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世界の平和より自分の平和  作者: 三ツ葉きあ
第一章『鳥人間と愉快な――』
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第七話『東からいずる太陽と鳥頭』―3


「あ」


 翔と洋介の声が被った。


「あ?」


 祝はパソコンから視線を上げて翔の姿をひと目確認すると、すぐにパソコンへ視線を移した。


「洋介さんに祝さん、こんにちは!」


 東陽の元気な声が食堂に響く。

 洋介が、東陽に向かってにっこり笑う。


「元気だね。えっと、《A級》の……」

「後藤東陽です! 翔さんと同じEグループです。翔さん、あまり本部の中を知らないらしいので、案内をしているんです」


挿絵(By みてみん)


「そっか。良かったね、翔。可愛い後輩が出来て」

「あ……うん……」


 『可愛い後輩』という表現になんだかむず痒さを感じながら、返事をした。

 にこやかに話し掛けてくれるので、翔としては話しやすい。

 助かる存在だ。とは、思っている。


「で、Eグループは集会とかしないの? 今日は千晶のBと拓人のDが地下の狙撃訓練場を使ってるけど」

「今日は秀貴、用事あるから。明日格技場、使う予定……」

「そう。怪我しないように……って、翔には必要ない心配だろうけど……」


「ちゃうやろ洋介。そこは『怪我させないように』やで」


 洋介と翔の会話をパソコン越しに聞いていた祝が、視線は画面のまま呟いた。


「……うん、気を付ける……」


「気を付けてどうにかなるんなら、拓も怪我せん筈やろ。この前、またバンソーコーだらけんなとったやん」


「こーら、祝。翔もわざとじゃないから」

「わざとやなかったら、何してもええんか?」


 洋介が祝の肩に手を置いて(なだ)めるが、祝に即行掃い落された。

 祝はパソコンを閉じると、初めて翔の方を見た。


「俺は、お前の事まだ許してへんからな。俺は無差別殺人がいっちゃん嫌いなんや」

「……ごめん」


「俺に謝んな。けたくそ悪い。んじゃな、洋介。ごちそーさん」

 パソコンを小脇に抱え、祝はその場を後にした。




「あ、東陽……だっけ? ごめんね。祝って普段素っ気無いし、ガラ悪いし、翔の事となるとあんな感じだけど、根は良い奴だから」


 洋介が申し訳程度のフォローをする。

 東陽は乾いた笑いを浮かべていた。


「……ホントに俺が悪いから、仕方ない……」


 翔が、軽く溜め息を吐く。


「翔も反省してるのにね」

「反省したって、死んだ人は生き返らないよ」


 ひとり、例外が身近に居るが。

 生き返っているわけではないので、除外する。


「翔ってホント、不器用っていうか、生きるの下手っていうか……バカ正直っていうか……バカっていうか……鳥頭っていうか……」


「つまり、バカって事だよね?」


 洋介の言葉に、翔が半眼で返す。


「うん。翔とこんな風に会話できる日が来るなんて、なんだか嬉しいね」

「ホントにそう思ってる?」


「勿論。ちょっと前まで、死んだように生きてたのにね。言葉のキャッチボールが出来て嬉しいよ。まぁ、祝はあんな調子だけど。今は翔のお陰で助かってる命もたくさんあるしね」


「そう……なら良いんだけど」


「あ、そうだ。翔は食堂初めてなんだよね? 何か作るから、メニュー表から何でも言ってよ。東陽も、ゆっくりしていって」

「あ、僕が作りますよ」


 東陽が身を乗り出すが、洋介は掌で制した。


「良いから、良いから。僕、ここで飲み物作るの好きなんだよねー。まぁ、大半が容器移すだけだけどー」


 鼻歌交じりでカウンター裏へ回る洋介。


 メニュー表を見ていた翔が「オレンジジュース」、東陽はメニューを見ずに「じゃあ、僕はグレープフルーツで」と頼むと、洋介が「了解」とグラスを用意し始めた。


 翔が「あ」と声を漏らす。


「洋介……俺には良いけど、東陽に毒を盛らないでね」

「え……」


 東陽がきょとんと目を丸くする。


 カウンター裏から、ガッチャンガッチャンとガラスのぶつかる、賑やかな音が聞こえてきた。


 カウンターにすがり付くようにして、洋介が顔を覗かせる。


「ななな何言ってるんだい! 僕が毒を盛るのは、寿途だけだよ!」

「寿途さんには盛ってるんですか……」


 東陽が顔を引き攣らせる。


「前は俺にも盛ってたよ」


 翔が言うと、グレープフルーツジュースの紙パック容器を手に持った洋介が「ちょっと!」と割って入った。


「昔の話は止めてよ! 今は何もしてないだろ?!」

「あ、寿途さんに関しては否定しないんですね……」

「寿途に関しては、現在進行形で本当の事だからね!」


 グラスに注がれたオレンジジュースとグレープフルーツジュースを両手に持ち、洋介が堂々と肯定した。


「はーい、お待たせ。ここで飲み物入れると、喫茶店でバイトしてるみたいで楽しいんだよね」


 テーブルにグラスとストローを置き、洋介は踵を返した。


「じゃあ、僕は部屋に戻るよ。ゆっくりしていってね」


 ヒラヒラと手を振りながら、洋介は振り返らずにその場を後にした。


 扉の閉まる音を聞き届け、東陽がグラスにストローを差しながら、くすりと笑う。


「洋介さんも、凄い変人って噂があったけど実際話すと良い人ですね」

「……良い人、かな? ……変人も間違いじゃないと思うけど」


 翔はオレンジジュースを吸い上げながら、唸った。


「翔さんって結構毒舌……あ、いや、素直な方ですね」

「……思ったことそのまま言っちゃうから。嘘、つけないんだ……すぐにバレるし」


「裏表ない人って、僕は好きですよ」


 にこにこと屈託のない笑みを向けられ、翔は思わず視線を逸らした。


「そう……ありがと」


 大きな四角い氷が、カランと音を立ててオレンジジュースを少し薄める。


「ところで」


 東陽が、ジュースの入ったグラスを持ったまま身を乗り出してきた。

 東陽の身体が近付いた分、翔が反射的に後ろへ仰け反る。


「何?」


 翔の反応は気にせず、東陽が続けた。


「翔さんって、どうやってあんな綺麗な奥さんと出会ったんですか?」

「は……?」


 間の抜けた声で返されても、東洋は整った顔を翔へ向けたまま動かない。


「どう……やって?」


 記憶をたどる。

 記憶にない。


 気付いた時には目の前に居て、よくわからない契約書にサインを求められた。

 内容を確認する前に、半ば無理矢理脅されてサインをさせられた。

 後々契約書の内容を読んでみると、将来結婚するという旨が書かれていた。


 それだけだ。

 それだけで、今は一緒に住んでいる。


 確かに、光は美人だ。

 見た目に拘りはないし、そういう事に関しては疎い自覚もある。

 だが、綺麗だな。とは思う。


 しかし、だからといって自分にとって特別かと問われれば……正直なところ、そんな感情もない。


「よくわからない」


 東陽がきょとんとしてしまっているが、本当のことなので仕方がない。


「俺が初めて光さんに会ったのは、光さんの家だったけど……光さんはもっと前から俺の事、知ってたみたい」


 ストローに口をつけ、オレンジジュースを飲み込んだ。

 東陽は未だにきょとんと、翔のことを見ている。


「…………」


 妙な沈黙に、東陽を見やる。

 彼は小さく「そうなんですか」と呟いて、再び愛想の良い笑みを翔に向けてきた。


「僕、不器用で武器とか上手く扱えないし……でも、お仕事はちゃんとしたいから、会長の進めていた研究の人体実験に志願したんです」


 そういえば、昨日の会議でそんな話をしていたことを思い出す。


 超能力とひと言で言っても多種多様で、翔の知らないものも多い。

 念動力は比較的有名なので知っているが、実際に見たことはなかった。


 東陽が手をかざすと、グレープフルーツジュースが紐状になってガラスコップから飛び出した。

 重力に逆らったそれは、空中で円を描いている。


「見える範囲のものしか動かせないんですけど、こんなふうに液体も動かせるんですよ」


 翔は口を半開きにして、目の前にある輪っかを眺めている。


「凄いね。ゼリーみたい」

「これが弾状に出来て、更に高速で飛ばせることが出来れば良い武器になるんですけどね。僕じゃそこまで扱いきれなくて……」


 はにかみながら、東陽はコップへジュースを戻した。


「空気とか……気体は動かせるの?」


 翔の問いに、東陽は苦笑で返す。


「見えないから、動くイメージが掴めなくて……動かせたことがないんですよ」

「酸素が操れたら、最強だよね。俺の火だって、酸素がなかったら点かないんだし」


 何気なく口にしたが、実際にそうなれば……とんでもない。


 酸素が無ければ、翔も流石に死ぬ。

 酸素で結合している物質――例えば、コンクリートなどがある。それらは分解し、塵となる。


 気圧の変化も自由自在――なんてことになれば、『最強』などとひと言では片付けられないほどの脅威になる。


 ともあれ、世に現存する念動力者にそこまでの者が居るとは聞いたことがない。


 翔は思考を別へ移した。


「俺って、自化会に入ってまだ一年半くらいだからよく分からないんだけど、東陽は最初から《A級》に居たの?」


「いえ、会長に施術されるまでは《B級》に居ました。災害時の復興ボランティアや、簡単な除霊活動です。入会当初から《S級》以上に居るのは、翔さんと寿途さんだけですよ。しかもお二人とも最初から《SS級》ですもんね。凄いです!」


「俺と寿途の場合は、『凄い』んじゃなくて『厄介』だから、収まるところに収まってるっていう感じだと思うんだよね。……あ……いや……」


 寿途を自分と同じに考えるのは、彼に対して失礼か。

 何せ、彼はちゃんと力が制御出来ている。

 組み込まれている式神の遺伝子分が翔より少ないのも理由のひとつだが、寿途は努力家だ。

 そこが、翔とは大きく違うところだった。


「寿途は、『厄介』じゃなくて『優秀』だから……だね」


 言い直すと、翔は溜め息をする代わりに、大分薄まったオレンジジュースを飲み込んだ。


「でも、翔さんも強いでしょう?」


 東陽が訊く。


 翔は少し考えて、頷いた。


「強いよ。……一瞬で人間を数人、蒸発させるくらいには……」


 呟くと、翔は空になったグラスに手を合わせる。

 そして、東陽へ向き直った。


「ところで俺、訓練場とかよく知らないから、場所を教えてほしいんだけど……良いかな?」

「勿論です! 地下と一階に点在しているので、近い場所から回りましょう!」


 元気のよい東陽の声に反比例して、翔は小さく「ありがとう」と礼を述べた。




余談ですが、東陽の名前の第二候補は『暁』でした。


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