第五十二話『正義と矛盾』―5
時は少し遡る。
洋介がミコトに取り憑いて、彼女の体を乗っ取ろうとしていた時だ。洋介はミコト目掛けて一直線に接近した。
ところが、彼女の体に入りかけた時……何かに突き飛ばされた。洋介は訳がわからず、首を捻る。
ミコトは洋介に気付いていない。
黒猫は洋介に黒い眼を向けて、なぁなぁ鳴いている。
(でも、彼じゃない)
黒猫の名前を聞いた時に思い出した。
“なおみ”。
男なのに女みたいな名前だと真っ先に思った。が、以前、祝に訊かれた拓人の相方の名前の答え。
それが彼だ。
まさかこんな所で猫にされているとは夢にも思わなかったが。
(彼は六合の実験で雪乃さんより後ろの番号だったから、何の能力も持っていないはず)
猫が何らかの特殊能力を持っている線は皆無に等しいだろう。
だとしたら……。
赤ん坊を見やる。
まだ自分の力で歩くことすら出来ない赤ん坊が、洋介を睨み付けていた。超能力を持つ両親から生まれたのだから、その子どもも何かしらの能力を有していても不思議ではない。
しかし、まだ自我があるかどうかも分からないような赤ん坊にそんな事が……?
そんな考えも浮上するが、洋介はコーセーを危険だと判断し、離脱したのだった。
そして現在。洋介は再び地下へ来ていた。二人の目的地がここだと分かっていれば、ついて来なかったかもしれない。
だが、今のコーセーは両親が目の前に居るからか、洋介の存在に気付いていないようだ。
洋介は、まだ出会って日の浅いこの家族を天井付近から観察する事にした。
コーセーはきゃっきゃと手を伸ばし、マヒルに手を握られている。
イツキはミコトに頭を下げた。
「ミコトにはこんな子どもを押し付けてしまって、本当に申し訳ないと思っているよ」
「そんな! イツキ様、顔をあげてよ! あたし、コーセーの事ちゃんと守るから! それで、全部終わったらあたしが引き寄せるから!」
ミコトは自分の胸元をこぶしでドンと叩いた。
「ミコトの能力は便利だけど、こっちは疲れるんだよなぁ。今も足がガクガクしてんぜ?」
マヒルの指の先には、確かに笑っている膝がある。
(もしかして、二人が全力で走ってたのって、ミコトさんの能力だったのかな?)
洋介は顎に手を当て、眼下の四人を眺める。ミコトの能力なのだとしたら、イツキが自分の能力を使って来なかったのにも納得がいく。
「っつーか、ミコトが敵の心臓を引き寄せりゃ、この件は終わると思うんだけどなぁ」
マヒルの発言には洋介も驚いた。ミコトは、体内にあるものまで“引き寄せる”事が出来るのだろうか――と。
そんな洋介よりも驚いているのは、ミコト本人だ。
「うっそ! ヤダヤダ! グローい! 無理! 前にヤクザの心臓引き寄せまくった時、あたし三日間ご飯食べられなかったんだからね!?」
今にも泣き出しそうなミコトにマヒルが折れ、
「わかった、わかった。もう言わねーから泣くな」
と、自身の体を少し浮かせてミコトの頭を撫でた。
「とにかく、ミコトはコーセー連れて早くこっから出ろ」
「うん。待っとく……」
「おう! 全部終わったらケータイに連絡入れっから。コーセーの事よろしく頼むわ」
号泣しながら頭を縦にブンブン振るミコトと、まだ紅葉ほどの大きさしかない手に別れを告げて、マヒルとイツキは地上へと戻った。
(今生の別れかもしれないのに、案外あっさりしたものなんだなぁ)
これなら、芹沢君の家の方が百倍楽しかったな。
少し物足りなさを感じながら、洋介はミコトに抱かれるコーセーをチラリと一瞥し、二人を追った。




