第五十一話『トラウマ』―1
二階には祝が居る。逆に言えば、祝しか居ない。
(翔が居るかもだけど、その筋は薄いかな)
階段を上がりきり、廊下へ目をやる。
拓人は二階の様子を一瞬だけ見るつもりだったのだが……あまりの光景に、数秒足が止まった。
◇◆◇◆
時は遡り、拓人が初めてユウヤと言葉を交わしていた頃――。
何かの気配を感じ、祝は横へ跳んだ。
しかし、着地した先にも見えない何かが居る。
そう感じ取ったや否や、腕を横へ振った。
すると、手応えと共に、ギェッと濁声が上がった。
腕に付着した体液を振り払ったのと同時に、ドサッと人の形をした何かが倒れた。体格は女性のものだ。
背中はグソクムシのように立派な甲殻に覆われている。
しかし、グソクムシは入手が難しいので、合成元はきっとダンゴムシだろう。
額から長い触覚が二本伸びているが、祝には何の虫のものか分からない。
祝が倒れた女の事を”ダンゴムシと何かのキメラ”と認識した刹那、何者かに後ろから羽交い絞めにされた。
ぞくぞくと肌が粟立つのを振り払うように、文字通り肘鉄を喰らわせる。
少し力を入れただけで、合成生物は腹に穴を空けた状態で吹き飛び、壁にぶつかって倒れた。
「……また女かいな」
髪の長い女だった。服も着ている。
ただ、体は人間のものがベースで指先が丸っこく、吸盤のようになっている。カエルによく見られる形だ。
またすぐに複数の“何か”を感じた。
姿は消せても足音までは消せていない。
姿の見えない“何か”に囲まれている事は、耳と肌が感じ取っている。
「……まさか、また女やないやろな……」
祝の背筋を冷たいものが伝う。
顔色を悪くする祝に、アキトは両手を広げて語った。
「オイん島やち、昔っから伝わる秘術があるっちゃね」
意味深な含み笑いを向ける。
キツネのように細くつり上がっているアキトの目が、カッと見開いた。
「術をかけた生物の交尾を促すっちゅー、食料確保の為の秘じゅ――」
「何やその、ネット広告に出てくるエロ漫画みたいな秘術は!?」
たまらずツッコむ。
アキトは憂いを帯びた吐息を溢した。
「悲しいかな、人間相手には使えんっちぃよ」
これが女に使えりゃ、ワイはハーレムが作れるんに……。
喉の奥から絞り出すように言いながら、アキトは握った拳をわなわなと震えさせている。涙まで流して。
「食料用の家畜を絶やさんようにち生み出された秘術やけ、人間には使えんよぉなっちゅ――」
「うっさいわボケェ!! っちゅーか、そんならおれが対象っちゅーんもおかしいやろが!」
血塗れになりながら、鬼の形相で祝が叫んだ。
心なしか、祝も泣きそうな顔をしている。
「いやぁー。人間に直接術を掛けるんは無理ちけど、相手は人間でも構わんっちゃね。異種交配させてライガー的な生物を作っちゃぁ、村長がボロ儲けしとったち話ば聞いたっちゃね」
九州へ航るまで通貨の存在をろくに知らなかったアキトだが、島と外との交流はあったらしい。
その後、村長とやらがどこかへ連れていかれて、そのまま帰って来なかった事まで語られた。
「この前なんてケッサクでさぁ。雄の飼い犬と野犬、合わせて十匹くらいにチンピラのにぃちゃん襲わせてたんだぜぇ」
マジ外道の所業な! とゴロウが笑っている。
それを聞いた祝はあからさまに口角を痙攣させた。
うっかり想像してしまい、後悔しているようだ。
そんな祝を、また悪寒が襲う。
何かにのし掛かられたらしく、一気に重くなった体と――全身に鳥肌が立った。
「うぎゃああああっ!!」
絶叫と共に、容赦なく鉄拳を喰らわせた。
赤や緑の飛沫を上げながら、女の合成生物が次々と倒れていく。




