第五十話『カチコミ』―2
「って、まだ入ってなかったんですか?」
戻って来た拓人が、最後の一枚を正門へ貼るから、と押し込むように皆を中へと促す。
一人だけ祝が、おれは入っとったやん、と不満を口にする。
「何の話してたんだよ」
「拓は血統チートの卑怯野郎やなーって話や」
「はぁ?」
結界の展開を完了させた拓人が、まぁいいや、と頭を掻いた。
事前に話してあった通り、各々に指示を出していたのだが……、拓人はある事に気付いた。
「翔の奴……どこ行きやがった?」
問題児の姿がない。
「翔なら、屋上の方へ飛んで行ったぞ」
潤の証言により、結界の中に居ることが分かったので、取り敢えず放置することにした。
何で潤さん止めてくれなかったんですか。という苦情も喉元まで上がって来たが、一度動くと止めて聞くような人物でない事は拓人が一番よく知っている。
◇◆◇◆
「ねぇ、ちょっと訊きたいんだけど」
ふわりと真っ赤な羽根が一本、翔とユウヤの間に落ちた。
屋上。今まさにユウヤが屋内に入ろうかという時だった。
振り返ったユウヤの目が、見る見る丸くなる。
整った顔の口は、だらしなく半開きになっていた。
空を飛べるだけの翼が生えている人間が目の前に現れたら、大抵の人は驚くだろう。
翔はそんな事を気に止める事もなく、質問を続ける。
「俺の可愛い光と、ついでに東陽の居る場所を知りたいんだけ――」
「何と合成したら、そんなにカッケー翼が生えるんだ!?」
ユウヤは眼を輝かせて翔に詰め寄る。
が、視線はそのままにして、翔は鬱陶しそうに顔を逸らせた。
「うるさいな。俺をキメラと一緒にしないでくれる?」
不機嫌丸出しで対応する翔。
その顔をまじまじと見て、あっ、とユウヤが指を差す。
「俺、アンタ知ってる。金髪の兄ちゃんと居た奴だ。あん時目玉一個完全に潰れてたのに、本当に元通りになるんだなー!」
は? と翔の眉間に皺が寄った。
あれからまだ二週間も経ってねーのに、とユウヤが言った事で合点がいった。
「あの時、陰からコソコソ俺たちの事見てた奴?」
翔と拓人が、死体の数がいくつだ何だと言っていた時に在ったふたつの気配。
その片割れ。それがユウヤだったらしい。
「そうそう。アサが、一回見といた方が良いっつーから遠路遥々横浜まで行ったんだよ」
翔は、アサ? と首を傾げる。それについてもすぐに思い出す。
「あぁ、そういえば東陽の本名がそんな感じだったね。そっか、東陽もあの時居たんだ。君と東陽はとても似てるけど……双子か何か?」
「一卵性なんだ。顔は似てるけど、そういやあんま間違われる事ねーな」
それは、雰囲気が違うからじゃないかな。と翔は思ったが、黙っておいた。
今はそんな世間話に花を咲かせている場合ではない。
「君がカッコイイキメラを造ってるって事は知ってる。けど、早く俺の質問に答えて欲しいな」
場の温度が一気に上がる。屋上に、真夏のアスファルトよろしく陽炎が揺らめく。
その中心に居る翔を捩じり殺そうか、とユウヤは一瞬考えたが――
「魔女のねーちゃんとアサは一緒に居るんじゃねーかな? 場所は知らね。三階のどっか……そうだな、職員室に居る事が多いぜ」
答えた。
ユウヤも只のバカではない。
今ここで化け物じみた自然治癒力の持ち主を相手にするのは得策ではない。
そう判断したのだろう。
「そ。ありがと」
外気温が一気に下がり、元へ戻った。
化け物は、赤い大きな羽を広げて校舎裏へと飛んでいく。
薄浅葱色の背中が見えなくなってから、ユウヤは随分暗くなった空を見上げた。
分厚い雲は変わらず重い浅葱鼠色をしている。
「あー、そっか。《自化会》の会長は……」
昆虫なんかじゃなくて、神様とかいう存在と人間を合成してるイカレた奴だった。
ユウヤは実際に翔が爆発を起こす現場も、ミンチにされる人間も見た。
だが、ボーッとして覇気のない翔の雰囲気が、危機感を抱かせなかった。
体が震える。
「スッゲー! 神殺しってヤツをする時が来た!! って感じ!」
ユウヤのテンションが、爆発的に上がった。
ユウヤの嬉々とした声は職員室まで届いていた。
「ユウ、楽しそうだな」
東陽は机に座って笑った。
光は椅子に座って溜め息を吐いた。
ミコトは、コーセーを連れ出すためにプレイルームへ向かった。
「アタシは、いつまでここに居ればいいのかしら」
「コレが終わったら、横浜まで送りますよ。と言いたい所だけど、僕はもう本部へは近付けませんね」
見付かれれば、裏切り者として殺されるだろう。
「交通費の心配は要らないわ。こっちで何とか出来るもの」
悲鳴や発砲音が聞こえる中でも、自称魔女は落ち着いている。
表情に多少の驚きは表れるが、悲鳴らしい悲鳴はまだ聞いていない。
一度くらいは悲鳴を聞いてみたかったな。というのが、東陽の密かな本音である。
東陽は、自分にこんな嗜虐心がある事に驚いていた。
咄嗟に、「別に、女性を痛めつけて悦ぶ趣味があるわけじゃ……」と心の中で言い訳を呟いた。
◇◆◇◆
《天神と虎》本部二階。
《自化会》と《P・Co》の福岡組が敷地内へ足を踏み入れた頃。
《天神と虎》の四天王二人は暇を持て余していた。
それというのも、合成生物たちを神奈川へ送ったとユウヤに告げられてから、ずっと待機状態だからだ。
廊下に座り込み、雑談に花を咲かせている。
「なぁー、アキト。何か、えらい事になってんじゃねーの?」
一気に暗くなった外を眺めつつ、ゴロウが緊張感のない声でぼやいた。
「いんやー。ワイもまさか、こげに大事になるとは思わんかったちね」
赤いオーバーオールの青年は苦笑した。
ふと遠い眼をして、
「ユウヤ君と一緒に居ったら、衣食住には困らんけんここに居るんけど……そろそろ故郷ば恋しゅうなってきたっちゃ」
アキトは小さな孤島の出だった。
同年代の友人もおらず、古臭いしきたりに嫌気がさして島を飛び出したクチだ。
年配のじじばばは健在だろうか――と、少しばかり気になり始めていた。
手造りの筏で九州へやってきて、一年程になる。
初めて人間の現代文化に驚きつつ街中を歩いていた所、ユウヤに声を掛けられた。
行くアテもないのでついて来たら、いつの間にやら『四天王』と呼ばれるようになっていた。
人を何の躊躇いもなく殺してしまうユウヤを不思議に思わなかったのは、自分たちが動物たちを殺して食すのが日常だったからだろう。
アキトは学校のない島で、自然と共に生きてきた。
本州から来た大人を島民が殺してしまうのも日常の風景だったので、深く考えなかったのかもしれない。
日本でありながら地図に載っていない島。
アキトのふるさとは、そんな場所だった。
血縁者は勿論、島民のみ。
代々、島民同士で結婚し、暮らしてきた。
しかし、永い年月をかけて島民は減り、その中で結婚出産となると――血が濃くなり、遺伝子は弱くなる。
島民たちはその事に気付いていた。
だからこそ、島から離れていくアキトを咎めず、見逃す形で送り出した。
九州に渡り、始めは電気の明かりやテレビ、電話などに感動する毎日だったが、金が無いと生きていけない生活に疲れてもいた。
そんなアキトが人の中で生活できているのは、ゴロウの存在が大きい。
彼はいつも明るく、アキトに様々な事を教えてくれる。
「んじゃさぁー。今回のゴタゴタが終わったら、里帰りしたらいーんじゃねーの? オレも久々にかーちゃんのメシ食いてーしさぁー」
就職活動に失敗してプー太郎をしているゴロウも、本州にある実家を懐かしんで笑った。
合成生物たちの阿鼻叫喚をBGMに、二人の雑談はしばし続く。
◇◆◇◆




