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世界の平和より自分の平和  作者: 三ツ葉きあ
第一章『鳥人間と愉快な――』
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第七話『東からいずる太陽と鳥頭』―2


 遠くで、救急車とパトカーのサイレンが鳴っている。


 別段珍しいものでもないが、洋介はちらりと音のした方角を見やった。

 黒い煙が、真っ直ぐ空へ向かっている。

 何が起きたのかまでは確認できないが、火事ではなさそうだ。

 交通事故か何かだろう。


「おい」


 呼ばれて、洋介は声の主へと視線を戻した。


「ごめんごめん」


 軽く謝ると、洋介はテーブルの上にあるメニュー表を開いた。


「なんでも好きなもの言ってよ。作るから」


 大小のテーブルと椅子が並ぶ、パッと見は昔ながらの喫茶店。

 ここは、自化会の本部内にある食堂だ。


 食事時以外は無人で、各々がセルフで飲み物を作るようになっている。

 メニュー表のドリンクが載っているページには、どの飲み物がどこに置かれているかまで丁寧に記載されている。


「ジンジャーエール糖質ゼロ」


 ひと言そう告げると、祝は小ぶりなノートパソコンの起動ボタンを押した。


 洋介は立ち上がると、カウンター裏へ回る。

 ティーカップにダージリンティーのティーバッグをセットし、湯を(そそ)ぐ。

 そして、ガラスコップにジンジャーエールを()いでから、自分用のティーバッグを捨てた。


挿絵(By みてみん)


 盆は使わずグラスとティーカップを持って来ると、そのままテーブルへ置く。


「有り難う。祝のお陰で訓練用の組み分けがスムーズにできたよ」


 洋介がにこりと笑うが、祝は眉根を寄せてジンジャーエールをひと口飲み込んだ。


「……こんなんなるて分かっとったら、協力なんかせぇへんかったけどな……」


 文句を言ってから、祝は洋介へパソコンの画面を向ける。

 いくつかに分類された統計表が映し出されている。


「この前の休み……お前が西日本へ行く言うから、俺は首都圏をフラフラしとったわけやけど……こっちにおる戦闘員……あーっと、《P・Co》では特務員言うんやったけ。資料よりかなり人数少ないもんやから、正直拍子抜けしたけどな」


「“社員”は数百人居ても、実際裏で働く工作員なんかはひと握りだったもんね。調べてみてわかったけど、戦闘訓練がキツすぎて人数があまり残ってないのが現状らしいよ」


 自分のティーカップにミルクを垂らしながら、洋介は祝のパソコンの画面に映し出されている表を眺めた。


「事実、仕事の頻度は少ないけど、規模的にはウチより大きいものが多いよね。ウチは会長が戦闘訓練については専門外だし、秀貴さんは教育に熱心じゃないし、唯一教育面で面倒見の良い深叉冴さんは、ここ数年死んでたし……」


「ほんまそれ。まさかあんな忌々しい姿で復活するとは、俺も信じられへんかったけどな」


 祝は、ジンジャーエールと共にグラスに入っていた氷をひとつ、噛み砕いた。


「……相変わらず、祝は翔のこと嫌ってるね……」


「嫌いいうか……うん。腹立つわなぁ……あんな良い父親さんがおって、恵まれた環境で育ったのに。誰より能力的な成長が遅いんやもん。まぁ……一番腹立つんは、あいつが生きとる事かな」


「あー……。祝は本当に深叉冴さんが好きなんだね」


「あの人のお陰で今の俺が在るみたいなトコあるからな」


 祝が、感慨深げに首を縦に振る。


「そういえば『養子にならないか』って言われたことあったよね? 深叉冴さんのことそんなに好きなのに、なんで養子にならなかったの?」


 祝は表情を一変させた。洋介へ半眼を向ける。


「そんなん、養子になるいうことは、翔と兄弟になるってことやろ? 無理やわ。当時はまだ翔の事、嫌やなかったけどな。ほら、深叉冴さんって翔の事となるとデレデレやったし……あのふたりの間に入るんは、苦行っちゅーか……」


 祝はジンジャーエールを飲み干すと、洋介に意地の悪い笑みを向けた。


「自分かて、寿途と兄弟になれて言われたら嫌やろ?」

「あぁ、嫌だね」


 即答だった。




 洋介は一年ほど前まで、千晶とコンビを組んで仕事をしていた。

 年長いうこともあり、コンビ歴は長く、関係もそれなりに安定していた。

 のだが、寿途が自化会の正式なメンバーに入り、組み替えが行われてからはその関係が一変する。


 千晶は全く気付いていないが、洋介はコンビ時代から彼女に密かに――と思っているのは洋介だけ――想いを寄せている。

 その千晶が、新しくコンビを組むなり寿途にデレデレとハートを撒き散らせているので、洋介的には面白くない。

 完璧に洋介の一方的な片思いなのだが。

 年甲斐もなく陰湿な嫌がらせをしてしまうくらいには、寿途のことを嫌っていた。




「まぁ、僕のことは置いといて。ぬるま湯でぬくぬく生活してる僕等より下のコたちが、今更ちょっとやそっと訓練時間を増やしたからって、どうこうできるかは分からないけど……やらないよりはマシでしょ?」


「せやなぁ。実際のとこ、ウチは俺ら以外は同業者の中じゃ中の下あたりやし」


 祝の言う『俺ら』とは《SS級》のメンバーのことだ。


「年齢層が薄いっていうのもあると思うんだよね。会長たちの下が、もう僕と千晶でしょ? 昔はもうちょっと居たけど、みんな死んじゃったし。中国以外の他支部の人たちは人畜無害な奉仕活動員だし……もうちょっと、特殊技能持った人材がいたらなぁー……」


 紅茶の入ったカップに口をつけながら、洋介は天井を眺めた。

「他の組織を調べたら、中堅の人材が多いトコって結構あるんだよねぇー……」


「それ言うたら、《P×P》も殆ど二十歳以下やん?」


「《P×P》は、ね。でも《P・Co》の工作員は三十代も二十代もいるからさ。実際、教育係はその工作員らしいし。でもウチはソコが不足してるからね……致命的だよね」


 洋介が小さな溜息を吐くと、紅茶の表面が波打った。


「おらんモンを嘆いても、しゃーないやろ。穴を埋めて補うんが、今の俺らの仕事なんやから。文句(ゆー)ても始まらん。ウチみたいに、資金はあるのに人材規模の小さい組織が、今まで平穏無事に生き残れたこと自体が奇跡的なんやから……どっこも資金不足でヒィヒィ言うてんで」


「そういえば、西日本で興味深い噂を聞いたよ? どこかのナントカって組織が、資金集めのために色んな組織団体傘下に入れたり潰したり、結構派手にやってるって」


「あー、なんかデータあったかもしらん。最近名前が挙がってきた……何やったっけな……」


 祝がパソコンの画面を自分の方へ向けたと同時に、食堂の扉が開いた。



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