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第五十話『カチコミ』―3

 




 (つる)と化した髪を伸ばして学校全体を覆うドームを作っている雪乃の近くに、潤と泰騎が立つ。

 彼女の気を散らさないように、埃を払う役。


「ワシ、キメラさんが見れるって思うて来たのに。透明じゃったら見えんがん」


 口を尖らせつつ、泰騎が左手に三十センチほどのナイフを構えた。

 ゴーグルはまだ額の上にある。


「それらしい奴が現れたら起こしてやるから、寝てて良いぞ」


 潤の言葉に、泰騎が地団駄を踏む。


「嫌じゃ! 最近腹立つ事がぎょーさんあったから、その鬱憤(うっぷん)も晴らすんじゃ!」


 ぐるんっと片足を軸にその場で回転すると、ぶしゃっと真緑の液体が噴き出した。


「二十体くらいここに集まっているから、気を付けろ」


 ピット器官が察知した人数を伝える。

 合成生物(キメラ)が現れたら伝えると言った矢先の事後報告だが――泰騎は全く気にする様子もない。


 潤は自分の太刀を目の前で止めて言った。


「すまない。着替えを持ってきていないんだ」


 ジュッ。

 火から上げたばかりのフライパンに水をつけたような音がしたかと思うと、腹に太刀を刺した状態の合成生物(キメラ)が姿を現した。

 ベースは蜘蛛のようだが、腹の横から人間の脚が左右二本ずつ出ている。

 顔にはビー玉のような眼がよっつ。

 血液を焼かれた結果すでに絶命して光りを失い、白く濁った色をしている。


「何かアレじゃな。残念な進化を遂げた人間って感じじゃな」


 と言いつつナイフで空気を斬り付けると、緑色と象牙色の液体が飛沫を上げ、ドサドサと籠った音がした。

 地面には緑色の体液を流している合成生物(キメラ)が一体。その横にナイフを落とし、柄を踏みつける。

 手を(ひね)りながらナイフを抜くと、もう一体も姿が見えるようになった。


「死ぬと見えるんかな? っちゅーか、さっきの奴らみてーに首輪が爆発せんのは何でじゃろ」


 首を捻る。体液を飛ばすためにナイフを振ると、またしても手応えがあった。

 手首を反転させて引き抜くと、今度は真っ赤な液体が飛ぶ。

 地面に倒れている合成生物(キメラ)を見やれば、頭部と二本の足以外はムカデのような身体をした男の姿。


「何で人間から一番遠い外見をしとる奴の血が赤いんじゃ!?」

「そんな事、俺が知るか」


 淡々と答える潤の足元には、どんどん屍が重なっていく。

 雪乃の背後に回り込もうとした合成生物(キメラ)も倒しているので、雪乃を中心に合成生物(キメラ)の死体サークルが出来上がっている。

 蟻の這い出る隙もない。


 雪乃の蔓はというと、太陽の陽射しが入るように、屋根のないドームの形になっていた。

 だが、天気が悪く雲が太陽を隠してしまっているので暗い。


「雨が降りそうですね……」


 雪乃がポツリと呟いたと同時に、水滴がポタリと地面に濃い染みを作った。




◇◆◇◆




「キモーイ! ムリー!」


 腕にしがみ付いて銃をぶっ放している瀬奈に、凌が苦笑いで言う。


「瀬奈さん、オレ……標的の所へ行かなければならないので……」


 離せ、と強く言えないので、言葉を濁す。


「瀬奈は澄人と一緒に居ろ! 朱莉は単独でいい。一階を頼む。オレらは四天王とか探すから」

『拓人、上の方が何かヤーな感じするわぁ。あと向こうからゴキブリみたいのが這って来てるわ』


 天空が指差す方へ向かって発砲。

 三発目で命中し、天空の土で作った銃弾が廊下へ落ちず、小刻みに震えている。

 その辺りを狙ってもう一発。

 すると、天空が言った通り茶色いゴキブリのような生物が見えた。

 首輪が爆発するのでは……と全員身構えたが、何も起こらない。


『凌、後ろに十体くらいいるわよ』


 今度は天后が告げる。


「まとまって来てくれたんなら有り難いな」


 凌が右手を開いて掲げると、廊下が凍り付いた。

 廊下には、氷のオブジェが十二体出来上がっている。


 やっぱ、ちゃんと訓練受けてる奴は違うよなー。

 危うく口から出そうになった言葉を飲み込み、拓人は適当な階段から上へ向かう。

 それに祝が続き、その後に凌。

 残りの三人は一階に残っている。


 階段の中二階を曲がったところで、人影が視界に入った。

 二階に、赤いオーバーオールと黄色いオーバーオールを着た男が二人、立っている。

 あぁ、あれが四天王か。とひと目で分かる派手な色。


「拓と《P・Co》のは三階へ行き」


 祝が肩を回して言った。


「分かった。何かあったらインカム使えよ」


 とはいえ、道は塞がれている。拓人は威嚇のつもりでふたりの間へ弾を放った。

 すると、効果は絶大だったようで、ふたりは道を開ける形で飛び退いた。


 ええー? 今のほんまもん? やら、当たったら死んでたんじゃね? などと、二人でコソコソ話している。

 それを無視して、拓人と凌は階段を登った。




 三階。


「泰騎先輩がよく『一番偉いヤツは一番高い所に居る』って言うけど……」


 洋介は、《天神と虎》にとって“偉い奴”ではないだろうと、凌は思っている。

 ただ、薬を作るだけの自由を与えられているのなら、一番に理科室へ行くのが得策だろう……、とは考えていた。


 凌は手元の見取り図を見た。


 《P×P》から送られてきた、学校として使われていた時の図面。

 この小学校は元々の児童数が多くなく――だから他の学校に吸収されたわけだが――校舎は一棟しかない。

 所謂(いわゆる)、特別教室は主に三階に集まっていて、理科室もそこにある。


「オレ、理科室行ってみるわ」


 拓人に向かって告げると、斜め前を走っていた金髪が止まった。


「洋介の性格からして、あいつ、往生際が悪いと思うんだ。確実に頼む」


 そう言って振り返った拓人の顔は、笑っているようにも怒っているようにも見えた。

 その表情に対する返事を、凌は持ち合わせていない。

 頷き、足の向きを変えて走った。

 天后もそれに続き、水滴が廊下に点描を施していく。


『拓人、良いの?』


 人体模型ほどの大きさになった天空が、顔を覗き込むようにして訊いてくる。


「何が」

『洋介との付き合いも長いでしょ』

「だから何だよ。今更話す事もねぇし…………」


 冗談だよ、と、嘘だよ、が口癖の銀髪オールバックがヘラヘラ笑っている姿が脳裏に浮かぶ。


「オレ、多分無理だ。知り合いを殺すのって、今のオレにはキツイわ。それに……、あいつの両親、親父の所為で死んだみてーなもんだし……」


 今まで、洋介がどんな気持ちで自分と接していたかと考えると、血が冷める気になる。

 洋介の境遇を知った時、父親が本部へ寄り付きたがらなかったのにも頷けた。

 同時に、会議の日、どんな気持ちで洋介の隣に立っていたのかと思うと、居た(たま)れなくない気持ちになる。


(親父は何も言わねぇけど、母さんが死んだのも事故じゃなくて自殺に近い。何であんな事したのか知らねーけど……)


 今になって冷静に思い返してみれば、三年前のあの時(・・・)の母は不自然すぎる動きだった。


『ねぇ拓人。そんなので浩司を殺せるの? 大丈夫?』


 天空の言葉で現実に戻される。


「大丈夫。ちょっと、殺さずに何とかならねーかなー……とは思ってるけど」


 浩司が千晶を殺した事実がある以上、それは許されない事だとは分かっている。


『拓人、ほんと甘くなったわよねぇ。まぁ、嫌いじゃないけど』

「はは……サンキューな」

『そーいうトコ、秀貴そっくり』

「ああ、最近知った」


 天后は低い声で、ふふふ、と楽しそうに笑い、もうひと回り小さくなると拓人の肩に座って前を指差した。


『この先、何かが居るわ』

「へ?」


 目の前には、階段に続くらしい曲がり角。


『拓人! 前!』


 言うが早いか、天空が廊下を塞ぐように土の壁を作った。

 それがすぐに、洗濯機の水流のように渦を巻き、削れていく。

 穴の開いた土壁の向こうでは、東陽と瓜二つの少年が右手のひらを見せるようにして立っていた。


「神殺しとか、チョーアガんじゃん! さっきの癖毛のにーちゃん殺したら、俺ってば神様になれちゃうんじゃね!?」


 拓人は確信した。

 あぁ、このヤバそうなのが“ユウヤ”だな……、と。


 


 

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