第五十二話『正義と矛盾』―3
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拓人は三階へ戻ってきた。
想像以上に対象と距離が開いてしまったので、“不動金縛りの法”は効力を失くしているだろう。その上、天空の土壁が破られていたらどうするか……という不安があったのだが、杞憂だったようだ。
天空はユウヤを閉じ込めている卵の形をした土の上にちょこんと座ったまま、拓人に手を振った。
『あらぁ。拓人、お帰りなさぁーい』
あの坊やはこの中よぉ! と腹に響く重低音で拓人を迎える。
「悪ぃな。寂しくなかったか?」
茶化し半分で問えば、白骨は両手を広げた。
『あぁん! もう! 拓人、好き! 勿論、寂しかったわよぉお!』
「ははは」
尻尾を振って主人を迎える犬ってこんな感じなんだろーなー、と。拓人は手乗りフィギュアサイズの骸骨を肩に乗せた。
天空がノリノリで、ちちんぷいぷい! と土卵へ白い人差し指を向ける。
桃太郎でも生まれそうな形に割れた土卵だが……、中には何も居なかった。
床にぽっかりと穴があいている。
天空は、骨の表面に汗らしき何かをだらだら流して固まった。
「おい……」
天空の声にも負けない、低い声が天空の骨全体を震わせる。
「てめぇ……この穴があく音に気付かなかったのか?」
しゃれこうべを鷲掴みにして圧力をかけると、骨がミシミシと軋みだし――、
『ご、ごめんなしゃい……ゆるひへ……』
バキンッ。
天空の頭部が砕けた。
かと思うと、欠片がくっつき自動的に再生する。
「くっそ。追うぞ!」
『ふぇええん。ごめんなさぁあい』
ユウヤが空けた穴へ飛び込む。
拓人も下階に居ながら、穴があくほど大きな音に気付けなかった。更に、二階を通過した際、天井に穴はあいていなかった。階段を上がっている時、祝が暴れる音に紛れたのだろうか。
タン、と二階の廊下に着地した時、丁度ユウヤと祝が対峙していた。
先程はまだらだった廊下の床に、赤い膜が張っている。教室側の壁を見ると、雑巾のように絞られた人間らしきものがふたつ転がっていた。白い骨が何本も突き出ている。
「生で見るとえげつないな」
『冷静に何言ってるのよ! 祝ちゃんがピンチじゃないの!』
天空がてしてし叩くが、拓人は気にせず左手を掲げた。
げっホモピアスのにーちゃんが来た! とか何とか言っているユウヤの足の下から土壁を形成し、今度はキューブ型にして閉じ込めた。
「おーい、祝。無事かー?」
パシャパシャ音を立て赤い液体を撥ねながら祝へ近付く。天空は念の為、立方体の上にちょこんと座った。
今度は任せて! 白骨の顔には、そう書いてある。
祝はほぼ無傷。というか、血色が良く、肌がつやつやしているように見える。
返り体液を全身に浴びているとは思えない程、清々しい笑顔で拓人に向かって手を上げた。
「おー、拓! この腕めっちゃええわぁ! 力加減がまだムズイんやけどなぁ!」
久々に暴れられて、ご満悦だ。
「うん、祝。今の状況な、翔よりヒデェかもしんねーぞ」
「うせやん!!」
血色の良かった顔を絶望色に染め、祝は叫んだ。
周りはひどい有様だが、急いで用意した腕も使えているようで拓人は安心する。
「そういやその腕、モーター音みたいのがするけど、動力って何なんだ?」
「あれ? 拓なら気付くと思たんやけど」
祝の腕の表面がパカッと開き、第二の外壁ともいえる部分が露わになる。精密な内部を守る為に二重構造となっているのだろう。
その湾曲した金属のすべらかな板には、『急急如律令』と刻印されており、それが発光している。つまり、動力源は祝の式神。
「あー。光宮か。そりゃ無限電力だもんな」
「そやねん。今まではノーパソの電源になってもろとったけど、今は腕の動力源や」
パコン、と腕を閉じ、両腕を曲げ伸ばしして見せる。
「でも祝。どっちにしろお前、これだと近接戦になんだろ? ユウヤとは相性悪いんじゃね?」
「相性悪いゆうて逃げるんは嫌やぞ。壊れたら壊れた時や!」
変なエンジンが掛かっている祝に、拓人は苦笑する。
それ、オレが用意したんだけどな……。呟いてから、まぁいっか、と肩を竦めた。
「壊れたら今度は自分で修理費出せよ」
「わーっとるわい!」
粗悪な了承を得たところで、拓人は再度肩を竦める。
「んじゃ、中坊解放すっか」
土のキューブに乗っている天空にジェスチャーで合図を送った。
中でユウヤが土壁を崩そうとしていたらしい。天空がキューブを開放し、土壁の崩れた部分が渦を巻き、そして――




