第五十話『カチコミ』―1
ユウヤは屋上で空を見ていた。
どんより暗く、分厚い雲が迫っている。
天気予報では、夕方から雨が降ると言っていたが……。
「こりゃ、すぐにでも降りそーだな」
視線を下へやると、ぞろぞろと見知らぬ団体が校門前まで来ていた。
「招かれざる客、その2、団体さんいらっしゃーい」
右手を下へ向けてみる。
しかし、何も起こらない。
「ま、俺の力の有効範囲って激狭だかんなー」
ボヤきながら手を下ろし、踵を返した。
◇◆◇◆
「小学校だ。俺、小学校行ってなかったから何だか嬉しいな」
遠足気分の翔が、取り外されていない看板に目を輝かせている。
「翔さん、義務教育受けてないんですか?」
家も家族も在る翔が学校へ通っていないというのは、澄人にとって意外だったようだ。
「中学には行ったよ。楽しかった」
「ええなー。ワシも潤も学校ってトコに通った事ねーからなー」
教育実習生としてなら、ちょいと行った事あるけどな。
という泰騎の補足が終わる前に、翔が口を挟む。
「じゃあ、潤も泰騎もバカなの?」
「バカはお前だバカ! 学校で得られる知識が全てだと思うな、バカ!」
「凌って、翔を相手にしてる時知能指数がガクンと下がるよなー」
拓人に指摘され、凌の眼が驚愕で見開かれた。
余程ショックだったのだろう。顔が強張っている。
「まぁ、ガッコーなんかより外の方がたっくさん学びがあるから、ぶっちゃけ行く必要ないですヨネー」
潤の腕にまとわりついている瀬奈はサボリの常習犯である。
それでも、成績は中の上をキープしているので、周りは何も言わずにいる。
「正直、僕らは部活も出来ませんしね。あ、来月学祭やり直すみたいなので、よければ皆さん来てください」
澄人が、詳細は活麗園のホームページを見てくださーい。と笑顔を振りまいている。
何をやるのかと拓人が訊くと、冥土喫茶です! という元気な答えが返ってきた。
「来てくれたお客さんに冥土メイクをして、その姿でお化け屋敷をしている他のクラスに乱入してもらうんです」
「すげー営業妨害じゃねーか……?」
半眼の拓人だが、翔は、何それ面白そう! と興味津々だ。
「あ、楽しそうなトコ悪いんじゃけど、《自化会》のキメラ全滅したみたいじゃで」
泰騎がスマホを見せる。
画面には、寿途に手当てをされる会員たちの姿が映し出されていた。
「社長の伝書烏。足に小型カメラを括り付けて、ライブ中継してくれとったんじゃけどな。見せるのもどうかと思って……ほら、怪我人多いし、会長さんも怪我しとるし」
精神的負荷になる可能性を考え、皆には映像を見せなかったようだ。が――、
「会長怪我したんですか。いいお灸になりますね」
「死ねば良かったのに」
拓人と翔の反応は、泰騎が考えていたものとは全く違った。
「え……冷た」
思わず口から出てしまった。
「会長なら、寿が居るから大丈夫やろ。それより敵ん拠点目の前やし、おれは早乗り込みたいんやけど」
お預けを食らった犬状態の祝が言う。
「ねぇ、祝。洋介は殺しちゃダメだからね。殺したくても殺しちゃダメだよ」
翔が釘を刺す。
二回も言って念押ししている。
自分も我慢するんだからお前もしろよ。という事だろう。
「分かっとるわ。っちゅーか、洋介相手にしておニューの腕溶かされたらかなわん」
「それはそれで弱気に聞こえるね」
「お前喧嘩売っとんのか、このダボカスが!」
がなり立てる祝を押さえつつ、拓人が嘆息する。
「祝、落ち着け。翔も、あんま嫌味ばっか言うな」
「あ、敵地に入る前に重大発表しとくで」
泰騎が挙手をして、皆の動きを止めた。
「敵さん、何か知らんけど透明になれるらしいで」
「それ、多分洋介のアホが作った薬や」
間髪入れず、祝が渋面を作って言った。
ここ数か月『夢のような薬を作る』つっとったんはコレか、と。
「ワシはゴーグルにサーモス機能あるし、潤も体内に赤外線センサー搭載しとるようなモンじゃからええんじゃけど」
「俺も、別に見えなくても問題ないよ」
ハイテクゴーグル装着者と、神格二人は支障が無いらしい。
「雪乃さんも大丈夫ですか?」
拓人が問うと、雪乃はこくんと頷いた。
「ええ。……いざとなれば……」
雪乃の口からは出なかったが、彼女はいざとなれば自分に近付く敵を喰い、身を守ることが出来る。
「オレも、自分一人なら大丈夫かな」
とは、拓人。
『大丈夫よ! あたしが付いてるわ!』
これは、念のため拓人が呼び出した天空。
『あらぁー! アタシだって、凌の事守っちゃうんだから!』
これは、呼んでもいないのに出て来た天后。
骨格標本と水の集合体がハイタッチをしている、異様な光景。
それを背に、拓人は澄人と瀬奈に護符を渡した。
「何もないよりはマシだろ。持っとけ」
「ヤッターっ! チョー助かる! 有り難うございます拓人さん!」
「ありがとうございます!」
「いや、あんま過信すんなよ。マジで」
歓喜に湧く後輩ふたりに、たじろいでしまう。
護符を折りたたんでズボンのポケットに入れながら、瀬奈が首を傾げた。
「朱莉はぁ?」
「あー、そいつはいいから」
拓人が手を横へ振る。
「秀貴さんが守ってくれているから問題ない」
「その言い方よせ。マジで」
うんざりしている拓人の肩に手をやり、泰騎が苦笑する。
「師匠にとって朱莉ちゃんは、保護動物みたいなモンじゃと思うで」
「泰騎さんは黙っていてください」
朱莉に睨まれ、泰騎が両手を上げて一歩下がった。
その様子を横目で見届け、拓人は反対隣に居る祝へ、護符要るか? と訊いた。
「要らん。洋介の薬が無臭のわけがないやん。臭いは大体分かるわ」
拓人の持っている護符を一瞥し、蝿を払うように腕を振る。
祝はそう言うが、祝の嗅覚は人並だ。
においで敵の位置が分かるほど、優れてはいない。
護符なんぞ使って勝っても嬉しゅうないわ。と言う。
こちらが本音だろう。
拓人も、こう言われるのは分かっていた。
なので、本気半分冗談半分で訊いただけのようだ。
「んじゃまぁ、オレも“透明化”の結界を張るから、全員中へ入ってください」
結界の中に居る生物が、外からは見えなくなる類の結界。
それを四枚見せながら拓人が言った。
学校の敷地全体を覆うとなると大変だろう、という話にもなったが、拓人は「一分で済ませます」と言いながら、背負っていたリュックを雪乃へ渡す。
「中へ入ったら、雪乃さんも準備お願いします」
「はい。お気をつけ――」
雪乃の小さな「て」という声と天空を置き去りにして、拓人は走って行ってしまった。
「うわ、速ぁー……」
澄人が手をサンバイザーの代わりにして、小さくなっていく背中を見送る。
あの動きって、秀貴さんの……。ポツリと落ちた呟きを、泰騎が拾い上げた。
「まだ慣れんから師匠ほど速くねーけどな。ワシ、鬼ごっこで大分苦戦したで」
翔が、俺も知らないから説明して、と泰騎の袖を引っ張った。
「簡単に言うと、地球自体が持っとる磁力と自分自身が持っとる磁力を利用して、移動しとるんよ」
翔と一緒に、澄人と瀬奈も、へぇ、と感嘆の声を漏らした。
澄人が難しい顔で、リニアみたいなものなのかな、と首を捻っている。
「電気と磁気は厳密には違うモンじゃけど、どっちも扱えるんじゃから便利な体質じゃでな」
「“先代の搾りカス”って言われとった頃が懐かしなるな」
祝は祝で、まぁ知っとったけど、とどこか嬉しそうに後頭部で重い両手を組み、学校の門をくぐった。




