ事を繰り返す。


「え? え? じゃあ、洋介君まだ居るの?」


 ミコトは混乱しつつも、少しだけ表情を明るくした。

 当然のように話しているが、凌が尚巳に問う。


「何でこの人を逃がすんだ?」


 四天王といえば、敵の幹部だ。そんな重要人物を逃がすなど、通常では有り得ない。

 尚巳はミコトのブーツに前脚を置いて、凌の問いに答えた。


「この人は、おれの命の恩人だ。しかも、赤ちゃんも居る。この二人は逃がす」


 この言い方では、コーセーとミコトが親子だという誤解を生みそうだが、今はこれでいいと尚巳は思っている。

 《P・Co》では、子ども――特に赤子は最優先保護対象となっているからだ。それに、コーセーの実母は尚巳が既に《P✕P》へ(しら)せてある。

 尚巳の命の恩人……というくだりは正直凌の知った事ではない部分ではあるものの、凌はその事には触れずに唸っている。


「んじゃ《P・Co》で保護すりゃ……とはいかねぇよな。子どもはともかく、そっちのピンクの人は犯罪者なわけだし」


 凌は後頭部を掻き、分かった、と渋々言ってリュックを置いた。それにポンと手を乗せて、


「中身は確認してねーけど、逃げる為に荷造りしてたモンだから、何かしら入ってるだろ。ぶっちゃけ、オレの一存じゃ決めかねるんだけどなぁ」


 これが他に知れれば、大目玉だろう。出来れば責任は尚巳にだけ押し付けたいところだ。それでも一応、立場上凌は尚巳の上司になる。凌は、こういう場面で見て見ぬフリが出来る性格でもない。


 洋介の荷物をミコトの足元へ移動させると、凌はウサギ印の刻印が入ったスマホを取り出して電話をかけ始めた。

 相手は潤だ。

 お疲れ様です。急な話なんですが――。と、今の状況を簡潔に述べる相方の会話を三角耳で聞きながら、尚巳はミコトに丸い頭を下げた。


「騙すつもりはなかったんだ。ごめん」


 ペタンと伏せられた耳を見ると、ミコトはもう怒る事が出来なかった。

 コーセーを抱いたまま、黙って尚巳の言葉を聞いている。


「体育館裏に大人一人が出られる大きさの穴を作ってもらうから、そこから出てもらえ」


 凌の言葉に、ミコトのみならず尚巳も疑問符を出現させた。案外すんなり許可が下りたようだ。が、“大人一人が出られる大きさの穴”とは何の事か。と、一人と一匹は顔を見合わせている。


「あー、今、逃亡を防ぐ為にこの敷地をドーム状の植物が覆ってて……」


 説明しかけた凌だが、行ってみたら分かるから、と言葉を切り、早く行くよう促す。

 彼は彼で、洋介を見付けたくて気が急いているようだ。

 焦燥(しょうそう)している凌の元へ、何の前触れもなく天后が姿を現した。彼女も凌と同じように、少々焦りを浮かべた表情をしている。


 突如現れたスーツ姿の美女。それを、目を点にして見ているミコトはそのままに、凌は短く「上か?」と訊く。

 天后が頷くや否や、「んじゃ、仕事してくっから」と尚巳に言い残して、二人は走り去っていく。

 その後ろ姿を見送ると、今度は尚巳が、


「じゃ、行こうか」


 そう言って、ミコトを先導した。

 ミコトは一度コーセーを床へやり、大きなリュックを背負うとコーセーを抱き直して黒猫に続いた。




◇◆◇◆

 


 

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