表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
237/280

第五十一話『トラウマ』―3

◇◆◇◆



「夜逃げですか?」


 まだ昼間と言える時間に、そんな質問を投げ掛けた。

 大きなリュックを背負ってコソコソしていれば、そんな風にも見えてしまう。


 芹沢凌は人の形になった天后を後ろに控えさせ、理科室から出ようとしていた人物を見据えた。

 最後に見た時は乱れていた髪だったが、今は初めて会った時と同じようにオールバックで整えられている。

 エメラルドのような色をした瞳が一度凌を映して、瞬きで閉ざされた。


「やぁ、凌君。こんな所にまで僕の事を追って来たのかい? 僕って隅に置けないなぁ」


 ヘラヘラとそんな事を言える鋼のメンタルを見せる。

 只のバカなのか、おどけて見せる裏では何か算段があるのか……。相変わらず読めない男だ。と凌は思う。


(この人、《自化会》の会長と似た者同士なんじゃね?)


 怪しい所が無いか観察する。首輪はしていない。服装は《自化会》から逃げた時のまま。

 リュックの中に何が入っているのかは気になるところだが、見えるところにはこれといって興味を誘うものはない。


 ふと実験用の机を見やると、黒いプラスチックのようなものが解体(バラ)した状態で放置されていた。首輪よりひと回り小さい。

 合成生物(キメラ)装着()けられていたものと同系統のものだとすると、GPSや起爆剤などが入っていたのだろう。

 本格的に逃亡を謀っていたようだ。


「間に合って良かった」


 思わず口からこぼれ出た。


「凌、ここにキメラは居ないみたいだけど、さっさとやっちゃった方が良いわよ」


 背後から聞こえる水神の声は、冷ややかなものだ。よく澄んだ海のように透明感のある青かかった髪を弄んでいる。

 洋介は自分の式神――シロクマのシロ――を出しはしない。


「神様っていうのは、どいつもこいつも自分勝手だよね」


 誰の事を頭に浮かべているのか、洋介がそんな事を呟いた。

 それに反応したのは天后だ。

 彼女は一瞬姿を消し、洋介のすぐ隣へ現れた。


「あたしは水神サマだけど、何もこの世の全ての水を司ってるわけじゃないの。西洋――欧州で言う、精霊のようなものよ」


 ま、偉い事に変わりはないけどねー。と、洋介の首へ腕を回す。


「美女に接近されるのは嬉しいけど、出来れば人間が良いな」

「あら残念」


 と言いながらも、離れない。


「ねーえ、凌。このままこの子の首、かっ切ってやりましょうか?」


 ここへ来て、初めて洋介の顔が強張った。


「オレのターゲットを勝手に殺すな」


 凌に一蹴され、はぁい、と残念そうに天后の細い手が離れる。


「キリル・スミルノフに渡したいものがあるんだ」


 凌はジャケットの内ポケットから、洋型2号の茶封筒を取り出した。それを、洋介が居る近くの机へ投げる。

 ビックリ箱ならぬビックリ封筒じゃないよね? と確認する洋介に凌は、只の封筒だ、と真面目に返答する。


 中身は三枚の写真だった。

 銀髪に緑の瞳を持つ男性と、黒髪に深い茶色の瞳を持つ女性が一枚ずつ。二人ともスーツ姿で、証明写真のようだ。

 もう一枚は、やっと立ち始めた頃かという乳幼児を中心に、両隣でしゃがんで笑っている二人。こちらは私服姿だ。

 乳幼児は二人の子どもだろう。父親の遺伝子を濃く受け継いだ髪と瞳の色をしており、目元は母親に似ている。

 背後には背の高い針葉樹と雪だるま、そして煙突のある家が写っている。


「今回の事を社長に報告したら、アンタに渡してくれって頼まれたんだ。ウチの社長、社員の遺留品を捨てらんない人でな」

「……そうかい……」


 洋介は写真を封筒へ戻すと、リュックの外ポケットへ滑り込ませた。


「まぁいいや。ロシアに居る祖父母に、良いお土産が出来たって事にしとくよ」


 故郷(ロシア)へ帰るつもりらしい。

 追い詰められているというのに、洋介は笑顔のまま続ける。


「僕も、君の秘密を知ってるんだよ。芹沢(せりさわ)凌君」


 その言葉に、凌と天后は同じようにキョトンとして洋介を見た。その表情を、すぐに怪訝なものへ変える。

 洋介は言葉を続けた。


「実は、君に会うのは今回の件が初めてじゃないんだ」

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ