第五十一話『トラウマ』―5
翔は屋上から飛び降りて、少しだけ学校を空中から眺めていた。
光に早く会いたい気持ちも勿論あるが、翔は学校という場所が好きだ。
今までの翔は記憶力が乏しく、勉学については正直「意味あるの?」くらいにしか思っていなかった。
だが、多くの人が集まり、一緒に何かをするというのは、嫌いではない。
人間――特に日本人は、幼少期から集団で行動する環境に居る。だからこそ、人と人との関わりの中で争いも起きる。
翔は、ユウヤが屋上から降りていくのを視界の端で捉えながら、中庭の上で宙返りをした。
(どの学校も中庭ってあるのかな)
自分の通う高校にはある。通っていた中学校にもあった。
昔はここで、子どもたちがケンカや、走ったり遊んだりしていたのだろう。
つい先日、拓人たちと弁当を食べた時の事を思い出した。
ここに通っていた子どもたちもそんな事をしていたのだろうかと思いを馳せる。が、小学校は義務教育だから給食か、と気付き、苦笑した。
視線を空へ移す。頬に冷たいものが当たった。
(世界征服かー……)
“世界”を見たことの無い翔には、まさに雲の上の話。さっき出会ったユウヤも、話してみれば普通の少年のように思えた。
(洋介と違って裏表のない感じがして、俺は好きなんだけどな)
翔はぼんやりと思ったが、思ったところで、きっと仲間にはなれないのだろう。
だって、みんな、ここのヒトたちをやっつけに来たんだもんね。
と、翔は顎へ手を添え、少しだけ唸った。
謙冴は《天神と虎》の事を自称“自警団”だと言った。普通に考えれば、これは一般人を守るための組織だ。だが、《天神と虎》は違う。
(一般人から自分たちを守るための組織……かな)
自分なりに考えた末の答えだった。
会議で拓人は言っていた。《自化会》は元々、弱者を守るための組織なのだと。
公人には成し得ない手段で一般人の悩みを解決する。それが信条として掲げられていた……らしい。
翔は《自化会》の事を『少し派手な仕置き人』と認識していたので、全く知らなかったのだが。
どちらにしても、やり方自体は胸を張れるものではない。それでも……、
(どっちかっていうと、《自化会》の方がマシ……かな?)
そんな考えに辿り着いた時、校庭で雪乃が蔓と化した髪で敷地を覆っているのが見えた。その前に潤が立ち、周りを泰騎がぴょんぴょん飛び跳ねている。
一見すると遊んでいるように思える泰騎の姿だが、その周りには様々な色の液体が散り、屍が増えていく。
その様子を眺めていると、自然と笑みが零れた。
「俺の周りは強いヒトが多いから、楽しいや」
呟くと、翔は光の居る場所を探すため、そのまま三階まで降下した。