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第五十話『カチコミ』―5

  



 ユウヤは地下だと言ったが、目的の人物――否、合成生物(キメラ)は一階に居た。

 人間の面影は、本当に(かお)くらいのもので……、体に人間の部位は無く、黄色に黒いブチのような模様の足が八本、体を支えている。

 その上にある胴体は人間のものより長く、ゴルフボール程の大きさの球体が二列に四対並び、その下――人間いうと腹部辺り――には、円形の穴があいている。

 その奥には、無数の尖った歯が見えた。


 見た目の特徴から、合成元を導き出す。


(ヒョウモンダコとヤツメウナギか!)


 見た目のインパクトもさることながら……何年も乾ききる事のない海辺の洞窟の中のような、凝縮された磯の刺激臭が十数メートル離れている拓人の嗅覚を突き刺した。


(……マジかよ……)


 走って近付くにつれ、当然だが悪臭は濃くなる。


「拓人さん!?」


 ヒトの見た目をしていないソレは、拓人に向かって、悲痛にも思える声と涙目を向けてきた。






 変わり果てた姿となった浩司だが、自我はあるらしい。

 それが、逆に気の毒になってくる。

 首には、他の合成生物(キメラ)同様の首輪。

 瀬奈と澄人が廊下に突っ伏して倒れているものの、ふたりに外傷らしいものは見当たらない。


「浩司……おま……」


 喋ろうと口を開くも、胃液が込み上げてきて、咄嗟にハンカチで口を押えた。

 首から上だけが浩司の姿をした生物が、涙を流して(こうべ)を垂れる。


「すみません、俺、この姿になって、色々気付いて……あや、謝りたくて……。千晶さんの事、テンパって撃っちまったし、副会長にも、酷い事、言っちまったし……あの、俺……」

「浩司は強いな」


 嗚咽する後輩を前に、拓人はぽつりと言葉を溢した。

 ハンカチの奥で呟かれた言葉は浩司の耳には届かなかったようだが、拓人は呼吸をひとつ挟み、ハンカチを外して続ける。


「オレはその事に気付くのに三年近く掛かったのに、浩司は一日で気付けたんだ。すげーよ」


 浩司は何の事か理解が出来ず、顔はくしゃくしゃのままで涙を引っ込めた。

 油断をすると決壊しそうになる涙腺を必死で()き止めている。

 そんな顔で、耳を傾けていた。


「正直、お前には生きててほしいんだ。でも、そうもいかない」


 同じ組織の人間を殺して逃げた人物を、そのままにしてはおけない。

 そんな事は浩司も重々承知している。


「大丈夫。もう逃げません。お世話になった拓人さんにまで迷惑かけたくないです。それに俺、今のこの姿、大嫌いなんで……だから、早く殺――」


 ドン――ッ!


 浩司が全て言い切るよりも早く、彼が装着していた首輪が爆発した。

 咄嗟に自分の前に土壁を作り、姿勢を低くして受け身をとった拓人は無事だったが――拓人が土壁から顔を覗かせた時、浩司だったものは窓や天井、廊下に飛散していた。


 ある意味でいえば、見慣れた光景。

 だが、コレは後輩だ。


「浩司……」


 あまりの惨劇に、たまらず名を呼ぶ。


『はい。何でしょう』


 半透明の浩司が、ひょっこりと拓人の視界に現れた。

 拓人の、込み上げていた吐き気と涙が一気に引く。


『全裸で超ハズいんですけど、キメラの状態じゃなくて良かったっス』


 浩司は両手で股間を隠しつつ、安堵の息を吐いている。


「えっと……そっか、霊体な。うん。そうだよな。こんな状態で死んだら、そんなすぐ成仏出来ねーよな……」


 霊視できる人物は、死後、こうして留まる事が多いのは、拓人もよく知るところである。

 拓人は拓人で、感情が現実に追い付いてこない。

 別段ソコを見ようとしたわけではないが、股間を押さえている手に目が行った。


「あれ……ところで浩司、その指……」

『ああーっ! 気にしないでください!』


 何故か慌てる浩司だが、余計な詮索はやめておこうと、拓人も話題を変える。


「取り敢えず、瀬奈と澄人を起こして……浩司は二人についててやってくれ」

『澄人さんは良いですけど、瀬奈は女子っスよ? 俺、全裸なんスけど……』

「文句言ったら、瀬奈は朱莉と合流させりゃ良い」


 スタスタ歩く拓人の後ろに隠れるように、浩司は浮遊しついていく。

 拓人に揺さぶられ、二人は目を覚ました。

 途端に、大声で騒ぎ出す。


「拓人さん! マジモンの化け物が! B級SF映画に出てくるような、キッショイ化け物が居たんですよ!」

「何か、気ィ失うくらい臭かったんですけどぉ~!!」


 二人に迫られ、そこらじゅうに散らばっている肉片を指差す。

 次に、後ろに居る浩司を指差した。

 その更に後ろをタコとウナギが過った気がするが、それは無視する。


「こういうこった」

「どーいう事なんですか!?」

「浩司君、裸じゃん! 何で!? っていうか、死んだの!?」


 目を見開いて指差す瀬奈に、浩司は渋い顔になる。

 かくかくしかじかと話をし、ふたりも現状を把握した。


「その首輪、生きてる時も爆発するんだ。こわぁー」


 澄人が顔を青くして言った。


「前に光さんの兄貴が『空を飛んでたモシラが爆散した』つってたのは、こういう事だったんだろうな」


 遠隔操作で起爆させたのだろう。


『俺、死ぬなら拓人さんに引導を渡してほしかったです』


 心底残念がっている浩司に、拓人は眼を伏せる。

 嬉しさと悔しさと怒りと悲しみと……感情が交錯してまとまらない頭を横に振った。

 溜め息にも似た吐息をひとつ落とす。


「どっちにしても、オレ的には今浩司を殺すのは避けたかった。から…………けど…………、まぁ、後輩を殺されたからにはちゃんとケジメつけとかねぇとな」


 会長から殺害命令が出てはいたが、拓人は元々、そんなものに従う気はなかった。

 殺害をするにしても、そんな事は捕縛後にいつでも出来る。

 それくらいは出来ると、自負していた。


「オレはユウヤんトコ行くから、三人は引き続き一階を頼む」


 浩司の激臭によってこの場から逃げていたらしい合成生物(キメラ)たちが、わらわらと姿を現した。

 どの合成生物(キメラ)たちも、複数の虫と人間が合わさったもののように見える。


「あれぇ? なんかぁ、フツーに見えるんですケドぉー」


 瀬奈が二本の指でトリガーを引きながら言った。


「薬が切れたんだろ。しかも、昨日今日作った薬だ。だとしたら、そんなに量産もされてねぇだろうよ」


 以前、見えない敵がいる事前提で行動はしなければならないが、見える敵も増えるという事だ。

 姿が見えればこっちのものだ。と言わんばかりに、合成生物(キメラ)たちが一体、また一体と銃弾によって倒れていく。

 増える合成生物(キメラ)の屍を眺めながら、自分の渡した護符も効果を発揮している事を確認し、拓人は階段を駆け上がった。



 



 

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