第五十話『カチコミ』―4
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「あんたらが四天王? 思うたより普通やん。おれは《自化会》の安宮祝や。よろしゅう」
『四天王』で吹き出しそうになるのを我慢して、祝は挨拶を済ませた。
「こりゃご丁寧にあいがてぇね! ワイは《天神と虎》赤の四天王アキト! よろしゅ!」
「ってアキト、なに呑気に自己紹介してんだよ。早く殺んねーとユウヤに殺されんぜー」
それもそうっちゃね! と慌てるアキトが、ゴロウあいがて! と言っているので、黄色い方はゴロウというのだろう。
見たところ、年齢は自分と同じか少し上といった感じだ。
祝は二人を観察しながら、うずうずしていた。
監禁された挙句両腕を切断され、新しい腕が手に入ったは良いが、これがなかなか――
(重いわ……)
基本的にカーボンを使用しているらしいこの腕。
それでは強度に問題があるからと、聞いた事のないカタカナの金属名をつらつら並べて説明された事を思い出す。
腕が神経と繋がったのは、朝方だった。
正直、今はぐっすり眠りたい。
だが――
「おれ、自粛期間が長うてな。暴れとうて仕方なかったんや。ストレス解消させてぇな」
今は動きたいという欲の方が強かった。
今日イチの笑顔で二人に告げるも、赤と黄色のオーバーオールは動かない。
どう動くか考えあぐねているのか、単に死合い慣れていないだけなのか。
(まぁ、どっちでもええわ)
祝はトンッとつま先で廊下を蹴り、階段を数段飛ばして二階へ上がる。
アキトとゴロウは咄嗟に飛び退いた。
「てげぇよゴロウ。身体能力えげつねぇっちゃ」
「でも、あいつの腕見てみろよ。金属はオレにとって好都合だって!」
ゴロウは手袋を外し、祝に向かって両手を突き出した。
「喰らえ! “メガトン・ザラッ破”!!」
「何やその、きょうび幼児向けマンガでも出てこぉへん必殺技名はッ!?」
すかさずツッコミながら、祝が横へ跳ぶ。
すると、祝の元居た場所の背後にあった窓のサッシが赤茶色に変色した。
表面はザラついている。
「ザラッパ……って、……錆びか!」
祝の顔が、二人に出会ってから初めて引き攣る。
「そーだ! オレの手汗の塩分濃度は金属を一瞬で錆びさせる事が出来るんだぜぇ!」
「手汗!? 塩分!? 何やそれ!!」
あまりにもショッキングな体質に、祝のツッコミが止まらない。
それにアキトが頬を掻く。
「なま……正確には、金属を瞬時にイオン化させて金属の性質自体変化させちゅー体質なんばとけんね。ゴロウは塩化マグネシウムの分泌量が――」
「もうええ! 説明が長いんじゃボケェ!! この際、体質の説明なんぞ要らんわ!!」
関西人の性か……全力で応じてしまい、祝の息が上がる。
(いや、おれは兵庫県出身であって、大阪人やないんやぞ……何で全力でツッコまなあかんのや……)
大阪府民全員がお笑い体質だというわけではないのに、心の中でよく分からない言い訳まで始める始末だ。
しかし、金属を錆びさせてしまうのは祝にとって天敵ともいえる能力であることも事実。
(超能力者やて聞いとったけど、これ、奇人変人特異体質集団やんか……)
能力の相性の悪さは運の悪さだと思い、諦める。
「となったら……」
自分にとって不利な相手を先に倒らなければ、時間を潰すだけだ。
先にゴロウをやってしまおうと黒い腕を引いた時――祝は他の存在に気付いた。
「うぎゃああああああ!!」
断末魔のような叫び声が、三階の廊下に居る拓人の鼓膜を震わせた。
ユウヤが、初めて見せる怯えた眼で薄ら笑いを浮かべている。
「今の声、二階だよな? アキトが居んじゃん。カワイソー。おれ、アキトとミコトねーちゃんとは本気でケンカしたくねーもん」
ボスよりヤバいと知らされていたユウヤが、そんな弱気な事を言う。
拓人は自分の心拍数が僅かに上がるのを感じた。
「あー、でも今の声……男かぁー……。どうせなら女の子が良かったな。でもまぁ、面白そうだから見に行こ――」
ユウヤの眼前に土壁を作り、廊下を塞ぐ。
肩にちょこんと座っている天空を指差し、
「神殺しってのをすんだろ? カミサマならここにも居んぜ。ここを通りたかったら、オレを倒してから行けよ」
「うひょー! ザ・悪役って感じのセリフ! カッケェ!!」
見開いた眼をキラキラ輝かせ、ユウヤは飛び跳ねて喜んだ。
はしゃいでいるユウヤに、拓人は気持ちの良い笑顔で応える。
「世界征服を目論む正義のヒーローさんを相手に出来るなんて、悪役冥利に尽きるな」
バクンッ! と音が鳴った。ユウヤがそう思った時には、視界が闇で覆われていた。
暗くて狭い空間。
手を伸ばすと、打ちっぱなしコンクリートを思わせる手触りの壁のような硬いものが徐々に自分の方へ迫ってきている。
「まさか、今ので死んでねーよな?」
拓人は肩の上へ視線を送った。
『まだ生きてるわよ』
廊下には、巨大な土製の卵のようなものが鎮座している。
ユウヤを呑み込んだそれは、徐々に小さくなっていた。
中身が押し潰されるのも時間の問題だ。
拓人は土の卵に向かって声を張る。
「浩司はどこだ? 茶髪の。洋介と一緒に来てんだろ?」
少し間を置いて、ユウヤの高笑いが聞こえた。
障害物があり聞き取りにくいが、確かに笑っている。
「あのにーちゃんな! ハハハ! 傑作! いや、最高傑作だぜ!? マジスゲーから見てみてくれよ! 地下に居るからさ!」
ユウヤの興奮ぶりから、拓人は「あぁ、合成られたのか」と悟る。それより――、
「地下かよ」
真逆の位置に居る事を知り、舌打ちした。
天空を卵に乗せ、一枚、符を貼る。
「天空、こいつ頼む。ノウマクサンマンダぁー……、以下略!」
“不動金縛りの法”を短縮して施すと、バチン、と空気の弾ける音がした。
『まかせて~』と手を振る天空に手を振り返す。
窓を開け、足を掛け……拓人はそこから飛び降りた。
校庭には潤と泰騎が居た。彼らの周りは死屍累々。
少し離れた場所には、雪乃がレジャーシートを広げて座っている。
様々な色の液体が染み込んだ土の上で、泰騎が手を振ってきた。
「やっほー拓人。もう終わったん?」
「地下行ってきます! 尚巳が居たら教えてください!」
言うが早いか、拓人は再び校舎へ駆け込んだ。
「忙しい奴じゃなぁー」
外の合成生物を倒しきって暇をしている泰騎が呟く少し後ろで、雪乃は心配そうに拓人の背中を見送った。